4. グレン・ミラー・メドレー
茶色の小びん Glenn Miller & B. Finegan
イン・ザ・ムード Glenn Miller & J.C. Garland
タキシード・ジャンクション Glenn Miller & E. Hawkins
アメリカン・パトロール Glenn Miller & J. Gray
ムーンライト・セレナーデ Glenn Miller & M. Parish
華麗なる舞曲(Danse Folâtre)
この作品はアメリカ吹奏楽界において最高の実力を誇る米空軍軍楽隊(The United States Air Force Band略してUSAFB)の演奏能力と音楽水準の高さに挑戦した作品。1986年に米空軍軍楽隊と当時の隊長ジェイムズ・M・バンクヘッド中佐からの委嘱で作曲。初演は同年、シカゴのミッドウェストバンドクリニック時に米空軍軍楽隊の演奏によって初演された。
この作品の評価については意見が二分されるが、奏法が確立されている奏者でなければ太刀打ちできない。またピッコロ・トランペットの起用に加え、特殊打楽器群の多用、言うまでもないホルンに対する挑戦的なパッセージなど、スミスの独創的且つ力強い発想がふんだんに取り入れられている。
スミスの作品中最も演奏が困難な作品である。
ルイ・ブルジョワの賛歌による変奏曲(Variations on a Hymn by Louis Bourgeois)
独立賛歌による変奏曲(Variations on a Revolutionary Hymn)
ファンファーレ・バラード&ジュビリー(Fanfare, Ballard & Jubilee)
コンサートマーチ「フライト」 (Flight)
古いアメリカの賛歌による序曲 (Overture on an Early American Folk Hymn)
クリスマス・キャロルによる狂詩曲 (Rhapsody on Christmas Carols)
アメリカ空軍軍楽隊(United States Air Force Band)と隊長のアーナルド・ゲイブリエル大佐(Col. Arnald D. Gabriel)の委嘱で作曲された。初演は1982年2月10日にテキサス州サンアントニオで開催された音楽教育者全米会議(MENC)とテキサス州音楽教育者協会(TMEA)の合同大会の席上で委嘱者によって行われ、創立75周年記念作品としてMENCに献呈された。
自身もホルン奏者でありホルンを知り尽くしていたスミスは、この曲でホルンに非常に難度の高いパッセージを多く書いている。これは当時の空軍軍楽隊の首席ホルン奏者であるジョニー・ウッディー最上級曹長(CMSgt Johnny Woody)が作曲者のカンザス大学時代のよきライバルだったため、そのちょっとした仕返しであることを明らかにしている。また、チューバ奏者のロバート・ダニエル曹長(MSgt Robert Daniel)やユーフォニアム奏者のブライアン・ボーマン最上級曹長(CMSgt Brian Bowman)とも親しかったため、これらの楽器にもカデンツァを書いている。
市民のためのファンファーレ(英: Fanfare for the Common Man)は、指揮者ユージン・グーセンスの依嘱により、アーロン・コープランドによって1942年に作曲された小品のことである。20世紀音楽の中で最も分かりやすい作品の一つであり、アメリカ合衆国が生んだ芸術音楽の古典に位置づけられている。
金管楽器と打楽器のために作曲された。
作品成立の経緯
コープランドは自叙伝において次のように述べている。「シンシナティ交響楽団の指揮者ユージン・グーセンスが8月末に、1942年から1943年のシーズンで実行に移したいアイディアがあると手紙に書いてきた。第一次世界大戦中に、グーセンスはイギリスの作曲家に、演奏会を始めることができるようなファンファーレの作曲を頼んだことがあったのだった。それがあまりにうまく事を運んだので、第二次世界大戦中は、アメリカ人の作曲家に同じことを頼んでみようとしたのである」。グーセンスの要望で作曲された、全部で18のファンファーレ[1]のうち、今なお標準の演奏曲目に残っているのは、コープランドのファンファーレのみである。
グーセンスは、「これらのファンファーレが感動的で、戦役に重要な貢献となるように提案したのは自分である」からとして、「兵士のためのファンファーレ」という題名を提案したが、コープランドは、「荘厳な儀式のためのファンファーレ Fanfare for a Solemn Ceremony 」や、「四大自由のためのファンファーレ Fanfare for Four Freedoms」などといったいくつかの題名も検討した。だがグーセンスが驚いたのは、コープランドが「市民のためのファンファーレ」という題名を付けたことだった。「その題名は、音楽と同じぐらいに独創的ですね。私の考えでは、きわめて多くを語る音楽ですから、演奏するのは特別な機会がふさわしいのです。もし賛同していただけるなら、1943年3月12日の納税日に初演をしたいのですが」。コープランドの返事は「私は納税日に市民を称えることに大賛成です」というものだった。