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Bar.の亭主コミュの再会・其の八

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再会・其の八

一九九六年三月十五日 金曜日
連日の二日酔いで、重い心と体を引きずっ
て、酒場にたどり着いた。
しばらく、耳にする事のなかった昭文の名
を耳にしたのは、私の赤い目に生気が蘇って
きた頃だった。
「君かい。沢村昭文の友人というのは。」
その声の主は、いつか、この酒場で会った
口ひげの刑事だった。
「実は僕も彼とは、ちょっとした知り合いで
ね。今でもあの事故が信じられないんだ
よ。」
口ひげの刑事は、私の都合に御構なく、隣の
スツールに腰掛けると、一人でしゃべり続け
た。
「昭文は、ジンが好きでね。よくこの店でビ
リー・ホリデーなんか聞きながら飲ってい
たっけ。」
その時、ゆっくりと店内に流れ出したビリー
・ホリデーの『オール・オブ・ミー』に口ひ
げの刑事は聞きいっていた。
口ひげの刑事はジッポのライターでラーク
に火を付けると、溜め息をつくように紫煙を
吐きながら、私に向かって言った。
「昭文は、この曲が一番のお気にいりで
ね。」
「この曲は、弟の文昭さんのお気にいりで
しょう。ちょっと前に、ここでお会いした
時、しみじみと聞きいっていましたよ。」
私が刑事に向かって言うと、
「弟……。弟って、沢村文昭のことかい。」
「ええ、去年の暮れここであって……。」
「馬鹿言っちゃいけないよ。沢村文昭は、と
うの昔に、十四年前のバイクの事故で、死ん
じまってるんだから。」
「そんな馬鹿な。第一、神奈川県警の記録
じゃ、その事故は昭文の起こした事になって
いるんでしょう。」
「あんた、記録を最後までちゃんと見たのか
い。死んだのは、昭文の後ろに乗っていた
忍っていう女の子と、その後方を走っていて
巻き添えをくった弟の文昭、この二人だ。」
「だって、じゃあ、私が会った男は、一体。
そうだ、名刺も持っている。」
私が、沢村文昭の名刺を刑事に差し出すと、
「ちょっと、拝見。精神学部。こんなのあっ
たかな。こいつは、しばらく借りとくよ。」
「私が会ったあの男は、誰かのいたずらか、
それとも、幻だったのか。」
「もしくは、沢村昭文だったか。」
「だって、昭文は……。」
「そう。だとすると、疑問は、七年前に死ん
だのは、誰かという事だ。」
「えっ。」
「何しろ、七年前の事故の時、多額の保険金
が忍っていう女の子の遺族に支払われて、話
題になったんだ。しかも、昭文の身元を証明
したのは、免許証と車だけだったんだか
ら。」
私は、しばらく状況をつかめず、呆然として
いた。
「じゃあ、僕はこれで失礼します。また、近
いうちに連絡しますから。」
刑事はいそいそと店を出ていった。
私は、ゴードン・ドライ・ジンを一気にあ
おり、冷静さを取り戻そうとしていた。
私が去年会った男は、幻なのか、それと
も、昭文なのか、文昭なのか……。もしかし
たら、私の知る、十三年前の沢村昭文も本当
に実在した男なのか。
だが、どちらにしろ、どちらかが、自分
と、死んだ兄弟の二役を演じているのだとし
たら、やはり、その男は、幻みたいなもの
だ。
いずれにしろ、十七才の時に知り会った、
沢村昭文という男は、もう居ないんだから。

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