東日本大震災記録コミュの520.オープンな協働を促進する「グリッド2」に移行せよ今井賢一・米スタンフォード大学名誉シニアフェローの提言（前編）

　大震災の復旧とそれを契機とする再興計画を巡っては、ネットでの論戦を含めると既に議論が百出している。そこで本稿では、それらの議論でやや欠けていると思われる「グローバルな思考」を加え、編集者からの注文であるマネジメント論を取り入れた私見を述べてみたいと思う。

　論点を具体的にするために、ある仮定を置こう。いま日本では、夏のピーク時の電力不足が大問題になっているが、もし日本の北九州市と韓国の釜山市との間に海底送電ケーブルが敷設されたなら、どうだろうか。

　韓国の電力需要は冬がピークで夏には余力がある。日本のピーク時には韓国から送電してもらい、逆に韓国の冬のピーク時には日本の余剰電力を送電する。これができれば、お互いにピーク時の電力不足という危機は解消され、世界的な資源の有効利用にもなる。

　これは今現在ではあくまで仮定の話にすぎないが、北九州市と釜山市の間はわずか200キロの距離だから、海底送電は決して非現実的な発想ではない。

　事実、英国とオランダの間には「BritNed」と呼ばれる海底送電線がこの4月1日に開通し、両国間で送電が始まっている。また、フランスでは2003年の熱波の際にピーク時の電力が不足し、隣国から10倍近い値段で電力を購入したと聞く。もし海底送電線があれば、その費用を大きく節減できたであろう。

　仮に日本の電力不足が長期にわたって続く可能性が出てくれば、韓国側から「共同で海底送電線に投資すれば双方の利益になりますよ」と提案してくるかもしれない。しかし、それを受けるには、日本の電気事業法をはじめとする「ルール」を変更し、国を開く必要がある。

ノーベル経済学賞候補が新興国で見た「パズル」

　既に天然ガスにおいては、世界中で国境をまたいだ地下パイプラインが敷設され、現在も多くの敷設プロジェクトが計画されている。

　「国境をまたぐ」ということは、古典的な主権概念の基本であった他国の「領土」に侵入し、主権を侵害することになる。しかし米スタンフォード大学のスティブン・クラズナーなどの国際政治学者は、1648年のウエストファリア条約以来の主権概念は既に形骸化しており、むしろパイプラインのような形で「主権をシェアすること（shared sovereignty）」が望ましいと主張している。

　それを可能とするためには、「シェア」のルールを新たに作り、共有されるようにしなければならない。

　ノーベル賞の受賞者候補と目されている経済学者のポール・ローマーは、このような「ルールの変更」に関して興味ある議論を持ち出している。ここで言う「ルールの変更」とは、彼が解説用に使った電力と通信の例で具体的に記すと、こういうことである。

　ローマーはある新興国の空港で、少年たちが空港の街路ベンチに座って街路灯の下で勉強している姿を見た。その中には携帯電話を持っている少年もいた。

　私なら、その光景を別に変わったことではないと見過ごすかもしれない。しかし技術革新による内生的な経済成長を専門とするローマーにとっては、この光景はルールにかかわる本質的な問題を象徴している「パズル」に映った。

　現代の最先端技術の1つである携帯電話を持つ少年が、なぜ自宅ではなく空港の街路灯の下で勉強しているのか──。

　言われてみればまさにパズルだが、それは「ルールの違い」から解釈できる。この新興国では、発電に多額の補助金を出しているので、電気の供給を増やそうとすれば国の赤字が増大する。だから供給を増やせない。そのため、しばしば停電が起きる。

　こうした事情から、少年は自宅を出て空港の街路灯の下で勉強しているのだろう。他方、携帯電話の方は普及を目指して電話会社が安い価格で供給し、需要の増加によってコストを回収するビジネス・ルールに依拠しているため、少年たちも携帯電話を利用できるのだ。

　従って、少年たちが自宅で落ち着いて勉強できる環境をつくるには、発電に補助金を出すというルールを変更しなくてはならない。これは、ローマーが講演で聴取者を引きつけるために使ったイントロダクションだが、以下の議論にも関係して分かりやすく本質を突いている。

2011年5月19日（木）
http://business.nikkeibp.co.jp/article/money/20110517/220012/

　ローマーの本題は、経済社会を変革していく「基本ルール」の変更が可能な「特区都市（Charter City）」を構想してはどうか、というものである。

　ルールの変更を考えるには「村」という単位では小さすぎるし、「国家」という単位では大きすぎて困難を伴うので、「都市」という単位で考えることが望ましい。

　例えば香港という都市は、資本主義の英国から社会主義の中国に返還された時、鄧小平のプラグマティズムによって、社会主義のルールではなく完全に自由な市場のルールが適用された。その結果、返還当時の悲観的な見通しとは逆に大きく発展した。

　「都市」という単位で英国と協力して基本ルールを構想したことから、社会主義経済の中で市場経済的な「特区」が実現した。その例を参考にして、ローマーは次のように指摘する。

　アフリカのような新興国大陸には、香港のような港湾都市を造形する海岸線がたくさん存在している。国際協力によって新しいルールの「特区都市」をつくっていけば、アフリカの抱える貧困問題の解決などにも貢献できる。さらにキューバの再興には、4カ国くらいが共同して「特区都市」をつくるのが効果的な策ではないか、と。

　こうしたことをまず書いたのは、復興問題をもっぱら国内の内向きの枠組みや制約の中で考えるのではなく、何とかして国際的な枠組みとのリンクを考えることの必要性を痛感するからである。

　事実、東京電力福島第1原子力発電所で起きた事故は、フランスからの技術援助や、日本の農水産物の風評被害につながる国際世論の動向、そして海洋汚染を含めた賠償問題など、海外とのかかわりを無視しては語れない。

　今回の震災の復旧・復興計画も国際的なルールや枠組みを意識して構想しないと、袋小路に迷い込んで身動きが取れなくなるだろう。

人々の関係性を拘束する現代の「グリッド」と「ルール」

　今回の大震災で失われた最も貴重なものは、不幸にして亡くなった人々の「いのち」であり、残された中で大切なものは、人々の間の「信頼性」であり、「関係性」であり、そこに形成されている「社会的資本」である。

　東北地方からの現場のニュースでは、その「信頼性」「関係性」を基盤とする地元の人々の感動的な「つながり」が報じられている。近代社会であっても、特に日本の人々は親族や社会の関係性の「グリッド（網の目）」の中に埋め込まれており、危機にはその伝統的な網の目が良いつながりを促進した。

　しかし現在の高度技術社会では、人々の関係性は生活の基盤となる電力や石油供給などの「グリッド」の上に形成されており、そのグリッドがどういうルールで作られるかに大きく左右される。

　今回は自然の力で崩壊したことは事実であるが、その過程で国の制定したルールとその運用が決定的な影響を及ぼしたことも確かである。

　原発対策については言うまでもないが、それは複雑な判断を要することなので、最も簡単で分かりやすい例で述べよう。

　今回の震災では石油供給のネットワークは寸断されたわけではなく、また石油はタンクに十分備蓄されていた。にもかかわらず、被災者の避難所には石油暖房が不足し、ガソリンスタンドに長蛇の行列ができた。それはなぜか。

　石油の元売り会社は年間7日分の石油備蓄を法律で義務付けられており、経済産業省の許可を得ないで勝手に備蓄限度を下回ると、罰則が課されるからである。

　これは実はかつての石油危機の時に、石油の輸入が困難な場合に備えて設けられたルールである。しかし今回のような状況では、そのルールはもっと弾力的に運用されてよいはずである。

　こう書くと何かささいな問題を論じているようだが、この「グリッド」の作り方、その基本思考こそが、復興計画の方向性を決めるキーワードだと私は考える。

　問題の本質は、グリッドが人々や企業の行動を拘束する「グリッド・ロック」の状態になっているか、それとも人々や企業がそれぞれの場所と時点で必要とする財・サービスに賢く対応し、利用者と供給者の相互作用によって効率的に資源を使う「新世代のグリッド」になっているかどうか、という根本的な違いである。

　前者を後者に変えることが、ローマーの強調する「ルールの変更」である。

　いま私の机の上には、内容の全く対照的な2冊の英書が置いてある。1冊目は、米コロンビア大学法律大学院教授のマイケル・ヘラ―の著書『Gridlock Economy（グリッド・ロック経済）』。もう1冊は、グリッドコンピューティング研究の第一人者であるイアン・フォスター（米アルゴンヌ国立研究所特別研究員で米シカゴ大学教授）らが著した『The Grid 2』だ。

　へラーはこの著書の中で、近代の経済が、個人と組織の既得権（土地の細分化された所有権など）によって格子状の枷（かせ）で取り囲まれたグリッドになっていると糾弾している。

　よく使われる言葉で要約すれば、「ニンビー（nimby；not in my backyard)」、つまり、原発自体には反対ではないが、近所（バックヤード）に建設されることは絶対に困るというような行動が、「グリッド・ロック」が生じる根本的な原因になっているというのだ。

　一方、フォスターは、コンピューターの世界で始まったグリッド、すなわち遊休しているコンピューターを連結して有効活用するシステムを「グリッド1」とすれば、現在はそのシステムがさまざまな組織の境界を越え、これまでの枷や拘束を打破するダイナミックな「協働」と「参加」の組織を形成する「グリッド2」の時代に入ったことを、多様な実例を挙げて論じている。その論考には説得力がある。

　東日本大震災との関連で言えば、米国の地震工学とシミュレーションのネットワークである「NEESgrid」などがその例であり、有力な研究機関が協働して、津波（TSUNAMI）のシミュレーションと防波施設の破壊検査の解析を同時に行うといった「グリッド2」の活用例が数多く紹介されている。

　米大統領のバラク・オバマが推進する「スマート・グリッド」も、このグリッド2のレベルを狙ったものであろう。

「独占の弊害防止」と「情報のオープン化」が今後の基本原則

　日本の電力供給システムは、第2次大戦以前は民営会社が多数参入した競争市場であったが、戦争とともに統制によるグリッド・ロックのシステムとなった。しかし戦後は、直接統制というロックが解かれ、9電力に分割される。その民営体制が、黒部渓谷の電源開発をはじめとし、その後の石炭から重油への原料転換や、周波数の制御などで機能的に送配電網を全国津々浦々に施設して停電のない電力網を築いたことは、日本経済の発展に大きく貢献した。

　また、東電が原発を自社の管轄区域ではなく、福島県という他社（東北電力）の供給地域に建設したことは、独占の弊害ではないかと批判されることもあるが、それは前述の「ニンビー」が大都市では特に強いという現状認識から、当時の木川田一隆社長（故人）が出身地の福島に誘致するという苦渋の経営判断だったのであろう。

　しかしながら、20世紀後半、特にインターネット後の技術革新は、そのような地域独占の根拠を次第に失わせてきている。

　仮に発電と送配電を分離して、電力市場に自由な参入を認めても、電力会社の規模の利益やネットワーク経済性が失われることはなく、普通の競争市場になり得るのではないか、という認識が世界的にも広まり、日本でもいわゆる電力自由化の論争が行われた。

　私自身、電気事業審議会の委員として自由化論争に途中まで参加したが、委員を定年で辞任したので、その後の議論についてはつまびらかではない。しかし、念のため私の立場を明確にしておくと、私は初めから終わりまで「慎重な自由化推進論者」であり、「時間帯別の料金制度」が真に可能となるような電力体制を目標としていた。そして、内容は異なるが、そのスタンスは今でも変わっていない。

　そのスタンスから言うと、発電と送配電の分離を中心とする電力全面自由化論には基本的に賛成である。賛成の理由を本稿で使ってきた用語で言うと、これまでの自由化論ないし自由化の現実は、「グリッド1」のレベルであり、いま必要なのは「グリッド2」のレベルを目指す自由化でなければならないからである。

　グリッド2のレべルというのは、外国企業も含めた異分野からの参入、それらの多様な供給主体と需要者側との情報の直接リンクによるダイナミックな需給調整、そして原価計算のルールの変更も可能で、かつすべての情報がオープンであることがポイントである。

　そういう方向性を考えながらも、なぜ「慎重な」という形容詞をつけるかというと、これまでの電力自由化論でも、また現在でもそうだが、全面自由化が行われた時に、多様な企業が参入し、そこでの競争圧力が既存の電力会社に原価計算ルールの変更を促したり、時間ごとの電力使用のコストを明らかにしたりというような、望ましい結果に到るまでのプロセスがあまりにも不確定だからである。

　それにもかかわらず、最初に結論ありきのようなことを言うのは、「独占の弊害防止」と「情報のオープン化」は、これからの経済で最も重要な基本原則であり、今後のエネルギー・電力システムにおいて、あまりにも巨大企業となりすぎた東電の企業分割は真剣に検討されるべき重要論点であるからだ。そして、その分割の方式として何らかの形での発電と送配電の分離は含まれるので、その種の基本原則はプロセス論に関係なく主張されるべきだと考える。

　学者的な用語でいうと、このような「フレーミング（論理の枠組みづくり）」をすれば、政府が全面自由化を掲げても、発電と送配電の分離は、「独占の弊害防止」と「情報のオープン化」という基本原則が守られる限りにおいて、「反証可能な仮説命題」ということになる。

　つまり、東電がもし垂直統合のままでも「独占の弊害防止」は可能であり、「情報のオープン化」もこのようにできますと十分に反証できれば、発電と送配電の分離は棄却され、別の規制方式が議論されることになる。

　それは、これから議論される問題だが、国際的な検証の方式からすると、その反証は非常に困難だと考えられる。外国、例えば米シリコンバレーの日本の電力市場に対する関心は、彼らがいま膨大な数のベンチャー投資をしている新エネルギーの開発の中で、その1つでも2つでも成功したら、日本の電力市場に参入する機会はあるのか、ということだろう。

　しかし経済分析からすれば、独占企業は「参入阻止価格」をつけて参入を防ぐのが合理的行動だから、現状の独占体制のままでは、東京圏の電力需要がいかに大きくとも、採算は取れないと彼らは判断するだろう。しかしそれでも、実際の送配電コストはいくらなのかを追求するはずである。

　そして、もし電力の体制変更が論じられるのであれば、我々のソフトウエアで個別の原価配分を計算してみるから、必要なデータが欲しいと言うだろう。

　ところが、日本の電力会社は、そのデータを出せないのである。

　それは、隠したいからではなく、原価の計算方式が総括原価から出発し、それを個別に配分してゆくという30年前の方式に基本的に変化がないからである。その方式では、それぞれ異なる需要のパターンを持つ需要家が納得できる個別の電力コストに関するデータを示すことができない。その状態でデータを公開しても「こんなものでは使い物にならない」と言われるだけである。いずれにせよ、「グリッド2」時代の原価計算に脱皮できる電力体制でなければならない。

時間軸の異なる2つのプロジェクトを同時に走らせる

　こうした観点からすれば、電力会社からも規制の「ルール変更」を求めなければならなくなるのは当然である。これからの自由化論議は、規制当局と電力会社と潜在的な参入企業、その3者間のダイナミックな論戦となる。

　しかし、そういう議論には長い時間がかかり、また行動を伴わない議論だけでは基本的に現状の体制維持になりがちなことは自明である。しかし今回の体制論議の特徴は、これまでとは違って、破壊された電力システムを修復しつつ、かつ東電の賠償問題も念頭に置いて、将来の方向性を探らなければならないところにある。

　この課題に答えるためには、時間軸の異なることをはっきりと明示した2つの「意思決定プロジェクト」を平行して走らせ、両者間の活性的な情報交換を図る枠組みを考える必要がある。

　1つは、2～3年程度の中期の時間軸での電力体制の基本的な論議である。ここでの論議の基本方針については、米戦略国際問題研究所（CSIS）の現所長で、米国の国家戦略に深くかかわってきたジョン・ハレムの見解に私は全く同感である。彼は日本経済新聞の5月12日付朝刊に掲載された寄稿の中で、次のように記している。

　「今、必要なのは事を急ぐような立法措置ではなく、考えを重ねたうえでの行動だ。日本政府は国際的に認められた（原子力技術に関する）リーダーらで構成する『委員会』を創設し、包括的な計画を作成すべきだ」

　もう1つのプロジェクトは、緊急の復旧プランの中で、東北地方に残された資源に注目して、将来の方向を示唆でき、かつ中期の基本体制の議論に役立つような、今すぐできる実行プランを考えてみることである。次回の後編では、その試論を述べ、最後にもう1度グローバルな問題に戻ることとしたい。

http://business.nikkeibp.co.jp/article/money/20110517/220012/?P=4