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キリスト教と聖書 祖父の考えコミュのキリスト教の本質4 霊性の危機

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キリスト教の霊性の危機
 キリスト教では、信徒の霊性が確立しているか、いないかが重要視されています。霊性は一人ひとりの信仰によって資質が異なってくるのです。
 キリスト教は、信徒に神聖であることを求めています。1ペテロ1:16『わたしが神聖(Holy)であるから、あなたがたも神聖(Holy)でなければならない。』英語訳聖書。
 ヘブル語はカーシュ、ギリシヤ語はハギオスを神聖とほんやくしています。日本語だけが聖とか、聖なる、と記しているのです。
 なぜでしょうか。私たちは自分の信仰を省みて、自分が神聖な信徒でないと感じると、水を混ぜて言葉の意味を薄めてしまう弱さをもっています。日本の神学者や聖書研究家が聖とか、聖なる、と翻訳すると教職の方たちも同調してしまうのです。すると日本人の霊性は神聖でなければならないと言う神様の要求から離れてしまうのです。
 サタンと悪霊は、神聖な神様から私たちを引き離すことに成功するのです。私たちは聖霊様に満たされているとき、神聖な神の子に仕立てられるのです。聖書は聖霊様に満たされている信徒に対して、あなた方は神聖な神の子である。と記しててるのです。
 聖霊様に満たされている信徒は、神様の神聖な霊と一体にされているのです。
 ローマ8:9『キリストの御霊をもたない人は、キリストのものではありません。もしキリストがあなた方の内におられるなら、肢体は罪のために死んでいても、霊が、義のゆえに生きています。』と記されていました。
 キリストとキリストの御霊であられる聖霊様は、霊的に一体となっておられます。キリストが私たちの内におられるなら、聖霊様も私たちの内におられるのです。私たちは体験によって確信を与えられます。
 なぜ聖書はこのように記しているのでしょうか。
私たちはアダムがどのように形造られたかということを知らなくては救いの真理を理解することができません。
 アダムは塵で形造られました。主は命の息ルアハアー(聖霊様)を吹き込まれていました。ギリシヤ語と英語はアダムに魂をもつ者になった。と記されていました。
 日本語では、人は生きものとなった。と記していました。日本語は正常な魂をもつなら神様の役に立つ者になるので、いきものとなったと翻訳していました。
 しかし、魂と言うヘブル語の意味には、神聖な神様と同じ、神聖な霊と神聖な永遠の命と、神聖な性質と、神聖な心と良心を肢体の中に一体として与えられていたことを記していたのです。
 キリスト教の救いは、魂の救いであったことを1ペテロ1:9に記していました。
 このことから信仰は、神様と同じ魂が、神様の霊によって与えられることを知ることになります。
 私たちは知識を得ることによって信仰が成長してゆくと考えています。しかし、信仰は神様の賜物として与えられることを知らなくては、キリスト教の救いは体験できないのです。
 魂は正常な魂と、異常な魂があります。異常な魂は的外れの罪の状態
です。罪とは異常な状態を意味していました。

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