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フリスタ☆フェスティバルコミュの4/17"フリスタ☆フェス"出演アーティスト紹介トピ

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フリスタ☆フェス2011に出演するアーティストを

動画なんかでCHECKしてもらうこのコーナー!!!

おすすめムービーなんかもあったりしたら

どんどんUPしてやって下さい。

コメント(14)

■「CITY-ACE」

1984年生まれ、豊橋市出身。DJ、HOST MC、RECORDING ENGNEER、HIP-HOP SINGERと多方面の顔を持つ人物。
小学二年生の頃に家族旅行で行ったアメリカで、初めてHIP-HOPに出会い、そこからHIP-HOP,R&Bにはまる。
高校の頃に、幼馴染でもあり先輩でもあったDJ 034と再会し、高校卒業後、DJ 034に弟子入りする。 そして、2003年DJ
CITY-ACEとしてキャリアをスタートさせる。そのわずか三ヶ月後、当時同じクルーだったSOCKS(現 D.S.B)とともにMIX
CD『BLACK SOCKS』を発表。500枚限定であった為、即完売となる。 そのCD制作時に、レコーディングのノウハウを覚え、その後DJ
034の紹介を得て、BIGG MAC WORKSのCEOでもあるMr.OZと出会う。その頃からDJとしてだけではなく、HOST
MCとしても活動を始め、2005年ANTY THE 紅乃壱のファーストフルアルバム『Pump ME Up!!』、続く『How To
"B"eat』にHOST MCとして参加を果たす。 翌年の2006年。BIGG MAC WORKSのRECORDING
ENGNEERとして活動し始める。数々のアーティストの作品をレコーディングし、多大な影響を受けるが、その中でのヒューストンの天才シンガー、BILLY
COOKのレコーディングで、歌を歌う事に強い憧れを抱く。
そして、2007年。同じクルーとして活動してきた、BABY-T、T.T.、SOCKS、THREE-AからなるD.S.B.にシンガーとして加入し、そのキャリアをスタートさせると、またもその三ヶ月後、Mr.OZのソロアルバム『Original
Zeanius -Between The Bright And The Dark-』に参加。
異例の速さでシンガーCITY-ACEとして衝撃的デビューを果たし、DJとしても『BIGG MAC MIX '07』をリリース。
同年9月、D.S.Bとして『Chocolate Music』をリリース。 そして、2008年。
数々のアーティストとのフィーチャリングはもちろん(下記参照)、D.S.Bのフルアルバム製作、Bigg Mac Mix
'08を製作、発表するなど、その勢いは止まらない。 2009.1.21.Mr.OZ とのタッグアルバム、 『21g with
strawbery fiels』発表。 "HIP-HOP SINGER CITY-ACE"自身のソロアルバム、
2009.3.25.『ready to whatever』を発表。 そして、DJ RYOW presents "Youngest in charge"のメンバーとして始動開始。 2009.4.8. 『THE LEADERS OF NEW SCHOOL』を発表。
2009.6月リリース "E"qual の EP『DOPE BOY』からのスピンオフユニット。
"E"qual の呼びかけにより、5MC 構成の「DOPE BOYS」が結成。
メンバーは "E"qual 作品の常連、BALLERS から G.B.L. (10C & Stealer)、ストリートヒットチューン『Ohhhhh S***!!』(DOPE BOY 収録) の参加でおなじみ、CITY-ACE とDEEP KAVAR の計5名による、純度100%の HIPHOP クルー。
その後も数々のアーティストと共演を果たし、卓越したセンスに磨きを更にかけ、また動く。
"HIP-HOP SINGER" CITY-ACE a.k.a. Youngest'n Blackから目を離すな!!!


■「C&K」

<C&K PROFILE> C&K a.k.a GENRE BUSTERS
湘南や横浜を活動の拠点として大学生時代に結成されたC&K。
Crazy&KooL(おもろカッコいい)と評されるCLIEVY(スーパーハイトーン)と
KEEN(シルキーヴォイス)の二人組からなるヴォーカルユニットです。
レゲエ、ファンク、ソウル、ディスコなどのブラックミュージックから、フォークや80年代の歌謡曲まで幅広いジャンルを二人の感性でごちゃまぜにした「JAM」と呼ぶ音楽を求道中。
自らを音楽ジャンルの垣根をぶち壊す「ジャンルバスターズ」ともネーミング。
2007年6月、デビュー前から親交のあった九州男のミニアルバム『こいが俺ですばい』の収録曲「KEEP MY WAY feat C&K」に参加。
2008年2月、九州男メジャー第1弾シングル「1/6000000000 feat.C&K」に参加しオリコンシングルチャート12位を記録。
2008年6月待望のデビューアルバム「CK island」(オリコンインディーズチャート10位)リリース。同アルバム収録曲の「Sun Son Sound feat.九州男」は、iTunesレゲエチャートにおいて1位を獲得。
全国各地の大型フェスに参加し圧倒的なLIVEパフォーマンスを繰り広げつづけ2009年2月、2nd Mini Album「CKTV」をリリース。
同アルバム収録曲の「続→60億分の1」は再度iTunesレゲエチャートにおいて1位を獲得。2009年3月には初のワンマンライブを代官山UNITにて敢行し、チケット即完売の大成功。2009年4月より、盟友九州男と全国Zeppツアーを共にまわり、延べ1万人を動員。2010年2 月17日3枚目のミニアルバム「CK STYLE」を発売し、直後自身初の全国(東京、名古屋、大阪、福岡、長崎、鹿児島)ライブツアー「日本全国CK弾数興行」を敢行し、どの会場の大盛況で閉幕。6月にはC&K初プロデュースイベント「THAT’S RIGHT!!!見てるあなたは大正解!!」が満員御礼。そして遂に8月4日「梅雨明け宣言」でユニバーサルミュージック/NAYUTAWAVEよりメジャーデビュー。2010年度の目標であるライブ50本塁打を達成すべく、全国各地でライブを行い、秋からは「地元です。地元じゃなくとも、地元です」ツアーを宇都宮、高崎、水戸、仙台、札幌、大阪、福岡が大喝采。11月24日には2ndシングル「上京がむしゃら物語」とインディーズ時代のミニアルバム3枚からセレクト楽曲を中心としたアルバム「It’sCK」を同時発売。そして2011年3月16日C&Kの真骨頂にひとつであるバラードを大フューチャーした3rdシングル「ぼくのとなりにいてくれませんか?」を発売。それに合わせてC&K初のワンマン5大都市ツアーライブ「日本全国CK地元化計画 地元です。地元じゃなくても、地元ですツアー2011」を4月末から5月上旬にかけて東京Blitz、札幌Mole、名古屋Botomline、大阪Big Cat、福岡Logosで開催予定。今年のライブ目標は47都道府県制覇!?


■「DAZZLE 4 LIFE」

2000年CMDがDAZZLE 4 LIFEとして活動を始める、メンバーの脱退や、幾度かのメンバーチェンジの末、2004年T-TRIPPIN'(Talk box)が加入し、2人のユニットとして現在のDAZZLE 4 LIFEの形となった。
アメリカWEST COAST HIPHOPをベースとした曲作りでCMDのメロディアスでキャッチーなRAPにT-TRIPPIN'の絶妙なTalk box playが絡む独自のサウンドスタイルを確立している。単独音源は、未発表ながら地元三重県ではカリスマ的な人気を博し、出演イベントでは完全に会場をロックする実力を持っている。
2006年、2007年と"GROOVE cruisin'"(FORSIDE.COM)"COAST 2 COAST"(K.S.R)等全国流通のコンピレーションアルバムにも多数参加、2007年度「LOWRIDER CAR SHOW」のレギュラーゲストとして全国のカーショーでのステージに於いても全国のLOWRIDER達を完全にロックしている。
2007年7月4日発売のDS455のアルバム「Risin' To The Sun」に12.STEP IN OUTで、新人としては異例のフィーチャリングをTWO-Jと共に果たし、その実力とセンスを日本のウエッサイシーンに披露した。
2007年終盤よりDJ☆GO「BEST OF HOOD SOUND」、DJ PMX「LocoHAMA CRUISIN '」といったJ-ウエッサイの大物DJのMIX CDにもDAZZLE 4 LIFEの楽曲がキートラックとして収録された。2008年1月30日発売のコンピレーションCD「COAST 2 COAST」にも「RIDE ON」で参加。
HOOD STAから全国区のアーティストに成長目覚しい彼らだが、発売延期が続いていたファン 待望のデビューアルバム「NEVER GIVE UP」がいよいよ2008年2月27日HOODSOUND/VILLAGEAGAINより発売。
2009年11月には三重県松阪市で開催された野外フェス「LOVERS FESTIVAL」に出演。
そして、2010年9月22日2年半ぶりとなる新作8TRACKS ALBUM「PHAT VIBES」をひっさげ全国各地での活動を始動する!!


■「ET-KING」

1999年結成、2006年メジャー・デビュー。ボーカルが5人、DJ、そして総合司会(!)というメンバー構成で、大阪は通天閣のすぐ近く大国町を拠点に活動。彼らの真骨頂、そろいのハッピを身にまとうライブ・パフォーマンスのテーマはズバリ「お祭り」!“愛”を訴え、真冬でも止まらぬ汗がほとばしる熱狂と、涙あり笑いありのドラマは、観るものの全感覚に忘れられない感動をのこす。情熱あふれる言葉とメッセージ、そしてレゲエ、ヒップ・ホップ、ロック、歌謡曲などさまざまな要素を取り入れたサウンド・プロダクションで、老若男女を問わずに支持されるオリジナルなET-KINGワールドを展開。ひと目見、またふと耳にすれば必ず立ち止まることを余儀なくされる力強い個性は、日本全国、そして世界へ強烈なインパクトをあたえる。

★ET-KINGチャリティー楽曲配信中!
現在モバイルサイト「レコチョク」では「東日本大震災」
復興を目的とした「アーティストチャリティー」着うた
配信を行っています。
その配信楽曲にK×ET-KING「この歌を・・・・・・・・♪」
がエントリーされました。
ダウンロードされた楽曲売上の一部がSony Musicを通じ
東日本大震災被害者の方への支援金として寄付されます。
是非ご協力ください!
DLはコチラから!
http://recochoku.com/kifu/


■「G2」

19才のときに出会ったレゲエミュージックに衝撃を受けすぐさまMICを握り歌いだす事になる。 地元である岐阜を中心に活動を始め、数々の現場を夜な夜な練り歩き、確実なスキルとリアリティーを身に付けていく。

その他、REGGAE DEEJAYの人気パロメーターである[DUB PLATE] も確実に増え続け多くのサウンドがスペシャルダブプレートTUNE として使用し現場を沸かしている。

2006 年に発売された名古屋を代表するレゲエSOUND バンティーフットのミックスCDに収録されている 『いつもありがとう』が高評価となりさらにダブプレートそして 現場共に増えていき全国で噂となる。

そして2006年に日本でも有数のレゲエタウン南大阪で行われた DJクラッシュに参加。強敵をなぎ倒しアウェイながら優勝を見事獲得!! さらに、その名を広める。

2007 年8月に満を持して1st ALBUMとなる「Letter〜おかんに贈る音の手紙〜」をリリース。
そのアルバムがインディーズながらスマッシュヒットし、一気に全国区の人気を得る。

ミディアムテンポからイケイケまでどんなRIDDIMにも乗っかれるそのスタイルはレゲエ好きな人達だけ でなく色々なジャンルの人達に影響を与えている。 ジャマイカにも精力的に渡り、現地のVIBESを体感しそのバイブスを日本各地の現場で届けている。


■「nobodyknows+」

名古屋在住、ヒップホップグループ。ソウルミュージックを根底としたDJ MITSUによる情感溢れるトラック、MC陣の個性豊かな声、等身大かつリアルなリリックが共感を呼び、2004年6月に発売した1stフルアルバム「Do You Know?」がオリコンチャート初登場より2週連続1位、50万枚を超える大ヒットを記録。紅白出場を果たす。2005年、2ndアルバム「5MC&1DJ」をリリース。2006年2月から7月まで、初の全国47都道府県ツアーを実施、大成功のうちに終了させる。2007年、3rdフルアルバム「vulgarhythm」を発売。改めて「nobodyknows+」というジャンルを確立した。2009年3月11日にはnobodyknows+初となるベストアルバム「best of nobodyknows+」を発売!!。2010年1月には"RAP LOVERS(remix)をモバイル配信限定でリリース。2010プロ野球の中日ドラゴンズ戦(ホーム/ナゴヤドーム)にてチアドラゴンズが踊るダンスパフォーマンス楽曲「Winds of Wins」を制作、2010年愛知県参議院議員通常選挙、2011年愛知県知事選挙のCMタイアップソング「FOREVER」もnobodyknows+が楽曲制作。 そして、2011年もチアドラゴンズのオフィシャルテーマソングをnobodyknows+が担当することが決定!!


■「NEO HERO」

2004年活動開始。春日井出身、活動拠点は名古屋。
東海地区若手DEEJAY注目株。
17歳の時に、地元春日井のDEEJAY B-NINJAHに憧れ、そのキャリアをスタートさせる。
2007年と2008年に、ビッグダンスTRENCH SPLASHへの出場をかけたDEEJAY CLASHで二年連続優勝。
2009年にBANTY FOOT率いる、OVER COME crewに加入し、更に勢いを増す。
2010年に京都BLACK BOXXXで行われた、東海地区と関西地区の若手NO.1を決めるDEEJAY CLASH ラガの都 KNOCK DOWN 2010で優勝。
様々なコンピレーションアルバムにも参加し、今後の活躍が期待されるDEEJAYのうちの一人。


■「APOLLO」

大阪出身の平成生まれのニューフェイス。
2008年、キャリア歴約1年にして「ROAD TO REGGAE 祭2008」一次予選突破。2008年7月26日の本決戦では見事、決勝戦進出を果たす。惜しくも準決勝に終わったが大会後、この未完の大器に今後の注目が注がれる。2009年大阪アズールで行われたDeejayコンテスト「ダイナマイトXX-誰がいっちゃん歌えんねん-」にて優勝。以後、様々なMIX CDに参加。H-MANのアルバム「不退転」に自身初の発表曲となるコンビネーション楽曲「デバンダ」が収録される。2009年8月14日「ROAD TO REGGAE 祭2009」出場。前代未聞の二年連続・決勝進出の快挙を果たすが延長戦の末、惜しくも準優勝に終わる。2009年末、ヒップホップのフリースタイルバトル全国大会UMB2009東京予選に参戦。鎮座ドープネスとの接戦の末、惜しくも敗れる。そして2010年、「ROAD TO REGGAE 祭 2010」に三年連続出場。三度目の挑戦の末、遂に念願の【優勝】を果たす。関西から全国区へ。。今日も元気に活動中。


■「イロコマネチ」

北海道札幌出身。レゲエ好きの友達の影響でいつしかレゲエにはまり、勢いでイロコマネチと自ら命名し、(すばらしい名前!)
気づけばレゲエ大国、大阪に1996年に移住。
ダンスホールレゲエでは少ない女のDJ、シングJ(要は歌い手)として今までに全国各地、北は北海道〜南は九州までのほのぼの小さなダンスから、とっても大きなダンスまで、いろんなダンスに出演。
これからもずっと、もっと、がっちりと、音楽をやっていくぞ!という事で頑張り中!

●公式ブログ
http://irokomanechi.blog63.fc2.com/

■「ハジ→(HAZZIE)」

九州男、C&Kを擁する9 island Recordings第3の新人ハジ→。

2005年、地元仙台にて歌い手としての初舞台を踏む。 以後、市内のCLUBを中心にLIVEを重ね、数多くのBIGアーティストのFRONT ACTを経験しながら着実にその知名度を上げていった。“歌うことこそが自分の真の生きがいである” そう言い切るハジ→の音楽に対する真っ直ぐな情熱は、 一度ライブでハジ→の生の歌声を耳にしていただければ誰もがそう感じ取れることだろう。自らのありのままの感情を、歌うことで表情豊かに表現し、聞き手の心にダイレクトに訴えかけるストレートな音楽性。

「ラップするように歌い、歌うようにラップする」ラッパー?シンガー?そんな固定概念すらをも覆すハジ→のスタイルは、まさに唯一無二のハジ→ワールドであり、歌うことでエンターテイメントを創造する演者を指すハジ→自身が作り出した造語、「シンガーソングエンターテイナー」を自称するにふさわしいアーティストであるといえるだろう。

彼はまた普段の自分の楽曲スタイルとは一線を画し、ラッパーVSラッパー真剣勝負で罵り合う【MC BATTLE】やいかにオーディエンスを沸かし、会場を盛り上げれるかを競い合う【LIVESHOWCASE BATTLE】にもこれまでに積極的に参加してきた。今や日本最大級のMCバトルと称されるULUTIMATE MC BATTLEでは2007年大会の仙台予選でBEST8まで残るなど、さまざまな大会でも好成績を修める。2009年以降、地元のみでの活動に限界を感じた彼は、活動の範囲を全国に拡大。積極的に関西、関東へと単身遠征にいくようになる。そして2010年九州男、C&Kを擁する9 island Recordings(NSV / ニュースタイルヴィジョン)に所属し、アーティスト名前を、HAZZIEからハジ→へと改名。同年3月には、C&K全国ツアー「日本全国弾数興行〜2010 CK五箇条御触書〜」(名古屋・大阪・福岡・鹿児島・長崎)のフロントアクトとして、C&K, Metis, Penginらと共に全国を回り、一気にその存在を日本全国に知らしめた。

百聞は一見にしかず、ならぬ、一聴にしかず。 ライブに来れば、ハジ→が解る。10000%現場叩き上げの圧巻のLIVEパフォーマンス。待望のデビューミニアルバムを全国リリース予定!!ついに本格始動したこの男、ハジ→の実力が世に認められるのも時間の問題であろう。


■「真崎ゆか」

物心ついたころからテレビの中で歌うアーティストに憧れ、小学生の頃には自己流でダンスをはじめる。

中学高校時代はハンドボール部に所属し全国大会に出場。

そして国体選手・U-16全日本ジュニア強化選手にも選ばれる。



アーティストへの夢を形にすべく高校卒業後は都内の音楽専門学校に入学。

在学中に出会ったブラックミュージックに強い衝撃を受け、ダンスミュージックの世界に惹き込まれていく。

専門学校卒業後は、都内のクラブやライブハウスを中心にライブ活動をスタート。

月に10本近いペースでライブ・イベントへの出演を重ねながら、

他アーティストのバックダンサーとしての活動も行いパフォーマンスを磨いていく。



2009年、ユニバーサルJで行われた日韓共同オーディションでレコード会社の目に留まる。

音楽活動と並行して自身もヘビーユーザーであった

人気アパレル「MURUA」でビジュアルプレス/ショップスタッフとしての活動をスタート。



2010年11月、3ヶ月連続リリース「LOVE STORY 3部作」の

第1弾シングル「LOVE SONG」で念願のメジャーデビューを果たす。

「LOVE SONG」は、レコチョク クラブうたフル・デイリー1位。

第2弾「Everlasting Love feat.房川ヒロ」は、レコチョク クラブうた・ウィークリー1位を獲得。

ソウルシンガーKGをゲストボーカルに招きいれた第3弾「Last Kiss feat.KG」も

渋谷女性300人が選ぶ、期待度ランキング1位を獲得するなど、ますます活躍が期待される。



音楽とファッションシーンをクロスオーバーし、今最も注目を浴びる新世代R&Bシンガー。


■「ARSENAL JAPAN」

2000年に地元三重県四日市・桑名でTOP SHATTA O.G(MC&SELECTOR)、MEXICAN FACE(SELECTOR)、MADCHANGの3人で結成。
新旧問わず、豊富なダブブレードを所有し、FOUNDATIONからBRAND NEWまでいかなるシチュエーションにも対応できる超現場方サウンドシステム。
2003年に名古屋RADIXで開催されたサウンドクラッシュ「TIFF ONE 45-SHOOT OUT-」への参戦・優勝をきっかけに、全国規模のサウンドクラッシュのシーンにも名乗りを上げる。
日本最大級のサウンドクラッシュのひとつ、「WAR GWAAN 2k6」では念願のビッグタイトルを獲得、ディフェンディングチャンピオンとしてタイトル防衛に挑んだ「WAR GWAAN 2k8」でも並み居る強豪サウンドを退け、2連覇を達成。
2007年にはサウンドシステムTOMAHAWK SOUND SYSTEMもフルリニューアルをへてパワーアップ。更なる飛躍、スキルアップのために日夜奮闘中。


■「Banty Foot」


名古屋のダンスホール・シーンを盛り上げるべく、RADIXで毎週木曜日に展開される「COMMON SENSE」の主宰。敢えて平日オビで勝負して、新たな名古屋の夜遊び文化のクリエイトに挑戦。その結果は「ど平日に100人越え」などの数字に表れている。毎月第3土曜日「MY PLACE」は、全国からTOP SOUND、ARTISTを招聘し、名古屋の週末を代表する人気パーティーとなっている。

また、東海地区No.1 RADIO STATION「ZIP FM」で、2008年から、レゲエ専門番組「REGGAE REVOLUTION」にてミュージックナビゲーターとして電波ジャック。

さらには、日本NO.1レゲエ着うたサイト「レゲエZION」の5周年を記念したMIX CD「レゲエZION THE BEST MIX」のMIX、「レゲエZION×LB-03」のコラボMIX CD「LOVE RAGGA VIBES」のMIX、MCとしても参加し、ともに好セールスを記録している。

こうした幅広い活躍の結果、全国で展開されるカリスマ・ストリート・ブランド「Flip The Script」からもサポートを受けている。

2011年を勝負の年と設定し、あらゆる角度からレゲエ・ミュージックを世に広めるため、日々、奮闘中。サウンド・クラッシュから、最新ジョグリン、ラジオのナヴィゲーターまで幅広くこなすMC/セレクターのJUNのワンマン・サウンドだ。

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