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KUSHIDA私設応援団コミュの聞いておクッシー、調べておクッシー

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クッシーに関する質問コーナーです。

まだまだ、ベールに包まれている部分多いクッシー。


次回お会いできる時に、とことん聞いちゃうこのコーナー!!

と言っても質問の返答は次回会う日が決まってないので未定ですが・・・。



『ウィキペディア(Wikipedia)』より

プロフィール
リングネーム KUSHIDA

本名 櫛田 雄二郎

ニックネーム プロレス界のハンカチ王子、竜巻KID

身長 175cm
体重 80kg
誕生日 1983年5月12日(28歳)
出身地 東京都
所属 新日本プロレス
デビュー 2006年9月7日


KUSHIDA(くしだ、1983年5月12日 - )は、日本の男性プロレスラー。本名は櫛田 雄二郎(くしだ ゆうじろう)。東京都出身。



経歴
幼少時からプロレスラーを志し、前段階として高田道場に入門、ZSTジェネシスライト級トーナメント優勝。また、東京スポーツの編集局でバイトしており、東スポの正社員としての内定も得ていたが、プロレスラーとしての夢を捨てがたく内定を辞退し、専修大学経営学部経営学科を休学し修行のため単身メキシコへ渡った。

現地でYUJIROのリングネームでプロレスデビューし、15試合を戦って帰国した。2006年2月10日に行われたハッスルオーディションで選考からは漏れたもののその素質が買われて練習生となり(この時の合格者は長尾浩志とTAJIRI)、TAJIRIの内弟子となってトレーニングを積んだ。

2006年9月7日に行われたハッスル・ハウスVol.20でデビューし、セミファイナルで師匠のTAJIRIとタッグを組んで赤鬼蜘蛛、青鬼蜘蛛と対戦。9分13秒、超新星ラナで見事赤鬼蜘蛛を破っている。2007年3月現在、出場は全てタッグマッチで戦績は1勝5敗。また、アパッチプロレス軍にも参戦し、シングルプレーヤーとしても勉強中。

他団体での活躍 2007年7月、本名の櫛田雄二郎で全日本プロレスのシリーズ全戦に参戦した。8月20日には、憧れの武藤敬司、佐々木健介とタッグを組み、初めてのメイン戦を務めた。2008年のHOLD OUT TOURでは、T28とのタッグでジュニア・タッグリーグ戦に出場。カズ・ハヤシからピンフォールを勝ち取るなど、大活躍を見せた。大阪プロレスにも師匠、TAJIRIとともに参戦し、タッグフェスティバルで健闘するなど、活動範囲を広げている。

2009年の11月には海外修行の道中でチカラのマットに初参戦。フィラデルフィアのアリーナを舞台にヘリオスと一戦を交えた 新日本プロレスへの移籍。 2010年には、同年より新たに旗揚げされたSMASHに参加し、同団体を主戦場とした。

5月8日のSUPER J-TAGトーナメントで外道とタッグを組んで出場するも、双方のファイトスタイルの相違が原因で因縁の関係に発展してしまう。 同年6月13日、外道との因縁に決着をつけようと後楽園大会に出場するも、外道の代わりに現れた矢野通と戦うという形になり、終始矢野に叩きのめされ鬼殺しで敗北。試合後、ロープに縛り付けられ矢野と外道に竹刀で殴打されるも、そこに棚橋弘至が救出に入り、その日の抗争は終了する。 翌19日、当時矢野と髪切り闘争を展開していた棚橋がルーザーボールドルールで矢野に勝利するも、矢野の奇襲と飯塚高史の乱入で逆に髪を切られそうになるという事態に対し、TAJIRIと共に救済に入り、矢野の髪を坊主にさせる。そして、バックステージで棚橋・KUSHIDA・TAJIRIの3人でユニット「タナスマ」を結成。同月のJ SPORTS CROWNにこの3人で出場し、見事に準優勝に輝いた。 7月19日、未だ遺恨の潰えていない外道と対戦。ミッドナイトエクスプレスで勝利する。

その後「もっと試合数をこなしたい」という本人の希望もあって、2011年2月より師匠のTAJIRIの許可を受け新日本プロレスに参戦するようになり、試合内容が高い評価を受けたことから、同年4月1日付で正式に新日本に移籍することになった。

2月20日の新日本プロレス仙台大会にて、6人タッグマッチによるキラーラビットデビュー戦に出場(vs キラーラビット・外道・邪道、パートナーは獣神サンダー・ライガー・田口隆祐)。ミッドナイトエクスプレスでキラーラビットにフォール勝ちする。 3月19日の愛知県体育館にて、IWGPジュニアヘビー級王者のプリンス・デヴィットに挑戦。試合終盤にミッドナイトエクスプレスを避わされ、デヴィットのブラディサンデーで敗れるも、タイトルマッチに恥じない試合を見せた。 3月31日SMASH後楽園ホール大会(震災により中止になった3月18日後楽園大会の代替)・vs大原はじめ戦をもってSMASHを退団後、4月3日新日本後楽園大会より新日本所属として試合(vs 小島聡・TAKAみちのく、パートナーは真壁刀義)を行うも、試合中にタイチが乱入したことで敗北。 その後は、TAKAみちのく・タイチ組を相手に抗争を展開する。

8月14日G1 CLIMAX最終日のセミファイナルで行われたIWGPジュニアタッグ戦終了後、当時IWGPジュニア王者だったDDTプロレスリングの飯伏幸太にIWGPジュニアの挑戦を直訴し、飯伏がこれを承諾し対戦カードが決まる。しかし、飯伏が本拠地DDTの大阪大会で古傷の左肩を脱臼した為、飯伏がベルトを返上。急遽、前王者のプリンス・デヴィットとの次期王者決定戦となった。序盤デヴィットを圧倒するも徐々に追い込まれ、最後はブラディサンデーで敗れる。


得意技
ウラカン・ラナ

ムーンサルトプレス
ジュニア・タッグリーグ戦で全日本プロレスのカズ・ハヤシからフォールを奪ったこともある。

ミッドナイトエクスプレス
現在のフィニッシュ・ホールド。内藤哲也のスターダストプレスと同形。この技で外道からフォールを奪った。新日本に移籍してからはより一層の切れのあるモーションとなっている。

ハンドスプリングエルボー
相手にロープへ走らされた際、ロープ直前でハンドスプリングをし、両足にぶつかったロープの反動を生かして後ろにいる相手にバックエルボーをする。師匠であるTAJIRIの得意とする技の一つでもある。

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