THE　半ば面白い話（仮）コミュの【SD58】サムイハナシ -冷夏- #31 (ﾀﾞﾝｿﾞｩ)

　
　次のシーンではもう村の外だった。雪深い森の中を、マースたちは黙々と歩いていた。
　視界は吹雪に遮られ、平衡感覚と遠近感とそして温度を失っていた。すぐ近くで、何か唸り声のようなものが聞こえる……セイバー！
「皆、離れてはダメ！　いったん退いて集まって！」
　レイの悲痛な叫び声が響く。その声を掻き消すかのように、目の前に唸り声が降りてきた。
　
　吹雪の白の中に、赤が混じる。「……ウ」と、低い声。
　マースを後からつかんでひっぱる腕。
「マース！　ジョジョが……ジョジョが」
　ムーンの声だ。
「早く！　マース、下がって！」
　ホープの声もすぐ隣に。
　目の前に、ゆらりと大きな影が動いた。緑と紫との靄に覆われたような巨大な人影。それは手足が長く、そして顔のあるべき位置には……大きな闇があった。いや、闇の中に赤黒く光る二つの渦が、その闇をまるで顔であるかの様に見せている。これは人影なのか？
　その闇の下半分が大きく歪み、中からだらりと垂れ下がっているものが見えた。腕だ。血に染まった人の腕が、深淵の顎より這い出そうとしているかのようにも見える。
　大きさは全く違ったけれどその人影は、病院で俺たちを襲ったバケモノと全く同じモノに見えた。こいつがウェンディゴ様？　そいつは、こちらをじっと伺っているようにも見える。
「マース！」
　なぜかそこで、ここには来ていないはずのグレースの叫び声がした。どうして？
　マースの横で雪を蹴る音がして、セイバーがウェンディゴ様へと向かって行く。だがセイバーを追おうとしたマースにしがみついてくるものがあった。
「マース！」
　グレースの声。グレースの匂い。グレースのぬくもり。
「グレース……どうしてここに？！」
「……来ちゃったの。我慢できなくて、来ちゃったの……」
「グレース、離れて。今は一秒でも惜しいの」
　レイの声。そしてホープが弓でセイバーを援護するものの、ウェンディゴ様を確かに貫いているはずの矢がどうにも効いているようには見えない。
「だめだマース。やっぱり神託の剣を使うしかないのかも」
　ホープの声には力がない。
「レイ！」
　マースは叫び、レイの抱える布の包みの中から『神託の剣』と呼ばれた、あの短剣を取り出して構えた。ウェンディゴ様がくわえていた腕を呑み込む。あの腕……ジョジョは……やられたのか？
「ウェンディゴォォォ！」
　マースは短剣を構えたまま、足場の悪い雪の中を駆けてゆく。皆の声が一瞬にして遠くなり、横にセイバーの息が並ぶ。その音の中に、誰かの声が聞こえた。
　
　フウインノ……ヤイバヲ……ツキタテロ
　ヤツガ……ホノオニ……ツツマレタラ
　オマエデハナイ……オマエニイノチヲユダネルモノノ……
　……チヲ……ササゲヨ
　
　なんだと？　今のが……神託なのか？　この短剣の使い方なのか？
　マースは一瞬、足を止めてしまう。セイバーも横で雪の中を滑りつつ止まる。
「マース！　早く神託の剣を！」
　ムーンの声が聞こえる。早くだなんてマースは分かっている。だけど、ウェンディゴに短剣を突き立てた後……どうするだって？
　そんな一瞬の隙をついてウェンディゴはふわりと宙を舞い、皆のもとへと飛ぶ……まさか、この短剣を避けたのか？
「マーーース！　投げろぉぉ！」
　ジョジョの声が聞こえた。生きていたのか！　片腕を失ったジョジョが立ち上がり、その傷口をグレースが布で縛り止血している。
　剣がまたマースに囁いた。さっきと同じ内容だ。その声は、この世界とは違う、どこか遠い、でも近い、そんなねじれた場所から聞こえてくる。
　マースはマントを外して短剣をくるむと、ジョジョ達の居る方へ雪の上を滑らせた。ホープがそれを拾いあげ、ジョジョへと渡す。その時の二人の表情が、二人にもあの声が聞こえたのだということを物語る。しかも……離れているはずのマースにもまだ声が聞こえた。
「何やってるのよ二人とも！」
　ムーンも短剣に触れ、そして表情を曇らせる。
「マース！　セイバーが……セイバーが！」
　グレースの叫び声で、我に帰るマース。とにかく……とにかく短剣を突き立てる……全てはそこからだ。マースが全力で戻ってゆく視界の中で、呆然としているジョジョとホープの手元から、グレースが短剣を奪い取るのが見えた。
　さっきの優美を思い出す。ダメだ……やめるんだ！　
　
　
　
（続く）
次話→ http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=75136071&comm_id=5743141
一覧→ http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=71034317&comm_id=5831512