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千載和歌集コミュの俊頼の歌  その43  述懐の歌

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俊頼の歌  その43  述懐の歌


短歌:堀河院御時、百首歌たてまつりける時、述懐のうたによみてたてまつり侍りける

最上河 瀬々の岩角 湧きかへり 思ふ心は 多かれど 行く方もなく せかれつゝ 底の藻屑と なることは 藻に住む虫の われからと 思ひ知らずは なけれども いはではえこそ 渚なる かたわれ舟の 埋もれて 引く人もなき 嘆きすと 浪の立ち居に 仰げども むなしき空は みどりにて いふこともなき かなしさに 音をのみ泣けば から衣 おさふる袖も 朽ちはてぬ 何事にかは あはれとも 思はん人に 近江なる 打出の浜の 打ち出でて いふとも誰か さゝがにの いかさまにても かきつかむ ことをば軒に 吹く風の はげしき頃と 知りながら 上の空にも をしふべき 梓の杣に 宮木引き 御垣が原に 芹摘みし 昔をよそに 聞きしかど 我が身の上に なりはてぬ さすがに御代の はじめより 雲の上には 通へども 難波のことも 久方の 月の桂し 折られねば うけらが花の 咲きながら 開けぬことの いぶせさに 四方の山べに あくがれて このもかのもに 立ちまじり うつぶし染めの 麻衣 花のたもとに 脱ぎかへて 後の世をだにと 思へども 思う人々 ほだしにて 行くべき方も まどはれぬ かゝる憂き身の つれもなく へにける年を 数ふれば 五(いつゝ)の十(とを)に なりにけり 今行末は 稲妻の 光のまにも 定めなし たとへばひとり 永らへて 過ぎにしばかり 過ぐすとも 夢に夢見る 心地して ひまゆく駒に ことならじ さらにもいはじ 冬枯の 尾花が末の 露なれば あらしをだにも 待たずして 本の雫と なりはてん ほどをばいつと 知りてかは 暮にとだにも 沈むべき かくのみ常に 争ひて なほふるさとに 住の江の 潮にたゞよふ うつせ貝 うつし心も 失せはてて あるにもあらぬ 世の中に また何事を み熊野の 浦のはまゆふ 重ねつゝ 憂きに堪ヘたる ためしには 鳴尾の松の つれづれと いたづらことを かきつめて あはれ知らん 行末の 人のためには おのづから 忍ばれぬべき 身なれども はかなきことも 雲鳥の あやに叶はぬ くせなれば これもさこそは みなし栗 朽葉が下に 埋もれめ それにつけても 津の国の 生田の杜の いくたびか 海人のたく縄 繰り返し 心にそはぬ 身を恨むらん  (1160 源俊頼朝臣)

反歌
   世の中は憂き身にそへる影なれや
     思ひ捨つれど離れざりけり  (1161 源俊頼朝臣)

「この世の中は我が憂き身に添うている影なのであろうか。いくらあきらめようとしても出離できないよ」(久保田淳)

 短歌は實に連綿として、見の不遇と老先の少なさを嘆く。俊頼の思いが見事に吐露されている。「梓の杣に 宮木引き 御垣が原に 芹摘みし 昔」とあることは、昔は自分も豪華な家を建て、宮中での行事に参加したことがあることを述べる。年齢五十歳にして、「打出浜」とあるから今の滋賀県の南部で閑居していたのだろうか。1090の歌に「田上(たなかみ)の山里に住みける頃」とあることから、この付近に五十代で居を変えたのだろう。
 昔を思う気持ち、まだまだやれるという気持ちが強く、人生にあきらめきれない自分を描く。反歌は見事な短歌の要約である。


参考歌:
津の国に住み侍りけるを、美濃の国に下る事ありて、梓の杣にてよみ侍りける

   宮木引く梓の杣をかき分けて
     難波の浦を遠ざかりぬる  (羈旅歌 505 能因法師)


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