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日月(一二三)神示コミュの省みると道見出し、悟ると道が判り、改むると道進む。

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「省みる」

ひふみ神示 第24巻 黄金の巻
第六十四帖
 何処で何してゐても道さへふんで居れば弥栄えるぞ。行き詰ったら省みよ。己の心の狂ひ、判って来るぞ。神から伸びた智と愛でないと、人民の智や学や愛はすぐペシャンコ。やりてみよれ。根なし草には実は結ばんぞ。お尻出したら お尻綺麗にふいてやれよ。怒ってはならん。子の尻と思うて拭いてやれよ。判った人民よ。今の内は阿呆結構ぞ。一つに和して御座れ。人間心で急ぐでないぞ。(十二月十四日)一二十

第六十六帖
 省みると道見出し、悟ると道が判り、改むると道進む。苦しむばかりが能ではない。自分の中にあるから近よって来るのであるぞ。厭なこと起って来るのは、厭なことが自分の中にあるからじゃ。肉体は親から受けたのざから親に似てゐるのぞ。霊は神から受けたのざから神に似てゐるぞ。判りた守護神 一日も早く奥山へ出て参りて、神の御用結構。(十二月十四日)一二十

第七十六帖
 真理を知って、よくならなかったら、よく省みよ。よくなるのがマコトであるぞ。悪くなったら心せねばならん。善人が苦しむことあるぞ。よく考へて見い。長い目で見てよくしようとするのが神の心ぞ。目の前のおかげでなく、永遠の立場から、よくなるおかげがマコトのおかげ。神徳は重いから腰ふらつかんやうにして下されよ。その代り貫きて下されたら、永遠(トワ)にしぼまん九の花となるぞ。二二(フジ)に、九(ク)の花どっと咲くぞ。拍手は清めであるが、神様との約束固めでもあるぞ。約束たがへるでないぞ。(一月三日)一二十

第百帖
 真理を理解して居れば心配いらん。失敗も財産ぞ。真剣で求めると真剣さずかるぞ。求めるとは祈ること。よく祈るものは よく与へられる。日々の祈りは行であるぞ。百年祈りつづけても祈りだけでは何もならん。それは祈り地獄ぢゃ。祈り地獄 多いのう。肉体人は肉体の行せねばならん。日々の祈り結構いたしくれよ。次の祈りは省みることぞ。いくら祈り行じても自分省みねば、千年行じても何もならん道理ぢゃ。同じ山に登ったり降ったり、御苦労のこと、馬鹿の散歩と申すもの。悔いあらためよと申してあらう。省みて行ずるその祈り弥栄えるぞ。平面の上でいくら働いても、もがいても平面行為で有限ぞ。立体に入らねばならん。無限に生命せねばならんぞ。立体から複立体、複々立体、立々体と進まねばならん。一から二に、二から三にと、次々に進めねばならん。進めば進む程、始めに帰るぞ。 に到るぞ。立体に入るとは誠の理解生活に入ることぞ。無限に解け入ることぞ。イワトあけなば二二輝くぞ。弥栄々々。(一月十八日)

ひふみ神示 第26巻 黒鉄の巻
第三十六帖
 天界に行く門は輝き、幽界に行く門は闇であるぞ。闇の門はとざされ、光の門は開かれてゐるぞ。天界は昇り易く、幽界にはおちにくいぞ。神と金と二つに仕へることは出来ん、そのどちらかに仕へねばならんと、今迄は説かしてゐたのであるが、それは段階の低い信仰であるぞ。影しか判らんから、時節が来て居らんから、さう説かしてゐたのであるが、この度、時節到来したので、マコトの道理 説いてきかすのぢゃ。神と金と共に仕へまつるとは、肉と霊と共に栄えて嬉し嬉しとなることぞ。嬉し嬉しとはそのことであるぞ。神と金と二つとも得ること嬉しいであろうがな。その次には霊の霊とも共に仕へまつれよ。まつれるのであるぞ。これが、まことの正しき理(ミチ)であるぞ。今迄の信仰は何処かにさびしき、もの足りなさかあったであらうが。片親がなかったからぞ。天に仕へるか、地に仕へるかであったからぞ。この道はアメツチの道ざと知らしてあらうがな。清くして富むのがまことぢゃ。地も富まねばならんのぢゃと申してあらうが。これから先は金もうけばかりも出来ん。今迄のやうな神信心ばかりも出来ん。神の理(ミチ)を進むものは嫌でも金がたまるのぢゃ。金がたまらねば深く省みよ。理に外れて御座るぞ。人は罪の子でない、喜びの子ぞ。(旧九月八日)

ひふみ神示 第27巻  春の巻
第9帖 (666)
人民には分別与へてあるから反省できるのであるぞ。反省あるから進展するのであるぞ。ほっておいても、いらんものは無くなり、いるものは栄へるのであるが、人民の努力によっては、よりよくなるのぢゃ。省みねば生れた時より悪くなると申してあろうが。慾、浄化して喜びとせよ。喜び何からでも生れるぞ。広い世界に住めば広く、深い世界に住めば深く向上する。物の世界から霊の世界へ、無限の世界へ入るから無限の生命が与へられるのぢゃ。無限の喜び得ること出来るのぢゃ。無限世界とは物と霊との大調和した、限りなき光の世界ぞ。真理を知ることが、無限を得ること。まことの神をつかむことぞ。よいものつくるには大き手数かかるのぢゃ。ふところ手でいては出来ん。手出せ、足出せよ。

 第10帖(667)
 一切のものは (ウズ)であるぞ。同じことくりかへしているように、人民には、世界が見えるであろうなれど、一段づつ進んでいるのであるぞ。木でも草でも同様ぞ。前の春と今年の春とは、同じであって違って居らうがな。行き詰りがありがたいのぢゃ。進んでいるからこそ、行きあたり行きつまるのぢゃ。省みる時あたえられるのぢゃ。さとりの時与えられるのぢゃ。ものは、はなすからこそ摑めるのぢゃ。固く握って戸しめていてはならんのう。扉あけておけと申してあろうが。着物ぬいで裸体となることつらいであろうなれど、ぬがねば新しい着物きられんぞ。裸になってブツカレよ。神様も裸になってそなたを抱いてくださるぞよ。重い石のせたタクアンはうまいのであるぞ。

第十一帖
 内の自分は神であるが、外の自分は先祖であるぞ。祖先おろそかにするでないぞ。先祖まつることは自分をまつることぞ。外の自分と申しても肉体ばかりでないぞ。肉体霊も外の自分であるぞ。信じ切るからこそ飛躍するのぢゃぞ。不信に進歩弥栄ないぞ。肉体霊も外の自分であるぞ。まかせ切るからこそ神となるのぢゃ。神に通づるのぢゃ。他力で自力であるぞ。真剣なければ百年たっても同じ所ウヨウヨぢゃ。一歩も進まん。進まんことはおくれていることぞ。真剣なれば失敗してもよいと申してあろうが。省みることによって更に数倍することが得られるのであるぞ。いい加減が一旦成功しても土台ないからウタカタぢゃ。下座の行、大切。

第十三帖
 自分はよいが、世の中が悪いのぢゃと申しているが、その自分省みよ。自分が神の理(ミチ)にあり、真実であるならば、世の中は悪くないぞ。輝いているぞ。自分にふりかかって来る一切のものは最善のものと思へ。如何なる悪いことも それは最善のものであるぞ。この道理よくわきまへて下されよ。真の神を理解すれば、一切の幸福 得られるのぢゃ。世を呪ふことは自分を呪ふこと、世間や他人を恨むことは自分を恨むこと。このこと悟れば一切はそこからひらけくるぞ。十のもの受けるには十の努力。

ひふみ神示 補巻 月光の巻
第三十三帖
 まことから出たことは誰のねがひも同様。心配せずにドシドシと進めて下されよ。若し行き詰ったら省みよ。行き詰った時は大きくひらける時ぢゃ。ぢゃと申して ひとこころで急ぐでないぞ。急ぐと道が見えなくなってくるぞ。そなたの考へて御座ることは自己中心でないか。われよしの小さいわれよしではならん。大きなわれよし結構ぞ。ぎせいになることを尊いことぢゃと申してゐるが、ぎせいに倒れてはならん。己を生かす為に他を殺すのもいかん。己殺して他をいかすのもいかん。大の虫を生かすため、小の虫を殺すことはやむを得んことぢゃと申したり、教へたりしてゐるが、それもならんぞ。総てを殺さずに皆が栄える道があるでないか。何故に神示を読まぬのぢゃ。

第四十七帖
 八のつく日に気つけと申してあろう。八とはひらくことぞ。ものごとはひらく時が大切ぢゃ。第一歩の前に 歩があるぞ。 歩が大切ぞ。心せよ。そなたは行き詰って苦しんで御座るなれど、それは間違った道を歩んで来たからぞ。行き詰りは有りがたいぞ。省みる時を与えられたのぢゃ。ミタマ磨きさえすれば何ごともハッキリとうつりて、楽に行ける道がちゃんとつくってあるのぢゃ。その人その人に応じて如何ようにでも展け行くぞ。犬猫でさえ楽々と栄えてゐるでないか。洗濯次第でどんな神徳でも与えるぞ。二月十八日。

第五十四帖
 頭を下げて見なされ、流れて来るぞ。頭も下げず低くならんでゐては流れては来ないぞ。神のめぐみは淡々とした水のようなものぞ。そなたは頭が高いぞ。天狗ぞ。その鼻まげて自分のにほひをかいで見るがよい。そなたは左に傾いてゐるぞ。左を見なければならんが、片よって歩いてはならんぞ。そなたは右を歩き乍ら、それを中道と思って御座るぞ。そなたは平面上を行ってゐるから、中道のつもりで、他に中行く道はないと信じてゐるが、それでは足らんのう。立体の道を早うさとりなされよ。【正中の大道】あるのであるぞ。左でもなく右でもなく、うれしうれしの道あるぞ。左も右も上も下も相対の結果の世界ぢゃ。原因の世界に入らねばならん。平面より見れば相対あるなれど、立体に入り更に複立体、複々立体、立立体の世界を知らねばならんぞ。相対では争ひぢゃ。いくさぢゃ。真の世界平和は今のやり方、考へ方では成就せんぞ。三千世界和平から出発せねばならんぞ。そなたは神示をよくよんでゐるが、それだけでは足らん。神示を肚に入れねばならん。つけ焼刃ではならん。神示を血とし生活とすれば、何事も思ふ通りスラリスラリと面白い程 栄えて来るぞ。思ふように運ばなかったら省みよ。己が己にだまされて、己のためのみに為してゐることに気づかんのか。それが善であっても、己のためのみならば死し、善のための善ならば弥栄えるぞ。善にも外道の善あるぞ。心せよ。神示見て居らぬとびっくりが出てくるぞ。この世始まってないことが出てくるのぢゃ、世界の片はし八まべからぞ。判りたか。そなたは神体を偶像と申して御座るが、それはそなた自身が偶像なるが故であるぞ。礼拝を忘れ、祈りをわすれることは神をわすれることぢゃ。そなたの住む段階では、祈り畏こみ謹んで実践しなければならんぞ。拝まんでも拝んでゐる境地はなかなかぢゃなあ。そなたはわれが助かろうとするから助からんのぢゃ。世界はこの世ばかりではないことを、よく得心して下されよ。我をすてて素直になされよ。三千年の秋が来てゐるのであるぞ。

第五十五帖
 そなたはよく肚をたてるが、肚がたつのは慢心からであるぞ。よく心得なされよ。下肚からこみあげてくる怒りは大きな怒りであるから、怒ってよいのであるなれど、怒りの現わし方を出来るだけ小さく、出来るだけ清く、出来るだけ短かくして下されよ。怒りに清い怒りはないと、そなたは思案して御座るなれど、怒りにも清い怒り、澄んだ怒りあるぞ。三月三日。
 そなたはいつも自分の役に不足申すくせがあるぞ。そのくせ直して下されよ。長くかかってもよいから、根の音(ね)からの改心結構ぞ。手は手の役、足は足、頭は頭の役、それぞれに結構ぞ。上下貴賎ないこと、そなたには判ってゐる筈なのに、早う得心して下されよ。
 そなたはこの神ときわめて深い縁があるのぢゃ。縁あればこそ引きよせて苦労さしてゐるのぢゃ。今度の御用は苦の花咲かすことぢゃ。真理に苦の花さくのであるぞ。因縁のそなたぢゃ、一聞いたなら十がわかるのぢゃ。云われんさきに判ってもらわねばならんぞ。知らしてからでは味ないぞ。十人並ぞ。今度の御用は千人力、十人並では間に合わんぞ。人間の目は一方しか見えん。表なら表、右なら右しか見えん。表には必ず裏があり、左があるから右があるのぢゃ。自分の目で見たのだから間違いないと、そなたは我を張って居るなれど、それは只一方的の真実であるぞ。独断は役に立たんぞと申してあろうが。見極めた上にも見極めねばならんぞ。霊の目も一方しか見えんぞ。霊人には何でも判ってゐると思ふと、大変な間違ひ起るぞ。一方と申しても霊界の一方と現界の一方とは、一方が違ふぞ。
 そなたは中々に立派な理屈を申すが、理屈も必要ではあるが、あわの如きもの、そなたの財産にはならんぞ。体験の財産は死んでからも役にたつ。
 ざんげせよと申しても、人の前にざんげしてはならんぞ。人の前で出来るざんげは割引したざんげ。割引したざんげは神をだまし、己をだますこととなるぞ。悔ひ改めて下され。深く省みて下され。深く恥ぢおそれよ。心して慎しんで下されよ。直ちによき神界との霊線がつながるぞ。霊線つながれば、その日その時からよくなってくるぞ。気持が曲ったら霊線が切り替えられる。

第五十九帖
 一度申したこと何処迄もつらぬくそなた結構ぞ。なれども囚われているぞ。この神はちと大きな、今迄にない大変をいたすのであるから、あまり小さく囚われていると判らんことになってくるぞ。固まるときには一度に固まらねばならん。昨日は昨日、今日は今日ぞ。そなたは動機が善ならば失敗は薬と、われの都合のよいように、われとわれを弁解して御座るなれど、弁解したのでは薬にならん。毒となることあるぞ。省みよ。そなたは何神様でも仏でも、何でも彼でも拝んでいるが、その順序と区別がよく判ってゐないぞ。判らずにめくらめっぽうに拝んではならん。心得なされよ。そなたは忙しい忙しい、神示よむ間もないと申してゐるが、忙しいのは神のめぐみであるぞ。よどんだ水はくさるのぢゃ。忙しい中にこそ、神示よむ時があるのぢゃ。逃げ道をつくってはならん。

第六十帖
 そなたは自分の力を人に見せようとしてゐるが、無邪気なものぢゃのう。自分の力がかくせぬようでは、頭に立つこと出来んぞ。何も彼も出して了ったのでは味がなくなるぞ。そなたはよく祈る。祈ることは結構であるなれど、祈るばかりでものごと成就せんぞ。為すには先づ祈らねばならんが、そなたはそなたの神にのみ祈ってゐるぞ。為すのは己であるから、己にゐのらねばならんぞ。己に祈りた後、己が為さねばならんぞ。乳房与えられても自分で吸はねば自分の身にはつかぬ道理ぢゃ。だが、為したのみでは未だ足らんぞ。時々は省みなければならんぞ。そなたは形や口先ばかりでものを拝んでゐるが、心と行と口と三つそろはねばならん。三つ揃ふて拝むならば、どんなものでも与へられるのぢゃ。拝む所へ ものは集まってくる。神も集まってくる。足らぬものなくなるぞ。余ることなくなって、満たされるのが まことの富ぢゃ。清富ぢゃ。

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