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尾崎豊の愛コミュの須藤晃ディレクター

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尾崎の音楽的な育ての親、須藤ディレクター。尾崎を大人の視点から語る上で、尾崎と須藤氏の対談が、とても参考になるので、少し抜粋させてもらいます。

ソニーマガジンズ「時間がなければ自由もない」須藤晃・著

BIRH"DIALOGUE" P115〜117
尾崎「うん、だから、うーん、なんて言ったらいいのかなぁ、
   何かその、狂気を持っている人っていうのが逆に、表面
   的に見るとね、街角ですれちがってるとすごくナイーブ
   で、無口そうで、でも実は、内面にすごい葛藤を持って
   いて、それが葛藤だけならいいけど狂気まで・・・狂気
   までたどりついちゃうと結局、やっぱ、ある作品にしな
   ければ、なんて言うのか、自分の体内に溜まったものを
   吐き出していくことをしないと、どんどんどんどん深み
   にはまっていくんだと思うのね。まあ、それが純粋さだ
   ったりとかもすると思うんだけれど、それの、うーん、
   ある方向性が、今回のアルバムとかにでてればいいなあ
   とかって、すごく思いますよね。」
須藤「うん、だからそれが、今まで一緒にやった四枚のアルバ   ムの中でいちばん、僕は初めて尾崎に、要するに、最終
   的な決定は全部任せたわけじゃない。だから、よけい
   に、それがすごく明確になった気がしたね。」
尾崎「はあ」
須藤「明確になったっていうのは、僕がさっきから言っている
   よう、ああ、尾崎豊ってゆうのは自己表現したいんじゃ
   なくて、自己変革を目指してるなっていうのを、僕はす
   ごい感じたの」
尾崎「はあ、はあ、はあ」
須藤「だから、一般の人たちがね、一般っていうか、これは要
   するにレコードを実際に買って聞いてる人たちが、もし
   かすると、尾崎が、たまらなくなって吐き出したものを
   むりやり聞かされてるのかもしれない。で、彼はそれに
   よって自分を変えていこうと、絶叫しているっていうの
   を聞かされているだけなのかもしれないけれど
   も・・・。」
尾崎「というようなね、感じもするんだけど、逆にね、あの、
   まっ、こういう話をするとすごくちょっと、あまりにも
   具体的すぎて、かっこいいか悪いかわかんないんだけ
   ど。昨日、ほら、僕がレコード屋さんに、レコードを買
   いに行ったときにちょうど、僕のレコードを予約しにき
   た若者がいたわけ。やっぱり、そういう、その若者を見
   たときに何か、同じ匂いを感じたのね。何かこう、うし
   ろめたい気分で僕の(笑)、アルバムを予約しているよ
   うな・・・うしろめたいっていうんじゃないんだろうか
   なあ」
須藤「うしろめたいんじゃない」
尾崎「うしろめたいのかな。(笑)何かこう、やっぱり、自己
   の葛藤がある人しか買わないレコードだって気がするわ
   けよ。」
須藤「そうだね」
尾崎「何か・・・」
須藤「何か、ちょっと、風呂に入るときに、隠れて洋服脱いで
   いるって感じだよね。」
尾崎「だから(笑)」
須藤「違うか(笑)」


TV嫌いだった尾崎のコンサート以外の発言を知るのは数少ない雑誌IVでしたが、このバースツアー前のインタビューは、尾崎のコンサートとは違ったユーモアあふれるやりとりもあり、また、自分とオーディエンスとの関係、自分の作った作品に対しても極めて客観的に分析しているように思えます。それは、須藤氏を相手だからこそ言えることかもしれませんが。
 この本はとても示唆にとんだ内容なのですが、ポイントは、尾崎の歌は自己表現ではなく、自己変革をしようとあがいている少年尾崎豊の姿を描いたもので、それにオーディエンスが、自分自身の姿を見ているという須藤氏の視点に尾崎もある程度同意している点です。その後のIVでも、尾崎は自分を見に来ているというより、オーデイエンスがオーディエンス自身を確認するためコンサートに来てくれているということを自覚しながらパフォーマンスしていることを話しています。尾崎の歌は、鏡のように聞くもの自身を映し出しているという視点です。

少々長くなりましたが、「自分とは何か」というテーマで、須藤氏の言葉をさぐりながら、話を広げるトピックを設けたいと思います!

コメント(3)

 あたしね いっとき すんごく須藤さんが嫌いだったぁ。
 理由はね 彼がいなくなってから
 なんだか「商売道具」にされてる気がしてさ・・。
 追悼のCD 未発表の曲 などなど・・。
 昔話を語って売り物にすなよー!! 
 って。。

 昔はね須藤さんが書いた尾崎の本がお気に入りで
 何回も読んだんだよぉ・・。

 んでもさ 結局 きっと みんな尾崎が大好きなんだねぇ。

 それを思うと生の尾崎を知ってる 葛藤してる尾崎見てた
 須藤さんが ちょっと うらやましいかもw

 「テーマ」の<自分とは何か>
 あたしは 自分ってものがよくわかっていません。
 はたから見たあたしは「天然」「元気」「明るい」
 だそうです。
 だからそれ以外のあたしになると「らしくないよw」
 といわれます。
 ん〜〜〜 「らしくない」のもあたしなんだけどなぁ・・
 時々そんな事を思ったりします。
 「らしく見せる演技」をしたりもします。
 後でえらく疲れる羽目に・・。

 ってことで・・・結局まだわかりませんw

 修行中です。。。

 とりあえず 気合と根性で頑張ってます(*・ω・)ノシ   
 
>さらたんさんへ
なるほど、さらたんさんのコメントは、テーマの本質を的確に表してると思います。
はたから見た「自分」と自分がこう思ってる「自分」とこうなりたいと思ってる理想の「自分」。やっかいなのはさらたんさんもおっしゃるように、人からみた「らしい」というやつですね。私も自分を使い分けて「まじめ」と言われることもあれば「いいかげん」と言われることもあり、「面白い奴」と言われることがあれば「退屈な奴」と言われることもあります。

人から見られる自分像が、自分が思ってる自分像とあまりにずれると深刻な葛藤につながっていくと思いますが、人が見る自分というのは、やっぱり自分が見えない所を気づかせてくれることもあります、長所も短所も含めて。
「らしくない」自分も、大切にしたいですね、何も他人にそれをさらけ出すということではなく、自分で自分を理解するというか、「あっ今俺がんばってんな」とか。らしくない自分を否定してしまうと、かなりつらいことになると思います。思春期にはそうなりがちですが。
あんまりこのテーマに一人で悩むとノイローゼになりそうなので(笑)

尾崎に関して言うと、男の少年ファンたちは、尾崎に自分のこうありたい像を重ねて見ていたと思うんです。多分女性ファンには別の見方があると思うのですが。例えば、大人社会に反旗を翻すヒーロー。尾崎はこうあってほしい。それはファンそれぞれのなりたい理想像で、尾崎ひとりで抱え込めるものでもない。でも尾崎はそれなりに真剣にそれを受け止めて、さらたんさんのおっしゃるようにえらく疲れた時期があったんだと思うのです。それが、十代後半の活動停止から、バース復活までの間で、そのバランスを整えていたのではとも思います。
 あたしは 街路樹のアルバムは
 あまり好きではありません。

 ライブコア も・・。
 
 きっとのこ否定はしちゃいけないんだと思います。
 この前書いた「らしくない」ってことに当てはまると思うから。

 ちゃんと書くと 見てると可哀想で辛くなるから・・ デス。

 バースツアーは 吹っ切れた彼がいたと思います。

 そして 最後となってしまうアルバムの中に出てきたフレーズは
 「きっと いつか 答えは 育むものだと気づく」
 その先が見たかったなぁ・・。

 あたしは いつの間にか 尾崎が生きた年数を越えてしまった。
 

 んでも こういっちゃなんだけど・・・。
 オッサンになった 尾崎を想像することができませんww

 歌手じゃなくてもいいからさ ハゲでデブでも良かったから
 生きていて欲しかったなぁ・・・。

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