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シャーク◎市屋の面白い話コミュのパンドラの箱【オチなしver.】

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俺はパンドラの箱を開けた。
2年前に別れた彼女に再会した。  


夏も疾うに終わり、吹く風に涼しさを感じ始めたある10月の日曜日。
季節外れの人事異動で本社勤務が決まった俺は翌月の引越しに向け準備をしていた。

新入社員としてこの町にやって来てはや5年。
初めは殺風景だったこの部屋も
気付けば一人暮らしとは思えない程の多くの物が溢れていた。

まずは趣味の本を片付けようと整理していると棚の奥に落ちていた一枚の写真を見つけた。
それは2年前に別れた彼女と最初のデートで撮った写真だった。
赤く染まったキレイな海を背景に
はにかんだ笑顔で手を繋ぐ幸せな二人の姿がそこにはあった。

もう忘れたつもりだった。
もう思い出すまいと胸の奥底に深く沈めたはずだった。
でも写真の中の彼女を見つめると刹那に目頭がジンと熱くなり
長い間抑え付けていた想いが決壊したダムから溢れる水の如く一気に込上げた。

「逢いたい」

不意にそう思ったものの、今更そんな事を口にするのは俺のエゴ。
今ではきっと幸せを手にしている彼女にとっては迷惑なだけ。
そして何より今となっては連絡をとる術がない。
だから俺はその想いを胸の痛みに耐えながら再びグッと飲み込み
写真はもう読むことのない本の間に閉じた。

しかし、その日以来、別れた直後の様に毎日、彼女を思い出すようになった。

二人で見た風景。交わした言葉達。
彼女の少し癖のある笑い声。
幾多もの思い出が浮かんでは瞼の裏で消えた。
これ以上の思い出を掘り起こすのが怖くて部屋の片付けは進まなくなった。

彼女の写真を見つけてから一週間後、夢を見た。
サヨナラを告げたあの日の悲しい瞳をした彼女ではなく俺の問い掛けに
何でも「うん」と柔らかな笑顔で答えてくれる彼女の夢だった。

目を覚ました俺の頬に一筋の涙が伝った。

止め処なく溢れ続けた想いで
俺の心はどうしょうもないくらいに一杯になってしまった。
俺は携帯を手に取ると一通のメールを送った。 

送信完了の文字を確認してから液晶右上の時刻に目をやると
まだ6時を少し周ったところだった。
出勤時間まで少し余裕があった。
もう一度眠りに就こうと再びベッドに潜りこんでみたものの
心の場所がはっきりと判るくらい胸がズキリと痛み眠れなかった。
暫くぼんやりと天井の一点を眺めていたが気分は最悪。
四肢に重りを縛り付けられ海の奥底に沈んでいく様な感覚に襲われた。
ただでさえ月曜日の仕事は憂鬱なのに
夢に見た彼女の幻想がその気持ちに拍車をかけた。

それでも仕事には行かなくてはならない。
学生時代だったら2、3日部屋に篭り、塞ぎ込む事も出来るのだが
今は小さいながらも責任がある。
今日だって午前だけでも会議が2件。休むことはできない。

こう思えるだけ少し俺は大人になったのだろうか。

熱いシャワーでも浴びたら少しは気分が晴れるかもしれない。
そう思った俺は鉛の様に重い体と心を引きずりベッドから這出た。

その瞬間、"You've got mail." 携帯が鳴った。 

手にしたタオルを放り投げ急いで携帯を手に取ると
先程メールを送った相手、さちこからだった。

さちこは俺が5年前にこの街に来てから会社の先輩を通じて初めて出来た友人で
当時、大学のクラスメートだった彼女を俺に紹介してくれたキューピットでもある。

普段はメールを送ってもお見合いで忙しかったなどのふざけた理由で
中々返信してこない彼女だが
今日だけは早朝に送ったメールにも関わらず直ぐに返信をくれた。
只ならぬ様子を察知したのだろうか。女の勘は鋭い。

緊張で震える手でメールを確認した。

「かめはめ波でない」

意味不明だった。
一体夢の中で誰と戦っているのだろうか。
「千豆いる?」そんなメールを作成していると

再度さちこからのメールを受信した。

「ごめん。寝ぼけてた。レミナはまだ結婚してないよ。
会いたいんだ?今度の日曜日レミナの家に遊びに行くから伝えてみるよ。
それでもし会えそうな雰囲気だったら直ぐ連絡するよ」

結婚していない・・・

それを聞いた俺は大きく安堵の息をついた。
もちろん彼氏はいるかもしれないし
その人と結婚の約束をしているかもしれない。

だけどずっと彼女の様子を知り得なかった俺には
まだ結婚していないと言う事実だけで十分だった。

そしてメールの最後に書かれた
「もし会えそうだったら・・・」の言葉に勝手な期待を抱いた。

それからの一週間、俺は完全に浮き立っていた。
ジャンプの発売日を待つ小学生のように週末を待ちわびた。
お陰で仕事では凡ミスを繰り返し、いつも以上に上司に叱責された。
それでも平気だった。
レミナとの再会。
そんな淡い希望があったから。

そして運命の日曜日はやって来た。  

アパートの屋根を叩く雨音で俺は目を覚ました。
半開きの目のまま枕元に置かれた携帯を手に取った。
時刻は10時過ぎ。
受信メール5件。
しかし、全部出会い系のスパムメール。
さちこからの連絡はまだなかった。
連絡が来たら直ぐにでも会えるようにその日の予定は全てキャンセルしてメールを待った。

気長に待とう。
そう自分に言い聞かせたつもりだったが何かをただ待つ時間は無限に感じた。
瞬く間に過ぎていく日常が嘘のようだった。
テレビを見ても、パソコンに向かっても一向に落ち着かなかった。
普段は吸わないタバコも起きてから数時間で一箱無くなった。
いつまでも鳴らない携帯。
時計の短針が30度振れる度に淡い期待は落胆へと色褪せて行き
無限に感じた時間も確実に過ぎていった。
結局、日が沈んでもメールはなかった。
外を見ると雨は激しさを増していた。

当然だと思った。
お互いの幸せを祈って2人新たな道を歩き始めた様な綺麗な「サヨナラ」じゃなかったから。2年も経ってまた会おう。
そんな気持ちになれないのも当然だと思った。
判っていたはずなのに、やっぱり胸は痛む。
そろそろ俺も新しい幸せを探さないといけないのかもしれない。
そんな事を思いながら深い溜息を吐くと
”You've got mail!" 右手に握りしめていた携帯が鳴った。
ディスプレイにはさちこの名前。
鼓動が加速した。
慌て過ぎて落としそうになりながら携帯を開く。
すると短い文章が一つ。

「レミナ今から直接電話するって」

予想外だった。
俺はあまりにも突然な展開に動揺した。
でも 2年間どれだけ聞きたいと思っても夢のなかでしか
聞けなかった彼女の声が聞けると思うと心躍った。

やがて見知らぬ携帯番号からの着信があった。

「もしもし」

携帯の向うから聞こえたのは紛れもなくレミナの声だった。
2年経っても何ら変わることのない、俺の大好きな甘い声が耳を擽る。
ただそれだけなのに空っぽの胸の中が何か温かい物で満たされていくのを感じた。
「元気?あの時はいろいろ酷い事言ってゴメンネ」
「俺のほうこそゴメン・・・」
暫くぎこちないながらも温かい会話が続いた。

しかし、幸せな時間は長く続くかなかった。
言葉を交わす度、胸の中の温かい何かは熱を失っていった。
なぜなら、彼女の話す言葉、声の雰囲気。
それらから察すると2年間思い続けた俺の気持ちを知った上で最後のサヨナラを言っている感じだったから。
だけど、もしこのまま切ってしまったら二人のベクトルは絶対交わらない。
俺は確信した。
だから

「今どこにいる?少し会えない?」

決死の覚悟でそう言った。
すると戸惑いながらも彼女は

「うん」

と小さく言った。

例え、何度自分の想いを伝えても2年前と同じ様に彼女の答えは変わらないかもしれない。
でも、もう一度、最後にもう一度だけこの想いを伝えよう。
そう心に決めると、待ち合わせの場所に選んだ自宅近くの駅へと車を走らせた。

彼女との再会。
それはパンドラの箱。
一度開けてしまえば2年前と同じ、
もしくはそれ以上の痛みや苦しみが止め処なく溢れ出すかもしれない。
平坦だけど平穏だった日常に影を落とすだけかもしれない。
それでも俺は開けた。
もう一度彼女に会いたい。
ただそれだけの理由で。 

日曜日の夜の駅は静かだった。
傘を叩く雨音と水しぶきを上げ濡れたアスファルトを走っていく車の音だけが響いていた。
降りしきる秋雨のせいか襟元をすり抜ける風は冷たく
ジャケットも羽織らず家を飛び出した事を少し悔いた。
別に駅の何処でと待ち合わせ場所を決めた訳ではないけど、俺は自然と歩を進めた。
改札をすり抜ける行楽帰りの家族連れと日曜出勤のサラリーマン。
やっぱりその向こうに彼女の姿を見つけた。
改札近くの公衆電話の横に立つ彼女。
それはかつて当たり前の様にあった風景。
ギュっと胸が締め付けられる感情に襲われながら彼女の元へ駆け寄った。

「久しぶり。元気だった?」

そう言いたかったけれど、
極度の緊張のせいで噛み過ぎて何を言っているのか判らなくなってしまった。
そんな俺を見て彼女は笑った。
俺の大好きな笑顔がそこにあった。

「ここで立ち話していても寒いだけだし、お茶しに行こうか?」

今度ははっきりそう言うと彼女は頷いた。
駅近くのカフェに入るとぎこちなかった二人の会話も、次第に弾み始めた。
別れた当時のこと、今の仕事のこと、そして自分が思っていること等、いろいろ話した。
彼女の瞳にはいつの間にか涙があふれていた。
涙の意味など判らなかったけど相変わらず泣き虫な彼女を見つけられて嬉しかった。
長い間ぎすぎす尖っていた心のカドが丸くなって行くのを感じた。
それと同時にまた胸の奥に温かい灯が点り指の先が甘くしびれるなんとも言えない幸福感に包まれた。
彼女は今俺のものではない。そしてそれはこれからも変わることはないかもしれない。
だけど、思い続けた彼女が今こうして俺の目の前に座り話している。
二度と見ることの出来ないと思っていた彼女の姿がそこにある。
ただそれだけで幸せだった。
2杯目のコーヒーを飲み干したとき

「そろそろ行こっか」

彼女が切り出した。
ホントはずっと、終電が行ってしまうくらいまで話していたかっけれど
無理強いは出来ない。
後ろ髪を引かれる思いで店を後にした。

店を出ると土砂降りになっていた。
二人のデートの時は雨が多かったな。
そんなことも想い出した。
彼女に家まで車で送るよ。と言った。
でも彼女は電車で帰るからいいと言った。
少しでも長く彼女といたいと思う俺は送ると言い張った。
彼女も電車で帰れるから大丈夫と言い張った。
ちょっと言い合いになった。昔もこんな些細なことでケンカしたね。
そう言うと二人で笑った。結局彼女が折れて家まで送る事になった。
いつも俺の我侭を聞いてくれた彼女。
そんな彼女の優しさにまた甘えた。代わりに俺は何をしてあげたのだろうか。
振り返ってみてもはっきりと思い出せる事は何もなかった。
与えられた十分過ぎる優しさに慢心し、思いやる気持ちをおざなりにした。
注がれる愛情を不変だと勝手に思い込んでいた。
側にいることが当たり前だと思っていた。
だから彼女の抱えた胸の痛みに気付く事はなかった。
全てが指の間から零れ落ちるその時まで。
俺は車を止めたロータリーへ向かう途中
彼女と肩を並べて歩ける喜びと、過去の自分の情けなさを交互に噛み締めた。

彼女は電話、カフェ、そして車中でも

あの時はゴメン。
出会えて良かった。
だけどこれから二人の関係は変わる事はない。

と何度も繰り返した。俺は

分かってるよ。
ただ気持ち伝えたかっただけ。

作り笑いでそう言うのが精一杯だった。
結局、試合は始まることなく終りを知らせる笛だけが何度も鳴り響いた。
そんな感じだった。
彼女と一緒にいるだけで感じた幸福感も終焉をリアルに感じた途端弾けて消えた。
ただ会いたかった。
そんな気持ちは偽りだったと今更気付いた。

開けてしまったパンドラの箱からはどす黒い感情が迸り全身を巡った。
吐き気と胃痛が同時に込み上げた。

でも最後にもう一度だけ・・・

俺は4年半前に彼女に告白した時

下手なクソなギターを片手に歌ったラブソングをカーオーディオから流した。

「やめて・・・」

彼女は一瞬で涙声になるとCDを止めようと手を伸ばした。
俺はその手をギュッと握り締めながら言った。

「最初にレミナに告白した時から今までずっと、ずっと変わらず好きだ。もしまた付き合えるのなら悲しい思い、寂しい思いは絶対させない。だからもう一度付き合って欲しい」

俺の言葉を最後まで待たず彼女は泣きじゃくり嗚咽だけが漏れた。
流れるラブソング、泣く彼女。
4年半前と同じ光景。でも涙の意味は違う。
俺は最後の審判が下るのを待った。
10分くらい経っただろうか。落ち着きを取り戻した彼女が漸く口を開いた。
全身に緊張が走る。

「ごっ、ごめんね。泣いてばかりで・・・今更こんな事言っておかしいかもしれないけど、会いたいって言ってるってさっちゃんから聞かされたときからホントはね。自分の気持が判らなくなってきて・・・」

驚いた事に今までと全く違う反応を見せ始めた。
俺は逸る気持ちを抑えつつ

「そっか。判らないなら俺はその答えがでるまでゆっくり待つよ。今まで2年待ったから次のワールドカップくらいまで待ったって全然平気だし」

精一杯強がった。

「待ってて貰っても気持に応えられないかもしれないよ」

「絶対大丈夫。俺は二人の運命を信じる」

「そんな風にしてて辛くない?」

「辛くないよ。大切だと思える人がいる。ただそれだけで幸せだから」

折れそうな心を必死に抑えて笑顔で言った。

「ありがとう」

彼女はまた涙で顔をくちゃくちゃにしながらそう言った。

彼女を家まで送り届けると

「待ってる」

それだけを伝え固い握手を交わして別れた。 


帰りの車中。一人泣いた。
信号が涙で滲むくらいボロボロ泣いた。
人目を憚る事無く声を上げて思い切り泣いた。

それは彼女に再会出来た喜びの涙か
さっきまで助手席に隣に居た彼女がまた一つの思い出に変わってしまった悲しみの涙か
その理由ははっきりと判らなかったが
止め処なく涙は溢れ続けた。

アパートの駐車場に車を止めると
携帯が鳴った。
知らないアドレスからのメールだった。
文面から直ぐにレミナからだとわかった。
いつも彼女を送り届けた30分後に
メールをくれていたことを思い出した。

ありがとうを伝える文の最後にこうあった。


「・・・またね」


開けられたパンドラの箱の最後に残っていたもの。

それは希望。

そんな話を思い出した。

車を降りると土砂降りだった雨は止み
見上げた空には星たちが煌いていた。

明日は久しぶりに晴れそうだ。

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