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国際派日本人養成講座コミュのJOG-Mag No.714 ハイテク製造業が国を救う

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■■ Japan On the Globe(714) ■■ 国際派日本人養成講座 ■■

The Globe Now: ハイテク製造業が国を救う

 ハイテク製造業は、バランスのとれた雇用を創出し、外貨を稼ぎ、発展途上国を助ける。

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■1.「簡単に日本でのもの作りをあきらめるわけにはいかない」

 7月13日、トヨタ自動車の豊田章男社長は、国内子会社4社を統合する再編計画を発表した記者会見の中で、こう語った。[1]

__________
 1ドル=70円台に突入した円高をはじめ、進まない貿易協定交渉、法人税や電力不足といった『6重苦』の不利な状況を考えると、日本の製造業は国内では理屈上、成り立たないとこれまでも何度も言ってきた。このため政府に対して、日本企業が直面している不利な状況を改善し、海外メーカーと同じ土俵で戦えるような環境整備を引き続きお願いしていくつもりだ。

 しかし同じ土俵で戦いたいといっても、戦う“力士”は製造業自身だ。このため自分たちにもできることはあるはずで、できることはすべてやろうという気概を持って、今回の生産体制の再編という決断に至った。

 トヨタグループは日本で生まれ、育てられたグローバル企業だ。外部環境が厳しいからといって、簡単に日本でのもの作りをあきらめるわけにはいかない。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 トヨタはさらに、宮城県内に東北地方で初となるエンジン工場を建設する方針も発表した。統合する車両組立工場向けに、エンジン供給を行う新工場を建設することで、東北地方をエンジンから車両まで一貫生産できる一大拠点としていく。震災で打ちのめされた東北地方に新しい雇用と税収が生み出されるわけである。

 トヨタ自動車の源流を作った豊田佐吉[a]の理念を明文化した「豊田綱領」には、「上下一致、至誠業務に服し、産業報国の実を挙ぐべし」という一節があるが、この「産業報国」の精神が今でも脈々と受け継がれていることを感じさせる方針であった。

 筆者はトヨタとは縁もゆかりもないが、こういう企業を応援するために、次の車はトヨタにしようと決めた。


■2.『製造業が国を救う』

 かつては製造業はローテク産業で、賃金の安い発展途上国に移転しなければやっていけず、先進国は情報通信、金融などの「先進産業」に移行しなければならない、という信仰があった。

 1980年代から90年代にかけてのアメリカ経済の復活が、この信仰を裏付けたように見えたが、2008年のリーマン・ショックで、その虚構が明らかにされた。

 情報通信、金融などは先進国経済に必要不可欠な産業であるが、それだけで一国経済を支えることはできない。先進国を支えるのは、ハイテク製造業である、ということを主張したのが、日本在住のエーモン・フィングルトンによる『製造業が国を救う』[2]であった。

 平成7(1999)年、リーマン・ショックの10年以上も前に出た古い本であるが、日本、ドイツ、スイスなどで、ハイテク製造業が国を支えている様を、多くの実例と共に紹介している。今後の日本再興を考える上でも、貴重な示唆に富んだ本である。今回は、この中から、特に参考となるポイントと事例を紹介したい。


■3.ニコンの露光機事業

 国を支えるハイテク製造業の好例の一つとして、同書ではニコンの半導体製造装置を挙げている。まずは同書によって平成5(1997)年頃までの状況を見てみよう。

 露光機と呼ばれる装置は、シリコンの極薄の円盤(ウェハー)の上に、髪の毛の何分の一もの細さの回路を印刷する装置でである。これによって作られた半導体が、コンピュータ、デジカメ、携帯などエレクトロニクス機器の心臓部となる。

 微細な回路を作るためには、精密な位置決めのための機械系と、光線を正確に当てるための光学系の両方で高度な機構が必要であり、大きさが巨大な貨物用エレベーターにようやく積めるほど、重さは約7トン、価格は約6億5千万円というレベルだった。

 ニコンはこの20年ほど前に、ゼロから露光機事業を始めたのだが、高級カメラで培ったレンズや精密機械の技術で、瞬く間に世界市場で4割以上のトップシェアを占めるに至った。2位、3位はそれぞれ2割程度のシェアを持つキヤノンと、オランダのASMLであった。


■4.ハイテク製造業はバランスのとれた雇用を創造する

 フィングルトンの『製造業が国を救う』という主張は、このニコンの例で、次のように説明することができる。

 まずは雇用面。当時のニコンは国内で約7千人も従業員を抱えていたが、そのおよそ半数が直接・間接的に露光機の製造に関わっていたという。部品やサービスを納入する協力企業を含めれば、この人数は1桁増えるであろう。

 しかも、露光機製造部門の現場労働者の半数近くは高卒である。これは日本の高卒労働者の割合に近い数字で、バランスの良い雇用機会を提供している。

 情報通信や金融産業での労働需要は、高学歴に偏っている。大卒への労働需要が大量に生ずることから、彼らの給与水準を押し上げる一方で、高卒労働者への需要は少なく、その給与水準を押し下げてしまう。結果として生ずるのは、学歴による給与差の拡大である。

 それに対し、現場を持つ製造業では高卒から大卒までバランスのよい労働需要を創り出し、社会の平等化、安定化に大きく貢献する。

 また、ニコンの賃金水準は年収4百万円と、当時としてはかなり高い水準にあった。一般に情報通信や金融の賃金水準は高いと言われているが、それは高学歴の従業員のみを雇っているから、当然のことなのだ。高卒の従業員に対しても、比較的高い給与を払えるのがハイテク製造業の長所である。

 それが可能になるのも、日本の終身雇用制があるがためである。従業員が他社に移ってしまうという心配がないので、企業はその従業員に惜しみなく教育投資をすることができるし、また従業員も一つの職場でじっくりと技能を磨くことができる。

 またハイテク製造業で必要とされる設備の保全技能、運転技能などは、文章で書いたり、口頭で説明してもなかなか伝えられないものである。そのために、逆に転職の少ない終身雇用制のもとでは、企業秘密を保持しやすい。


■5.ハイテク製造業は輸出に強い

 経済面でも、露光機は輸出の拡大に大きく貢献した。当時、露光機部門の売上は2千億円ほどに達したが、この半分以上が海外に輸出されている。

 現在の我々は大幅な輸出超過に慣れてしまって、その重要性を忘れている。しかし、輸出がなければ、大部分の石油や食糧を海外から輸入する我が国経済においては、国民を養っていくことはできないのである。

 フィングルトンは、ハイテク製造業が容易に輸出で稼げるのに対し、情報通信や金融は輸出を増やしにくい分野である点を指摘する。たとえば、アメリカがコンピュータ・ソフトを日本に輸出しようとしても日本語に書き直さなければならないし、それはアメリカにいるアメリカ人ではできない。

 アメリカの銀行がサービスを日本に輸出しようとしても、日本人を雇って、日本に支店を構えなければならない。収益はアメリカの本社に吸収できるが、ハイテク製造業のように自国内の人件費、設備投資まで輸出で回収することはできないのである。

 1980年代以降、アメリカは情報通信や金融を経済の中心に据え、製造業は人件費の安い発展途上国の産業として海外に移してしまった。その結果が、長年にわたる大幅な貿易赤字である。アメリカは大量にドルを刷って貿易赤字の穴埋めをしているが、それもそろそろ限界に来ている。

 基軸通貨を持たない日本や他の国々がアメリカのように貿易赤字を貯め込んだら、その通貨はどんどん安くなり、輸入品の価格が上がり、国民生活は貧しくなる一方となる。


■6.ハイテク製造業による現代版「水道哲学」

 輸出に強いハイテク製造業は、同時に他国の生活水準の向上に大きな貢献をすることができる。たとえば下着や靴下、シャツなどは、現在、中国製やベトナム製が国際的に幅を効かせている。これらの国で行っているのは布地の裁断や縫製という最終工程で、人手がかかる部分である。

 その上流としてポリエステルなどの合成繊維を作る工程があるが、それは日本の東レ、ドイツのヘキスト社、アメリカのデュポン社など、先進国のハイテク製造企業の独壇場である。

 また布を織る紡織機など、繊維機械の製造もハイテク製造業に入るが、この分野では伝統的にスイス企業が強く、また日本の村田機械、東レ、豊田自動織機なども、それぞれ得意な分野で存在感を見せている。

 したがって、中国やタイなどは、合成繊維と機械を先進国から買って、安価な衣料を世界中に輸出しているのである。そのお陰で世界中の貧困層で、衣料に手が届くようになった。ハイテク製造業が作り出した合成繊維がなければ、綿花などの自然繊維の供給がボトルネックになったろうし、繊維機械がなければ、いくら中国やタイで賃金が安くとも、今ほど安価な繊維製品を大量に供給することは不可能であった。

 松下幸之助の「水道哲学」は、「水道のように安価大量の製品を供給することにより、人々の生活を豊かにすることが産業人の使命」という考え方で、日本の近代化と戦後の復興は、まさしくこの哲学が実践された結果であると言ってよい。

 ハイテク製造業が、合成繊維と機械を作り、発展途上国がそれを用いて生活物資を安価に世界中に大量供給するという図式は、まさに水道哲学を国際分業の中で実現しているのである。

 さらに縫製など労働集約型の工程を発展途上国が受け持つことで、雇用機会を創出し、人材育成にも貢献している。


■7.政府の支援策がモノを言う

 しかしハイテク製造業で勝つための条件がある。ニコンの露光機事業の後日談がそれを物語っている。ニコンは90年代はトップシェアを握っていたが、その後、オランダのASMLが大幅に露光機の性能を向上させる技術を開発し、2006(平成18)年度では63%ものシェアをとった。ニコンは23%、キヤノンは14%に落ち込んだ。

 この躍進の一因とされているのが、ベルギーのフランダース政府が支援している半導体関連の研究機関IMECに唯一の半導体露光機メーカーとして参加していることだ。

 ハイテク製造業は、膨大な研究開発投資、設備投資を必要とするために、政府の投資助成や環境整備などの支援策が大きくモノを言う。

 もともとニコンの露光機事業にしても、総予算700億円の国家プロジェクト「超エル・エス・アイ技術研究組合」から、開発を委託された事が出発点になっている。ニコンへの委託費はこの700億円のごくごく一部であろうが、それが呼び水となってニコンだけで年間1千億円ほども外貨を稼げたことを考えれば、これほど効率の良い国家予算の使い方はない。

 日本経済を復興させるためには、こども手当のようなバラマキに予算を使うのではなく、国の将来を担う重点分野でハイテク製造業の育成を支援すべきである。それによって、雇用を増やし、賃金を上げて、各家庭で充分な育児ができるような環境を整えるのが、政治と経済の王道であろう。


■8.我が国の強みを活かせる分野

 一口にハイテク製造業と言っても、いろいろな分野があり、我が国のニーズと長所にあった分野を重点的に深掘りするのが得策である。たとえば、次のような分野が挙げられよう。

1)環境・省エネ

 我が国は高度成長期に公害問題に悩まされたが、その後、徹底的な環境技術開発により、美しい自然を取り戻した。また、石油ショック後は、省エネ技術を開発して、今や世界でも最もエネルギー効率の高い経済を実現している。現在、地球規模での環境破壊とエネルギー危機に直面しているが、この分野での先端技術を織り込んだ設備を提供することができる。

2)海洋開発

 我が国の排他的経済水域(EEZ)は世界第6位の広さを持ち、豊富な鉱物資源が眠っている。これらの海底資源を獲得するための機器を開発すれば、我が国は一挙に資源エネルギー大国となり、同時に資源不足に悩む世界経済の発展にも寄与できる。

3)都市内交通、高速鉄道

 新幹線は我が国の発明であり、さらにリニア新幹線でも最先端を走っている。また大都市圏内の鉄道、モノレール、地下鉄などでも世界でもトップレベルの効率、正確性、安全性を誇っている。発展途上国の大都市はいずれも極度の交通渋滞と排気ガスによる大気汚染に悩まされているが、その解決に貢献できる。

4)高齢者向け医療機器、介護ロボット

 我が国は世界でも最速のスピードで少子高齢化社会に向かっているが、そのフロントランナーとして、老人が安心して暮らせるための医療機器、介護ロボット等を開発できる。

 以上は、ほんの一例であり、その他にも我が国の強みを生かせるハイテク製造業の分野がたくさんあるだろう。様々なチャンスが目の前に転がっている。これらのチャンスを生かすには、国民一人ひとり、企業一社一社が、それぞれの場で高い志を掲げて挑戦していく事が必要である。
(文責:伊勢雅臣)

■リンク■

a. JOG(371) 豊田佐吉の産業報国
 40年におよぶ苦難の発明家人生を生き抜いた原動力。
http://www2s.biglobe.ne.jp/nippon/jogbd_h16/jog371.html

b. JOG(295) 豊田喜一郎 〜 日本自動車産業の生みの親
 このままでは日本は永久にアメリカの経済的植民地になってしまうと、豊田喜一郎は国産車作りに立ち上がった。
http://www2s.biglobe.ne.jp/nippon/jogbd_h15/jog295.html

c. JOG(033) 世界を支える匠の技術
 高度な技術を背景に、自社の製品をグローバル・スタンダードとしている中小企業は、少なくない。
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h10_1/jog033.html

d. JOG(294) ニッポンの明日を開く町工場
 誰もやらない仕事に取り組んでいるうちに、誰にもできない技術を開発した金型プレス職人。
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h15/jog294.html

■参考■(お勧め度、★★★★:必読〜★:専門家向け)
  →アドレスをクリックすると、本の紹介画面に飛びます。

1. 産経新聞、H23.07.13「トヨタの国内生産体制再編 会見詳報 『日本で生まれ、育てられたグローバル企業』」

2. エーモン・フィングルトン『製造業が国を救う』★★、早川書房、H11
http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/4152082550/japanontheg01-22/


■編集長・伊勢雅臣より

 前号「放射能ヒステリーの正体」については、多数のお便りをいただきましたので、姉妹紙JOG Wing、9月16日号に掲載させていただきます。

 読者からのご意見をお待ちします。
 以下の投稿欄または本誌への返信として、お送り下さい。

 掲載分には、薄謝として本誌総集編を差し上げます。
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