千載和歌集コミュの能因法師の歌　　その１花のしがらみ

能因法師の歌　　その１花のしがらみ

池に桜の散りけるを見てよみ侍りける
　　　さくら散る水の面にはせきとむる
　　　　　花のしがらみかくべかりけり　　（春歌下　99　能因法師）

「池の面に散り敷いた花片が流れるのをせき止める柵をかけておくべきであったよ」（久保田淳、イベリコ）

　池の水が流れ落ちる出口にはこうした柵が用意されていなかったから、流れ落ちっていった。花を惜しむ心、春を惜しむ心が詠まれている。「花のしがらみ」には能因法師の面目躍如たる感がある。彼の歌にはなにがしかの華やかさがあるが、この言葉もそうした彼の特長を示すものである。

彼の後、この言葉は多くの歌人に愛用されたようである。

　　　いまはただ風をもいはじ吉野川
　　　　　岩こす花のしがらみもがな　　（式子内親王）

　　　吉野川花のしがらみかけてけり
　　　　　をのへの桜いまや散るらむ. 　（続千載和歌集）

　　　山川に春ゆく水はよどめども
　　　　　風にとまらぬ花のしがらみ　　（続拾遺集）

　　　山吹の花のしがらみかくれども
　　　　　春はとまらぬ井手の玉川　　（風雅集）

　　　吉野川かへらぬ春もけふばかり
　　　　　花のしがらみかけてだにせけ　　（土御門院）

　　　波も瀬に流れもやらず吉野川
　　　　　おのがかけたる花のしがらみ　　（後鳥羽院）

　　実に枚挙に遑なき感がある。また、能因法師の歌での「水の面」という表現はこれまでの歌にない要素を付加している。彼以前の歌で、この表現のあるものを掲げると、

　　　水のおもに生ふるさ月のうき草の
　　　　　うき事あれやねをたえてこぬ　　（古今和歌集、みつね）

　　　水の面に綾おりみだる春雨や
　　　　　山の緑をなべて染むらむ　　（伊勢）

　これらの歌では動きはあるものの静止的な表現である。一方、能因法師の歌では、水の面に動きをもたせている。桜花が下への向きに落ちるのと、水面を横に移動するその二つの動きを併せ持ち、更に時間の動きに心が動くという、三次元、四次元の動きを表現しているようである。

　俊成の千載和歌集の撰に該当する歌はこれまでの歌の地平にプラスの次元、視点を加えたようなものなのだろうか。それは、家隆の歌でもみたことである。

能因法師（ウィキペディア）：
能因（のういん、永延2年（988年）- 永承5年?（1050年）、康平元年?（1058年））は、平安時代中期の僧・歌人。俗名は橘永愷（たちばなのながやす）。近江守・橘忠望の子で、兄の長門守・橘元愷の猶子となった。子に元任がいた。中古三十六歌仙の一人。文章生で肥後進士と号したが、長和2年（1013年）出家し、摂津国古曽部に居住し古曽部入道と称した。藤原長能に師事し、歌道師承の初例とする。和歌六人党を指導する一方、大江嘉言・源道済などと交流している。甲斐国や陸奥国などを旅し、多くの和歌作品を残した。
『後拾遺和歌集』以下の勅撰和歌集に65首が入集している。歌集に『能因集』があり、ほかに私撰集『玄々集』、歌学書『能因歌枕』がある。