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千載和歌集コミュの俊頼の歌  その49  恋の奴

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俊頼の歌  その49  恋の奴

旅恋
   したひ来る恋のやつこの旅にても
     身のくせなれや夕とゞろきは  (雑歌下 諧謔歌 1192 源俊頼朝臣)

「恋の奴は旅路にも私の跡を慕ってきて、身の習性か、夕方になると心がとどろいてならない」(久保田淳)

 久保田はこの歌に関連するものとして次の万葉集の歌を掲げる:

   家にありし櫃(ひつ)に鎖(かぎ)さし蔵(おさ)めてし
     恋の奴の掴みかかりて  (巻16 穂積親王)

 面白いのは、この穂積親王の歌は『論語』 子罕第九によっている。
 子貢日、有美玉於斯。韜匱而蔵諸。求善賈而沽諸。
子日、沽之哉、沽之哉。我待賈者也。

 子貢日く、斯に美玉有り。匱に韜(おさ)めて諸を蔵せんか。善賈を求めて諸を沽(う)らんかと。
子日わく、之を沽らんかな、之を沽らんかな。我は賈を待つ者なり。

 この一節は孔子の美玉のことを「道」とみて、それを理解してくれる人を孔子が待つという意味なのだろう。ただ、穂積親王は櫃の中には美しい玉があると連想させているのだろう。つまり美人。それを「恋の奴」であって、その美人がその櫃から出てきて、自分に掴みかかるという意味になる。ただ、「恋の奴」を自分の恋心とみて考えると、恋心を封印しても、すぐに出てきて自分に掴みかかるということなのだろう。
 穂積親王はこの歌が好きで、酒の席ではいつもこの歌を歌われてとか。

この穂積親王の歌を念頭において、俊頼の歌を解釈すると、恋を忘れようと旅に出ても恋の奴(恋心)が追ってくる。 夕方になるといつも恋心が出てきて心ときめくのだが、そういう癖がついてしまい、旅に出ても、この恋心が出てきて胸がときめくということだろう。

ところで、恋の奴という言葉が和歌にあるとは驚きである。今で言えば、恋の奴隷ということなのだろう。謡曲の「恋重荷」にもこの言葉が使われるが、まさに恋の奴隷を思わせるものだ。

   丈夫のさとき心も今はなし
     恋の奴にわれはしぬへし  (万葉集)

   とりすがる恋の奴に慕はれて
     たちどまりぬる旅衣かな  (林葉集)

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