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千載和歌集コミュの道因法師の歌  その1

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道因法師の歌  その1


 道因法師は俗名 藤原敦頼で、寛治4年(1090年) - 寿永元年(1182年)頃の人と言われる。平安時代後期の歌人で千載和歌集に20首採用されており、俊成が高く評価していたことが知れる。 千載和歌集にも所収の「思ひわびさても命はあるものを・・・」は小倉百人一首にも採用されている。


花の歌とてよめる
   花ゆゑに知らぬ山路はなけれども
     まどふは春の心なりけり  (春歌上 62 道因法師)

「花を訪ねるゆえに、案内しらぬ山路はないけれども、心は春のために迷うことだよ」(松野・片野)

 業平が

   世の中にたえて桜のなかりせば
     春の心はのどけからまし.

と詠んだが、業平のいう「春の心」と道因法師の「春の心は」とは意味が少し異なるように思える。業平のそれは物理的な時間軸にある透明な春、その時の心の具合である。しかし、道因法師のそれは春故に、何か落ち着かない心がある。道因法師は花故に心が乱れるのではないと否定した。業平のようには桜がなくなれば落ち着きという類のものではなかったのだろう。


 松野・片野はこの道因法師の歌に関連して、貫之の次の歌を引用する:

   わが恋は知らぬ山路にあらねども
     など魂のまどひ消ぬべき  (『貫之集』)

 貫之の歌は「山路」と「恋路」とを面白く歌にしたもので、特段、山路に桜があるという状況を設定してはいない。この山路に桜を持ち込むと道因法師の歌のようになるのだろう。面白いのは、桜を持ち込むと、この悩ましい春の心は何なのかという疑問が湧く。

 春になると狂おしくなるその狂気のなせる業か。T.S.エリオトがAPRIL is the cruellest monthと詠んだのと同じなのだろう。

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