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アントニオ猪木コミュの猪木の名勝負(BESTバウト)は?

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猪木信者のみなさん元気ですか〜っ!
猪木信者ならば、人生のターニングポイントで、
猪木を見て勇気や希望や決断を伝授された人は多いと思います!

そこで私はそんなみなさんの心に残る猪木の名勝負(BESTバウト)を
知りたいのです!
また、その試合から何を伝授されたかも教えていただけると嬉しいです。

言いだしっぺの私は、'88年8月8日の対藤波戦が一番思いいれが深いです。
結果は60分フルタイムドローですが、試合結果云々ではなく、
とても感慨深い試合でした。

当時、まだ10代で就職したての私は、無理に背伸びをして、
やりたいこともせずに希望もなく、昔は大好きだったプロレスも
まったっく見ることもなくなり、ただ仕事だけに追われる
ぬけがらのような生活をしていました。
そんなある日、出張先の宿で、偶然つけたTVで放送されていたのが
このカードでした。
その時の生活に疑問も抱いていた私は、その試合を見て仕事を辞める
ことを決断したのでした。
全試合内容を見たのは、その何年も後のスカパーででしたが、あの時の
決断は今でも間違っていなかったと、誇りに思います。

コメント(126)

たくさんありますが一番印象深いのは85年の藤波戦ですわーい(嬉しい顔)88年文体のほうではなく、85年の東京体育館のほう『折れコノヤロー炎』の試合です。

ジャパン勢の大量離脱などで所属選手も激減しマシン軍団なんかでお茶を濁す新日迷走状態の中行われた試合でした。

特に伏線も無くやや唐突に組まれた感じもありますが、苦しい中のシリーズ最終戦、2人がやる以外に目玉カードが無かったのかもしれません。

そして特別レフリーにルー・テーズを招聘、伝統のベルトも掛けられ試合の権威付けも充分な中行われました。
まさに新日本のエキスが凝縮された哀愁溢れる素晴らしい試合でしたわーい(嬉しい顔)
わたしのベストバウトは対ルスカです。
投げられまくって負けちゃうのかとハラハラしながら見てました。
確か生中継で試合途中で放送が終わって、最後のバックドロップ3連発は翌週続きを放送した記憶があります。
ある意味負けたホーガン戦やチョチョシビリ戦よりも猪木がヤバイぞと思わせる凄い試合でした。
試合というより試合後が印象的な藤原戦。
前田がキックじゃなくて、引退カウントダウン(確か愛知県体育館)の方です。
試合終了ゴングが鳴った後、猪木藤原がお互い向き合い、道場の練習後みたいな感じで正座して礼。そして抱擁。
2人の目には涙が・・・
オレまで泣きそうでした〜
ごっちゃんさん
あの試合私も泣きました

男気を感じ羨ましい位でした
猪木さんは日本のプロレスの象徴であり、世界に通ずる顔。

その為に、現役を退いた今でも様々な形で闘い続け、サトウキビからのバイオ燃料を日本で初めて開発に関わり、以前やっていた永久電池はどうなったのか

政治家で無くとも世界を股にかけ、北朝鮮へも足を運びスポーツを通じて世界平和を未だに体現し続ける存在は、まだまだ世界や世間と勝負する闘魂ロマンを感じます。

それらの数々も、リング外での名勝負と言えるでしょう。

猪木さんの自伝的映画でも出来ないかなぁ〜...。

主演は誰だexclamation

アントキノexclamation笑あせあせ(飛び散る汗)あせあせ(飛び散る汗)
負けた試合の印象が強いです。

タイガー・ジェット・シンに凶器で血だるまにされた挙げ句にロープ越のブレンバスターでピンフォール負けした試合は、当時小学生で猪木が最強だと思っていた自分にはショックでした。


あと、タッグマッチでジャック・ブリスコに高速回転のダブルアームスープレックスで投げられてピンフォール負けした試合とか。


あとは、シンの腕を折った試合は衝撃的でした。
猪木さんの名勝負はたくさん有りすぎて、選定するのに迷いますね!

個人的にベストバウトをあえて選ぶならば…


ベストバウト
対ビル・ロビンソン

異種格闘技戦
一度目の対モンスターマン

闘魂継承
8・8 対藤波

そしてかつては師弟関係で、計り知れない確執と思惑をふくんだ
2・6 対藤原戦!


自分は『名勝負』というものは、いつまでも人々の記憶に残る、 一つの優れた『作品』と位置付けています。
そういう意味で、猪木さんほど数々の作品を残している選手は他に存在しません。

あと対小林や、対大木戦をリアルタイムで観ていないのがとても残念です。

DVDボックス買おうかなあせあせ
あとハラハラドキドキ大賞あせあせ

対ウイリー戦!

試合当日までの背景を含め、これほど殺伐とした雰囲気を醸し出したプロ興行は、
他では記憶にありません。
87年だったと思いますが巌流島のマサ斉藤戦は凄かったです
2時間を超える命をかけた試合
プロレスラーの無限のスタミナを感じた名勝負
釘付けでした顔(口笛)
名勝負数々あれど、あえて一つあげるなら、僕が猪木信者と決定付けさせられた、3月の小林戦。

あと、誰とも違う角度で観ることの出来た巌流島決戦。
というのも、当時巌流島は本当に無人島で(今はしっかり観光地)いつ始まるか、島のどこでやるかも何もわからない状態。幸運にも下関出身の僕は、朝早くから対岸で見やすい所を探したり、飛び交うヘリコプターに興奮し、試合前に島で釣りをしている選手(遠巻きにはジョージ高野に見えたがたらーっ(汗))。
双眼鏡でみる戦いに一喜一憂し(殆どよくみえなかったけど、フラッシュ等で雰囲気きはつかめた)、
何よりも凄かったのは、下関、彦島の船着場に全身血まみれ、汗まみれ、草、土、そして細かい切り傷まみれの体でタンカに乗せられて島から帰ってきたマサさんと、
数分後、同じく全身傷だらけで自分の足で戻ってきた猪木さんを見れた事は、貴重な体験でした。
一日中歩き回った分、ある意味、“巌流島決戦”を体感出来たという思いがあります。
後にも先にも、あの船着場で見た猪木さんの殺気は尋常ではなく、ボロボロになった肉体にもかわらず、目だけはギラギラした獣の目をしていました。
ほんとに怖く、そして貴重な体験でした。
マイマイさん、貴重なお話をありがとうございます。それ想像するだけで興奮しました。巌流島決戦の直前に、猪木さんは美津子さんとの離婚を決めた?という報道でしたよね。本当に貴重な体験でしたね。私も北九州には4年間だけいましたが、その日はマイマイさんと一緒に双眼鏡を持って過ごせたら、猪木ファン冥利に尽きたでしょうね。
> 【マイマイ】 さん

私も羨ましい!
これは物凄い貴重な経験ですね。

猪木教信者としては「私は神の言葉を聴いた」みたいなもんで、伝道師としてやっていけますよ。
卍ぃダッシュ(走り出す様)掟やぶりぃ〜exclamation
猪木を殺すために敢えてみまった、猪木の切札卍exclamation
藤波辰巳が掟破りの逆卍だぁ〜exclamation ×2
ここでワールドプロレスリングのテーマるんるん

‥っつうことで'85年末仙台の藤波木村vs猪木坂口が好きですわーい(嬉しい顔)

ヤッタァ―電球by健吾兄さんウッシッシ
> あきらくんさん
北九州にいらしたんですね。
当時は、美津子さんとの離婚話、ハイセルの行き詰まり、そして前日猪木さんは風邪で40℃ちかい熱を出されていて、心身共に最悪の状態で戦いに挑まれたようでした。
船着場で見た、全身から立ち上がる湯気、暗闇の中でマスコミのフラッシュに反射して光る眼光、あの迫力は忘れられません。

詳しい事を過去に日記に記してますので、お暇な時にでもよろしかったら、お立ち寄りくださいわーい(嬉しい顔)
http://m.mixi.jp/view_diary.pl?guid=ON&id=440233027&owner_id=2545456&via=list_diary_history
> 燃える闘魂さん
いえいえたらーっ(汗)そんなたいそうなモノではありませんたらーっ(汗)ホントにたまたま下関に住んでいた事がラッキーだっただけですよたらーっ(汗)
上(あきらくんさんの返信[106])に、巌流島決戦の事を書いた日記、貼り付けてますので、お暇な時にでもお立ち寄りくださいわーい(嬉しい顔)

併せて、過去に一度、猪木さんにお会いした事があって、、その時の様子も日記に書いてますので、よろしければ、暇つぶしにでも読んでみてくださいわーい(嬉しい顔)
↓
http://m.mixi.jp/view_diary.pl?guid=ON&id=380754988&owner_id=2545456&via=list_diary_history
> 【マイマイ】さん

どちらも拝読いたしました。
再び、「羨ましい!」

私もハネムーンでNYのホテル前で偶然(後の報道によれば、お忍びでビンスマクマホンJr.と提携の話だったらしい)、さらに10年くらい後、向こうに住んでいた頃にLAで講演会(プラス、勿論「気合い」生写真付き!)に行きました。

さらにずっと昔、小学校2,3年の頃には、新日本だか東京プロレスだかの立ち上げの準備で地方を周っていたらしく、千葉県の片田舎の町で街宣車でのアピールに来てくれたことがありました。
思えば「初めて生で見た、テレビに出ている人」であり、初めてもらった「サイン」というものでもありました。

おかげさまで、そんなことも思い出しました。
闘魂さん、羨ましい! 何回か猪木さんとは握手してもらいましたが、一度 後楽園ホールでエレベーターで猪木さんと二人っきりになり、めっちゃ緊張しました。成田空港ではツーショットを撮らせて頂き、今でも額に入れてタンスに飾っています。会社の同僚が、猪木さんとイラク、そして北朝鮮へ同行し、羨ましかった。私はどうしても都合がつきませんでした涙トピずれですみませんが、WWF全盛時代、MSG近くのラマダホテルで、ペドロモラレス、アドリアンアドニスらと一緒のテーブルにてビールを飲んだりしました。
マイマイさん、日記両方読みました!!いやー素晴らしい!素晴らし過ぎる!!自分の事のように嬉しくなりましたよ!!!生涯忘れられないですなあ!孫の代まで伝えなければなりませんぞ!!
> あきらくん さん

> ペドロモラレス、アドリアンアドニス
懐かしくて涙が出そう。
ペドロはまだ、生きているのでしょうか???
昔、オールナイトニッポンで猪木自身がインタビューされて
ジョニー・バレンタイン戦がベストだと言っていました。
(TVもなく、ビデオも残っていません。)

新間寿氏は、ストロング小林戦をあげていました。

小林を投げたとき、小林の体がマットにつくとその反動で
猪木の両足がドーンと空中に浮きあがって・・・と
語っていました。
> 燃える闘魂さん
燃える闘魂さんも素晴らしい体験をされてますね。子供の時の記憶やイメージは、特に鮮烈ですし、その時代に猪木さんに出会えるなんて、羨ましい限りです。
最近では、講演会やパチ屋のイベントでたまに拝見する事もありますが、いまだにエネルギーを放ってらっしゃいますもんね。
アントニオ猪木は、ファンの前では、死ぬまでアントニオ猪木でいて頂きたいです。
トピから激しく脱線してしまい、申し訳けありませでした。
> あきらくんさん
ありがとうございます。孫の代まで伝えます。
なんだか、日記までupして、自慢話のようになってしまいましたが、アントニオ猪木は、こと、ファンに対しては、夢を大切にしてくれ、ファン一人一人を大事にしてくれる思った通りのスーパースターだった事を、ここの猪木信者の皆さんにおこがましくも伝えたかったのです。
サインを頼んだ時、「君の名前は?」と、わざわざ聞いてくれ、「1枚でいいの?」とまで気を使って下さいました。
もし、仕事で猪木さんと絡むなんて事があったら、こりゃ大変でしょうがたらーっ(汗)、ファンとして接して下さる時は、とても優しく、オープンな方でした。
長々とトピ違いコメ、すみませんでした。
闘魂さん、ネットで検索する限り、ペドロ・モラレスはまだ健在なようですね。RAMADAホテルのロビーに来ていたたくさんの追っ掛け女の子二人を両手に抱え、エレベーターに消えていったモラレス。一時間も経たない内にロビーに下りて来て、再び 別の女の子二人を両手に抱えてまたもやエレベーターに消えていったモラレス。『こいつ、一日に何試合やるつもりや!?』と度肝を抜かれた僕チン。周りのレスラー達も苦笑いしていました。トピずれ、またもやすみませんあせあせ
> あきらくんさん
昔昔、ボブ・オートンJrも、同じような事をしでかしてくれてましたたらーっ(汗)
横やり&サラなるトピずれ、重ね重ねすみませんm(_ _)mたらーっ(汗)
> 【マイマイ】さん

> もし、仕事で猪木さんと絡むなんて事があったら、こりゃ大変でしょうが、ファンとして接して下さる時は〜

うんうん、これは私も強く感じます。
マジメに検討したことがあったのですが、「やっぱりファン(信者)のままがいいだろうなあ」と。


> あきらくん さん

そういうのもアリだと早い時期に気づいていたら、レスラーになっていたかもしれません。
> 燃える闘魂さん
えっホントですかふらふら
実は僕も、半夢半マジで考えた事があって、一度猪木事務所に電話した事があるのですが、色々な意味でハードル高くて、挫折しました。
今となっては、猪木信者で十分幸せです。
猪木VSハンセン〜広島…逆ラリアート☆この当時はラリアートを使うレスラーなどハンセンぐらいで今のようにラリアートがプロレス技として一般化していなかった時代☆猪木は坂口を相手にラリアートを打たせスパーリングしていたボケーっとした顔☆マスコミには偶然出たと猪木は説明したが…事実は極秘練習があった
1988年8・8 横浜文化のVS藤波戦。

この60分の中にレスラーとしての猪木がすべて詰まっていると思います。
(いつ見返しても泣いてしまいます。)
> 122

うんうん。
たしかに「一つ」は難しいですが、これ「も」間違いなく、そのうちの一つだとは思います。
プロレスって、そもそも人間ドラマの要素が小さくないと思うのですが、レスリングのタイプも含めて相手が藤波だったからこそ、そして(猪木の体力の低下の過程において)あのタイミングでこそできた、もうちょっと早くても遅くても成り立ち得なかった、めぐりあわせの奇跡でもあったと思います。

テレビ中継の最後に、サザンの『旅姿六人衆』が流れたのもよかった。
長州が肩車したのはこの試合でしたっけ??
桜井さんが言っているように、ストロング小林戦がベストバウトだと思います。

最後の足の浮き上がったジャーマンはしびれました。
猪木VSロビンソン、猪木VSディトン、猪木VS藤原
猪木VSアリ

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