ログインしてさらにmixiを楽しもう

コメントを投稿して情報交換!
更新通知を受け取って、最新情報をゲット!

Hiroppy牧師を応援します!コミュのパリサイ派にならないために(3)

  • mixiチェック
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
----------------------------------------------------------------------------
「羊群」3月号より引用
「パリサイ派にならないために(3)/3月の言葉・羊群編集長」
 聖書信仰のクリスチャンがパリサイ派になる危険性について、前二号で指摘しておきました。パリサイ派にならないためにはどうしたらよいのでしょうか。その第一に挙げられることは、主の御前における厳しい自己チェックです。ほかの人がやっているから自分もそれをやるという安易さに対して、厳しくチェックする必要があります。ほかの人がやっていることを自分がやるのがなぜいけないのかと言いますと、それをやっていれば、だれからも白い目で見られることがないという自己保身性にあります。間違っているかどうかのチェックが抜けてしまっているところに危険性があるのです。

 ほかの聖書信仰者がやっていることが全部聖書に従っているとは限りません。私は、教会六十年の人生において、それを経験してきました。ノーということには、確かに勇気がいります。ノーと言えば、周りからたたかれます。それを何度も経験してきました。それは、決して快いものではありません。むしろ苦しくさえあります。しかし、良心の叫びを、主の御前にごまかすことはできません。たとい孤軍奮闘であっても、自分の主張を貫き通さなければなりません。そうでなければ、間違った伝統に聖書信仰が埋没してしまいます。

 次に、パリサイ派にならないためには、聖書からじかに教えられるという姿勢が必要です。伝統に対して、いつも批判精神を持ち、それが正しい場合には受け入れ、そうでない場合には、それを排除して聖書の教えているところに従うという姿勢が大切です。そういう姿勢で生きていれば、そう簡単に伝統の中に埋没してしまうということにはならないでしょう。そして、パリサイ派にならないですむでしょう。
----------------------------------------------------------------------------

Hiroppyの感想。
信仰の立場いわゆる神学には幅があって、相手の信仰の立場を理解しようとする気持ちを持てるだけの愛が私たちには求められている。けれども自分自身は、その幅の中でどの信仰の立場を選択したらよいのかという疑問が湧いてくるのは当然だと思う。

Jesusは、パリサイ人のように間違った伝統により頼んで自己保身をしたり自己義認をしたりすべきではないと教えられた。そしてJesusはご自身を見習うようにと教えられた。

マルコ8章34-35節(現代訳)
それから、イエスは群衆を弟子たちと一緒に呼び寄せて、彼らに言われた。「だれでも、わたしの弟子になりたいなら、古い自我を捨て、恥と苦しみと死を意味する十字架を背負い、わたしに従って来なさい。自己保身的な人は、かえって、大事な命を失ってしまう結果になり、わたしと福音のために、自分の命を犠牲にする人は、それを本当に自分のものとすることができます。

イエス様の愛と力の原動力は一体何だろうか?
父なる神への従順な姿勢だと思う。父に聞くことと、父の願う通り行うことだと私は感じる。

現代と同じように、イエス様の時代にも“聖書の解釈”についてや、“信仰生活についての指針”について多くの宗教家たちの意見があっただろう。それにもかかわらず、それらの前情報・先入観に左右されずに、イエス様は「いつも父に聞くことと、父の願う通りを行うこと」に関してベストを尽くすことができたのではないだろうか。ベストといっても、全知全能の神としてのベストではない。この地上で神としての能力を制限されて過ごされたお方としてのベスト。

私ももちろん全知全能でない。私もこの地上を歩まれたイエス様同様に、回りにはベターな選択肢がたくさんある。愛すべき人はたくさんいる。助けを必要としている人はたくさんいる。でも私の与えられたマンパワーには限界がある。限りある時間、体力、お金。それらの限界があるので、私もイエス様もベターな選択肢をすべて行うことができないのです。だからこそ、イエス様はベストをいつも選び取るようにされていたのだろう。私もそうありたい。

父なる神様が「私」に与えてくれるミッションを私は行いたい。神学の立場も、信仰の立場も、問題解決のアプローチも、伝道の方法も、、、、幅があるのでベターな選択肢はたくさんある。私は、与えられたミッションを行うためにベターな選択肢の中から、ベストな選択肢を選び取っていく。

しかし、私はその選択肢を絶対化しない。父なる神様が私だけのためにアレンジしてくれたベストな選択肢だから、それは他の人とは比べようがない。


聖書を読むとき、聖書の解説書などがたくさんあってとても役には立つのですが、自分へのメッセージとして聖書を読むときは潜入感をリセットして、伝統や流行の解釈方法を疑うぐらいの姿勢で読むことは、私にとってベストな選択をする役に立ちました。

終わり

コメント(1)

いろいろな状況のなかで、いつも人は選択肢がいくつか与えられているような気がしちゃうけど、イエス様だったらどうなさるだろう、と自分に問い直してみると、答えはひとつしかないんです。いつも自分に問い続けたいです。

ログインすると、みんなのコメントがもっと見れるよ

mixiユーザー
ログインしてコメントしよう!

Hiroppy牧師を応援します! 更新情報

Hiroppy牧師を応援します!のメンバーはこんなコミュニティにも参加しています

星印の数は、共通して参加しているメンバーが多いほど増えます。