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ひろ兄記念館【離れ】コミュのア、イ、セ、キ。《第六章》

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《第一章》
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《第6章》

 目を覚ます。途端に鼻腔をくすぐる知らない匂い。ここは知らない部屋、知らない場所。

「おはようございます」

 横になった状態で顔を声のした方に向けると椅子に伊月君が座っていた。背もたれに顎を載せ、椅子を逆にまたいでる。長い足が椅子の両端に伸びていた。

「お、おはようございます…私…」
「ここは、神楽便利屋の事務所です」

 見渡すと広い部屋にいることに気付く。オレンジ色が満ちあふれている。ログハウスの中にいるみたいだ。伊月くんの声は壁を反射して響く。頭の中が濁っている。うまく現実を把握できない。あれ、伊月くんって結構男前じゃないなんて思いながら見つめていると、伊月くんの後ろで影が動いた。広げていた新聞を畳んで男性が立ち上がったのである。

「初めまして、所長の御手洗神楽(ミタライカグラ)です」

 背の高い男だった。伊月くんよりもさらに背が高い。TシャツにGパンというラフな格好で無精髭を蓄えている。30代だろうか…

「それ、寝心地悪かったでしょう。僕、それで寝ると絶対に腰を痛めるんですよね」

 言われて改めて自分の周囲を見てみる。確かに私はソファに寝ていた。


 そうだ、なんでこんな所にいるの?


「あ、あの…わたし」

 立ち上がろうとすると、それを押し戻すような目眩に襲われた。

「立ち上がる必要はありません、僕たちがそちらに向かいます」

 御手洗氏はそのまま伊月君を促し、こちらに向かってきた。伊月君は私の隣に、御手洗さんは私たちの斜め向かいのソファに腰かけた。私は目眩と闘いながらゆっくりと体を起こした。

「ユウキさん、ですね?」
「はい…」

 答えながらも頭の中では別のことを考えていた。私はさっきまで自分の部屋にいたはずだ。伊月くん、静思くんと話したあと、部屋にいたはずだ。翌朝、御手洗氏に会う約束だったことでかなり気持ちが晴れて、パスタを茹でていたはずだ。パスタは上手にできたはずだ。台所にまで運んだはずだ。それを残さず食べて、あとはテレビを見ながら…テレビを見ながら…

 やはり。私はそこから先のことを何も覚えていない。
 またやってしまったのである。

「きょ…今日は何曜日ですか?」
「日曜日ですよ」

 伊月くんがすぐに答える。

「え?」
「日曜日のままです」
「なんで…?」

 日付が変わっていない。

「あなたの家から僕が帰って、静思も一旦自分の部屋に戻って、1時間後、約束の通り静思があなたの様子を見に行ったんです。そしてその時に不意を突かれました」
「不意?」
「ドアを開けた途端、あなた…まぁ、あなたでしょう。あなたが飛び出してきたんです。まさかもう入れ替わってるとは思わなかった静思を、あなたは振りきって外に飛び出していきました」

 もう…やめてよ…

 野生児みたいに大暴れしながら外に飛び出していく自分の姿を想像する。恥ずかしいという気持ち以外に湧いてこない。

「え、でも、じゃあどうしてここに…」
「うちにはね、力だけは誰にも負けんヤツがいるんですよ」

 伊月くんに代わって御手洗氏が答えた。

「そいつがあなたをつかまえました。で、連絡があって、僕があなたを乗せてここまで運んできた、ということです」

 猿が脱走したみたいな話じゃない…

「申し訳ないです…」
「ユウキさん」
「はい?」
「さっきまで、僕は少女と話をしていました」

 御手洗氏は私の謝罪には応じなかった。拒否でなく、無視である。

 少女…

「それは、その…」

 私の中にいる少女。「話をした」と彼は言う。

「どんな、どんな話をしたんですか?」

 知りたい。なぜ私の中にいるのか、何が目的なのか…

「なぜ、その体にいるのか、を訊きました」

 ズバリだ。

「少女、名前をチトセちゃんと言います」

 チトセちゃん…一瞬後頭部が滲むように痺れたけれど、聞き覚えがない。

「チトセちゃんは、『体を返してもらう』と答えました」
「へ?」
「はい。あなたから体を返してもらいたいのだそうです」

 ちょっと待て、返してもらうのは私の方だ。え、何言ってんの?自分の手が震えていた。これは恐怖か、はたまた怒り。?

「どうします?」

 御手洗氏は『本当に困った』という表情で私を見た。

「は?『どうします?』ってどういうことですか?」

 声が震えていた。ゆっくり落ち着ける、それでも呼吸の乱れが治まらない。

「返しますか?」

 御手洗氏は真顔でそんな質問をしてくる。ふざけている場合じゃない。

「なに言ってるんですか!まじめに考えてください!」
「僕はいたってマジメです、真面目が服着たら、それが僕です」
「なにわけわからないこと言ってるんですか!なんですか!『返しますか』なんて言わないでください!冗談でも言わないでください。分かってもらおうとは思いません、それでも真剣なんです」

 笑いながら怒りながら泣いていた。唇が震えて、どれほどきちんと伝わったか分からない。それが悔しかった。

「僕は冗談を言ったつもりはありません。じゃあ、あなたの希望は何ですか?」
「そのコを早く追い出してください!私の中から追い出してください!なんで、なんで体を奪われないといけないのよ!なんでよ!チトセちゃんってなによ!なんでそんな…私の体を『返す』ってなによ!早く、早く追い出してください!できるんでしょ?あなたならできるんでしょ?」

 キレた。心の澱を思い切りぶちまけた。しかしそんな私を、御手洗は表情1つ変えずに見つめていた。

「チトセちゃんは、追い出さなくても、出て行きますよ」

 落ち着いた低い声が響いた。

「え?」

 もう本当に意味がわからない。まるで話が噛み合わない。体を返してもらいたいくせに体から出ていく? なにを言ってるんだろう…いや、そんなことより、私にはまず時間がないのである。明日には、明日には…


 斉藤の顔が思い浮かぶ。


「待てないんです!私、明日、手術を受けに行くんです!それまでに、追い出してください!お願いします、追い出してください!」
「それは…無理です」

 御手洗氏の答えは、唐突に、無情に私を突き放した。その顔に表情はない。
 呆気にとられるってこういうことか…と実感する。言葉という言葉を一瞬だけ、全て忘れてしまったように、私はただ口をぱくぱくと動かしていた。

「無理ぃ?!なにそれ…なんなのよっ!伊月君!あんた、彼ならできるって言ったでしょう!」

 隣で黙る伊月君を怒鳴りつける。すると、伊月君は私をゆっくりと見上げた。

「ユウキさん、あなたに起こってることは、普通じゃない。異常事態だ。そして所長なら、その異常事態を治めることができる。僕はそう言ったんです。『あなたの体から、少女を追い出すことができる』とは言ってません」

 なんてこと…

「同じじゃない!そのチトセとかいう子供を私の中から追い出せば、それが異常事態の解決でしょ!この人は今『無理です』って言ったのよ、なんなのよ、わからないわよ!」

 焦りと疲弊がいっぺんに押し寄せてきた。もう自分をコントロールできない。自分じゃどうしようもないことを人に頼んで、その人にも見放されたからって、その人を怒鳴りつけていいことにはならない。ましてや金銭のやりとりもないボランティアに対して言って良いことではない、怒鳴りつけている最中からそんなことはわかっていた。しかしもう、コントロールができない。

「チトセちゃんはね、事故で亡くなったそうです」
「え?」

 御手洗氏の口からこぼれ落ちた『単語』に時間が止まった。


 事故…


「今から2年と7ヶ月前、双眸山の山道を走っていたバスが、崖を転落した事故です」

 間違いなかった。あの事故だ。私から記憶を奪い取った、私の人生を大きく変えたあの事故である。あのときあのバスにチトセちゃんも乗っていたんだ。


 そうか。
 

 その事実で今の状況は納得できる。しかしなぜ?なぜ私の体が狙われれるの?

「あなたもそのバスに乗っていましたね」
「なぜそれを…」
「調べれば分かることです」

 御手洗氏の言葉になにか妙な違和感を覚えた。しかし今はそれよりも訊きたいことが山ほどある。

「じゃあそのチトセちゃんは自分が生きてるはずだと勘違いしているということですか?」
「違います」

 即否定。身も蓋もない。

「チトセちゃんは自分が死んだということをはっきり認識しています」

 御手洗氏の声が少し熱を帯びるのがわかった。

「どういうことですか?死んでいるのに生きることに執着しているということですか?」
「違います」

 御手洗氏は繰り返し否定する。私は呆れ始めていた。

「あの、まったく意味がわからないんですけど、もう少しわかりやすく説明してください」

 御手洗氏は大きく溜息をついた。感じ悪い。試されているいるような視線も鬱陶しい。もう早く切り上げて帰りたい。気持ちはドンドンこの件から離れている。もうどうでもいい。早く帰って荷造りをしたい。明後日まで、命懸けで起きていよう。斉藤との二人きりのデートを満喫して、それから、それからチトセちゃんのことは考えればいい。どちらにせよ、ここにいる意味はない。なのになぜか立ち上がれない。体の中で勝手にブレーキがかかっている。チトセちゃんが足止めしているのかもしれない。きっとそうだ。なんなのよ…なんなのよ…

「マレクン」

 御手洗氏が突然部屋の入り口に向かって大声で呼びかけた。直後、待っていたかのように部屋に入ってくる女性、真っ赤な髪が印象的、Tシャツも革パンも紅い。180センチ近い長身で、全身が不気味なぐらいに紅い。私はしばし見とれる。そう、そこまで紅いのに、まったくイヤな感じがしないのは、整った顔立ち、モデルのような体型のなせる業だろう。こんな状況でそこまで看破する自分に呆れる。

 私だって、水曜日すぎれば…

「稀ほまれ(マレホマレ)です」

 “マレクン”と呼ばれた女性はそう名乗ると、数枚の紙をテーブルに置いて無言で立ち去った。御手洗氏はその紙を取り上げ、しばらく目を通していた。

「チトセちゃんはバス事故での被害者です、あなたもバス事故での被害者です。接点はそこだけなのか、我々はあなたとチトセちゃんの過去を調べました」

 身震い。便利屋というのはそんなことまでするのか…そこでさっきの違和感も解消された。この便利屋は、私の過去を調べ上げている。

「なんでそんなことをするんですか?」
「必要だからです。必要のないことはしません」

 御手洗氏の表情がガラッと変わった。宣戦布告を受けたような、そんな衝撃を受けた。

 そして突然、その一言は投げられた。




「チトセちゃんは、あなたの娘さんです」




 ムスメサンデス…

 さざ波のように、全ての音が頭から引いていった。「ムスメサンデス」が鳴り響く。繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返す。
「あなたの体に流れている血液は、チトセちゃんに流れているということ。あなたとチトセちゃんは親子なのです」

 「ムスメサンデス」の向こうから御手洗氏の声が聞こえてくる。妙に遠回しな言い方だったがこの時はその遠回しな言い方に疑問を覚えるような余裕はなかった。自分だけ水槽の中にいて、外から声をかけられているような、そんな感じだ。そしてなにより…



 あのコが私の娘…なんで?




 な ん で そ ん な こ と ま で で き る の ?




 私にそんなことが出来るわけないのに…事故に遭う前の私はなんでそんなことまでできたの…


「記憶を失われていると聞いていますが、ご両親とは?」

 話は唐突に流れを変える。浸る間も、考える間もなく、私は訊かれたくない質問を投げられた。一番訊かれたくないものだ。

「事故の後、両親とは縁を切りました。それからは知りません。それぐらい調べていらっしゃるでしょう?」

 事故から2年半の過去を探られるのは何よりも苦痛だった。

「もちろん。そのご両親が1年前相次いで亡くなられたことも存じています」

 御手洗氏は書類から目も上げずに答える。その眉間を穴が空くほど睨み付けても、彼は顔を上げない。

「あなたは、それまでの友人、知人すべてと縁を切った、そうですよね?」
「はい」
「で、気になるんですが…」

 ここで御手洗氏はようやく顔を上げる。

「なぜ家と職場は代わらなかったのですか?」

 当然その質問が来るだろうことはわかっていた、しかし…

「その質問が、このこととなんの関係があるんでしょうか?」
「あなたに関するすべてが、今回の出来事に関係があります」

 即答。一瞬のよどみもない。

「家を代わらなかったのは、お金がなかったからです。職場を変わらなかったのは、お金が欲しかったからです。この年齢で新に就職活動を始めて、さらに記憶喪失の人間なんて雇ってくれる会社はありませんから」

 明後日の手術のために、2年半、余計な支出は控えてきた。センスの欠片もない忌々しい部屋に住み続けたのも、自分に鞭を打つためだった。あの部屋での生活は苦痛でしかなかったけれど、それに耐えることで、お金を貯めてきた。職場だって変わりたかったけれど、できる限りすぐにお金がほしかった。事故前の自分を知る人の中で働くのは恐怖以外の何物でもなかった。周りからの心配と好奇の視線の中で努めて大人しく、なんの詮索も受けないように、大人しくしていた。欠勤も遅刻もせず、「ごく普通の成績」を遵守した。早口で答える。言い終わるや否や御手洗氏は「ほう」と呟いた。

「なるほど、これで全部が繋がりました」

 御手洗はそう呟くと立ち上がり、再び入り口に向かって今度は「あいらっ!」と呼んだ。遠くでドアが閉まる音がしたあと、階段を下りてくる重たい足音が聞こえてきた。そして部屋に現れたのはド派手な服に身を包んだ男。半袖から伸びた腕は筋肉の固まり、マッチョである。一瞬にして彼がこの便利屋における「力だけは誰にも負けんヤツ」であることがわかる。その後ろには静思君もいた。

「彼がここの力自慢、草薙あいら(クサナギアイラ)です、隣はもうご存知ですね?朷咲静思君です。君たち、そこから椅子持っておいで」

 二人を紹介すると御手洗氏はまた座った。草薙君はダイニングから2脚の椅子を軽々と持ち、御手洗氏の向かい、私の隣に並べた。

「やはり、あなたは記憶を失っていらっしゃる」

 二人が腰かけるのを待って、御手洗氏は静かに口を開いた。

「わかってますよ、そんなこと」

 自分が一番よくわかっている。初対面に言われずとも…

「それだけではありません。あなたはご自分のことを全く把握できていない」

 自分のこと?そんなこと、わかっている。だから今日まで苦労してきたんじゃないか…自分のことは自分が一番よく分かっている。

「どういうことでしょう?」

「話を戻します、チトセちゃんは、あなたの娘さんです」
「はい、聴きました」

 そう言われても、衝撃はあるけれど、何の感慨も湧かない。娘と言われたチトセちゃんが死んでいると言われても、悲しい気持ちにならないし、娘に体を返せと言われても、それでも憤りは変わらない。

「言いましたね。ここで気になることはありませんか?」

 この時のこの言葉が私の中を最も奮わせた。怖い。恐怖。言いしれぬ不安。自分だけが蚊帳の外にいるような不安。

「気になること…?」

 そう口にしてみて、それがなんなのかすぐにわかった。




「もう一人の親御さんです」




 「平静を保てっ!!」

 そう声が聞こえる。私の中の私が言うのだ。いやな予感がするの!と私が泣く。しっかりしろ!私が私に怒鳴りつける。落ち着け、落ち着け、落ち着け、落ち着け、落ち着け、落ち着け、落ち着け、落ち着け、落ち着け、落ち着け、落ち着け、落ち着け、落ち着け、落ち着け、落ち着け、落ち着け、落ち着け、落ち着け、落ち着け、落ち着け、落ち着け、落ち着け、落ち着け、落ち着け、落ち着け、落ち着け、落ち着け、落ち着け、落ち着け、落ち着け、落ち着け、落ち着け、落ち着け、落ち着け、落ち着け、落ち着け、落ち着け、落ち着け、落ち着け、落ち着け、落ち着け、落ち着け!私の中の私が騒ぎ立て、慌て、ふためき、ぶつかり合う。

「そ、そうですね、便利屋さんなんですから、それもご存知なのでしょう?知っているなら教えてください…私が親なら…」



 私は下を向いた。御手洗氏からありありと伝わってくる。「もう1人の」という言い方で分かる。御手洗氏は私に『その言葉』を言わせようとしている。なんのために…何の目的で…なぜそれを言わせたいのか…一瞬の間考える。しかし、何も浮かばない。結局私は御手洗氏の望む『言葉』を呟いていた。



「私が親…『父親』なら…『母親』は誰なんでしょうか?」


 そう言って大きく息を吐いた。

「それでいい」

 顔を上げると御手洗氏は初めて悲しそうな表情を浮かべていた。

「やっぱりあなたは、どう見ても男性なんです、結城一成(ユウキカズナリ)さん」

《第七章》に続く。
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