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つ〜りんぐ倶楽部木綿麻コミュのお題2 バイクに関する「すべらない話」などどうですか。

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では、私から。以前に話したことがあるんですが、2年くらい前にバイクで三加茂のさくら書房に行って立ち読みをしてたら、どこかのおじさんが「前にあるバイクあなたのえ」と聞いているのが聞こえてきました。だんだんおじさんが順番に立ち読みしてる人に声かけながら隣まで来たので何を聞かれるのかと思ったら、私を通り越して隣の若者に声をかけたんです。私がおじさんからはバイク乗りに見えんかったんだろうけど。何かつらいもんがありました。何の用か不安になっておじさんに尋ねたんですが、孫が家においとるバイクのシートの開け方が聞きたかっただけなんです。結局、私がそこらのおっさんにしか見えんかったという話です。

コメント(4)

まだ、予約を入れていませんが3月11日(金)に初めての一発試験にチャレンジしようと思っています。さてさて、結果はどうなることやら。もちろん受かる気満々ですが…。すべれば、春先のツーリングに参加できませんので。
すらない話ということで、縁起を担いでみました。応援よろしく。
それは私の頭が黒髪でふさふさであった高校1年生の頃のお話です。
脇町の大楠付近をヘカブで走行中、猫を避けそこねて転倒し、鎖骨骨折、緊急手術で上半身ギプスのジャミラ状態になってしまいました。当然のことながら親から、バイク禁止令が発令されることに。BUT、バイク大好き人間の私といたしましては、親の目を盗んで、ジャミラ状態にもかかわらず友達のバイクを借りちょこちょこ乗っておりました。そんなとき、前方から当時小学生であった我が妹が歩いてくるではありませんか、私はフルフェイスの中で妹にばれないよう必死に顔をイガメ白目をむいてその場をかわしました。その晩、家族団らんの夕食時に、私のかわいい妹が得意満面の笑みを浮かべながら「兄ちゃん、今日オートバイ乗っとたなぁ」オーマイガ!当然のことながら親からは「ヤ○○ロ、お前はこりんやちゃのまだ乗んじょんかetc.」と大落雷の大目玉を食らい、私は咄嗟に、「いらんこと言うなコラアホ!」と妹へ八つ当たりし泣かしてしまいました。かわいそうな事をしたと思う反面、人生の縮図を教えたような・・・
Tさん、笑わしてくれますな〜
昨夜、このトピックに投稿しようとCB72に関する思いを長々と連ねまして、さて画像もいっしょにと、2枚を選びポチっと入力内容を確認するボタンをクリっとしたら、、、ダハハ・・・画像が大きすぎたのかアップできませんとかメッセージが出て、書いた内容がすべて無くなってしまいました〜

それではまた昨夜書き込んだCB72のことを思い出しながら紹介することといたしますのでよろしくお付き合いを願います。
本田技研がCB72を発表したのが1960年、私が3歳の頃のことでした。そして、大阪で大工をやってた私の叔父が18歳の頃で、「大阪五月会」という今でいうツーリング倶楽部に属するCB72乗りになった年でありました。
当時の大学卒の初任給が1万5千円ほどで、CB72が18万7千円、誰にでも買えるものではなかっただろうし、お金があっても単車を買う前にテレビや洗濯機、冷蔵庫を買うべき時代であっただろうと思われる世の中であったはずでございます^^;
私は叔父がCB72で帰省したときに、叔父の運転するCB72に乗せてもらったことがあります。まだ川東のバイパスもない頃(長橋の東詰めから北には農道様なものしかなかった時代)に長橋から南約50mほどの位置でCB72のタンデムシートに乗って何者かに対しクラクションを叔父が鳴らしたのを覚えていて、その音がタクシー(4輪といえばタクシーだった)と同じような音色だったことを今も覚えいて、当時の私は、車と同じホーンの音を出す叔父の単車はごっついんじゃなぁと思ったものでした。
何年か後に、その大阪の仲間が我が家を訪れたことがありました。私のうちの狭い庭にでっかい単車がいっぱい並んでいて、たぶんその多くはCB72で、ホンダのS800もあったと思いますが、その中の単車に叔父たちが、こいつはエンヂンが立っとるやろが〜とか言っていた単車がありました。それが何ものなのかは知る由もありませんが、当時のバーチカルエンヂンを持つものといえば、CB450かW1かそれともBSAとかトライアンフとかしかなかったと思いますが、まったく分かりません^^;
それから何年か経って、私が中学生になった頃には叔父は単車から四輪に興味が移ってて、叔父からはお前にやると言われていたそのCB72は私の家にいつも置かれていました。
CB72をいじって遊んでいた時、CB72を倒してしまったことや、その意味も理解できていないステアリングダンパーノブを回して、元通りにすることができへんようになったのではとか心配してしまったり、いろいろな思い出があります。
今でもCB72のデザインは私が単車に対して最高のものと思っているほど、お気に入りのものであり、これ以上かっこエエ単車はないと思っています。
今、手元にあるCB72は長い間飾りのままでいますが、また近いうちにみなさんといっしょに走ってみせますので、どうぞお付き合いをよろしくお願い申し上げますね。
CB450
それまでは自動車学校で乗ったスズキのT350やヤマハのRD350が最初の大型の単車でしたが、免許を取って間もなしにツレのCB500の4気筒に恐る恐る乗った以降は、前述のCB72とヤマハDX250が私にとっては大きな単車でございました。
CB450は18歳の頃、大阪の松屋町という中古車街で1969年式のCB450を1979年に8万円で買いました。10年落ちで走行距離は7,000kmほどでした。6畳一間で月7,000円の安アパート暮らしの学生が日々の食費を切り詰め、時間給250円のバイト代をこつこつ貯めました。風邪をひいて病院へ行けば、先生に栄養失調だと言われる状態になりながらも手にしたCB450でございました。
手に入れてすでに35年が過ぎたCB450は、まだ私の家においています。一度フレームから塗りなおし、新品の部品を組み込んで軽くレストアを施してやりましたが、今ではレストアする以前の状態よりもボロくなってしまいました。

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