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The Beatlesコミュのマハリシ・ヨギ氏死去

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2月5日、オランダで死去。
生年月日は公表されていないが、91歳だったとされる。
高齢による自然死だとのこと。

「まだ生きてたんや。」というのが正直なところ。

コメント(32)

なんかトランスメディテーションって日本にもあるよね?
つい先日までご健在だったとは

驚き!

ご冥福をぴかぴか(新しい)
て事は40年前はまだ50そこそこかあ
それであの風貌だったとは
マハリシってあのSexySadieでしたっけ。
すごい。
大往生だったんですね。
あの世でもジョンにいやがられないでくださいね。
ご冥福をお祈りします。
>motoさん

もう10年以上前のものですけど、トランスメディテーションの日本版のパンフレット持ってます。
私が入ろうと思ったからではなく(笑)、いちおうビートルズネタつながりの資料としてw
パンフレットにはしっかりマハリシの顔写真が載ってます。


結局、ジョンがマハリシを嫌うようになった理由の真相ってなんなんですかね?

ジョン曰く「マハリシが女性を狙ってた」って感じで、
マハリシ曰くが「彼らのドラッグ漬けに嫌気がさした」

って感じでしたっけ?
「DEAR PRUDENCE」に歌われてる、インドに同行した女優ミア・フォローの妹、プルーデンス・フォローに性的関係を強要したんじゃなかったかな、たしか?

私もKazuraさん、少女マソさんと同じことを思いました。合掌!
"Sexy Sadei"の題材になったわけですよね。
マハリシ・マヘシ・ヨギのレイプ未遂事件はかなり有名な事件だったみたいで、リンゴが出演した「キャンディ」という映画になりましたね。
マーロン・ブランドがヨギ役でした。
>>J暖簾さん

ああ、あれマハリシだったんですか!
深く考えず「リンゴ、妙な映画出てるなぁ…面白いけどw」と観てました。
ジャイ・グルー・ディーブァ・オーム、何も私の世界を変え無い、

さすがジョンは人を見る目を持ってる
マハちゃんは、日本初の化学テロを起こした、宗教まがいの教祖に似てる。真似したのは、こっちかも?いずれにせよ、教祖は、金と女好き!
 実はこないだ図書館でポールの伝記で偶然マハリシのことを読んだばかりでした。
 あと最近出たジョンの先妻シンシアの本の中にもマハリシのことができきます。
それらの記述によるとどうやらこれまで言われていた「マハリシに幻滅して」云々の話は事実とはかなり違うようです。

 いまどちらも現物がないのでも記憶で書きますが、
(1)ポール、リンゴは先に帰国しますが、ふたりともマハリシに悪い印象はもっておらず、ただ自分たちはジョンやジョージほどにはインド哲学に熱心にはなれなかっただけということのようです。
「SIGHT」2003年10月に出た号に載っているリンゴのインタビューによると、今でもリンゴは時々マハリシから教わった瞑想をすることもあるとのことです。
(2)ジョンとジョージは二人が帰国してからもマハリシの元にとどまっていたのですが、このままインドから彼らがかえってこないことを心配した取り巻きがマハリシについてあることないことをジョンに吹き込んで、それを間に受けたジョンがマハリシから離れることを決心したという流れのようです。
 当時一緒にいたシンシアにはマハリシに事実を問いただすこともしないで一方的に絶縁を決めたジョンの態度はフェアでないものに映ったようです。
 ジョージはいったんジョンについて帰国したものの、その後もマハリシとつながりを持っていたようです。

以上の記述はリンゴのインタビュー以外は記憶で書いているのでずれているところがあるかもしれないので、興味あるかたは現物を当たってください。
『ポール・マッカートニー―メニー・イヤーズ・フロム・ナウ』ロッキング・オン社刊
『ジョン・レノンに恋して』
http://www.amazon.co.jp/%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%AC%E3%83%8E%E3%83%B3%E3%81%AB%E6%81%8B%E3%81%97%E3%81%A6-%E3%82%B7%E3%83%B3%E3%82%B7%E3%82%A2%E3%83%BB%E3%83%AC%E3%83%8E%E3%83%B3/dp/4309204759/ref=pd_bbs_sr_1?ie=UTF8&s=books&qid=1202380091&sr=8-1

あとこれはあくまでマハリシ側からのソースを元にした記事ですが、こんな話もあります。
http://www.koredeindia.com/006-02.htm#0215
おそらくビートルズ、マハリシのどちらにも互いに対しての幻想、誤解があったことがすれ違いの原因だったのかもしれないですね。
個人的には、このトピを立ててよかったと思います。

マハリシ・ヨギ氏のことは、ジョンの発言を100%信じてまして、
ろくでもない宗教家だと思っていました。

コメントをいいただいた方々の情報を読ませていただき、そうでもないようだ
と思いました。コメント、ありがとうございました。

当時のビートルズは(「現在もなお」なのでしょうが)言うまでもなく、
様々なものを生み出していました。
それは音楽をはじめとするアートが幹だったのですが、やはりお金もついてくる。
やはりクルーの中には善悪いたでしょう。

>14.虫909 さんの
> このままインドから彼らがかえってこないことを心配した取り巻きが
> マハリシについてあることないことをジョンに吹き込んで、
> それを間に受けたジョンがマハリシから離れることを決心した

というのは説得力ありますね。
元々ジョンには、エピソード創作癖もあったみたいだし…。あせあせ
(アンソロジーのDVDで、ポール、ジョージ、リンゴが、ビートルズが
エルビス邸を訪問したときのことをジョンの回想したときの発言を、
暗にかなり脚色していることを苦笑しながら語っている。)

トピ立ての部分には書けませんでしたが、ここで改めて、マハリシ・ヨギ氏の
ご冥福を祈りたいと思います。
虫909さん、貴重な情報をありがとうございました。
勉強になりました。
確かジョージの最後のライブはマハリシ関係の政治団体の資金集めだったはずですよ。
ラDON。さん、行ってみました。
「今の気分・・・・・ウケる」
とありました。
亡くなってもハイな方ですね!
 たしかジョージが「自分たちについて後になって書かれたことはずい分間違ったことも多いよ。まだ俺たちは生きてるのにこれじゃましてコロンブスの時代のことなんか絶対正しい事実なんてわからないよ」みたいな趣旨のことを言っていました。

 そういう意味では今回紹介した話もあくまでポール、リンゴ、シンシア、そしてマハリシの関係者の視点で見たものでしかないということも言えるかもしれません。
 ただ前者三人については、当事者自身がそれぞれに証言して大まかな部分では合致していますから、それなりに信頼性は高いだろうと僕個人は考えています。

>あやささん
 当時ジョージたちは出家するか迷うほどのめりこんでいたようで、もしそうなれば取り巻きにしてみれば悪い言い方になりますが金づるが無くなることも意味するわけで、そんな事情もあったようです。

>J暖簾さん
 僕もはじめて違う記述を読んだときは、今まで信じていたこととずい分異なっているようので驚きました。

>キッカーさん
 ポールの本の中で後になってジョージから「マハリシの政治グループの候補として国会議員選挙に出ないか」と電話で誘われたというエピソードも紹介されてました。

 スキャンダルの真偽についてはかなり疑わしいといえそうですが、そのこととビートルズ他多くの60年代ミュージシャンをひきつけたマハリシと彼のはじめたTMがあの時代に与えた影響と真価については分けて考えるべき問題でしょう。
 僕自身のマハリシ及びTMへの評価は今のところ保留です。
ヒンズー語訛りの英語でのインタビューが印象的でした。
驚きのニュースでした。
ご冥福をお祈りいたします。
全世界に500万人以上の信者がいるそうです。

夫人を伴って(独身のポールは交際相手)インドに滞在したビートルズ。
最初にジョージが興味を持ったのですが、ジョージが興味を持つ
きっかけとなったのは、パティー・ハリスン夫人(当時)がインドをはじめとする
東洋に興味を持ったことでした。

インドから最も早く帰国したリンゴは、
「インドの食事が合わない。」
ということっだたそうです。

そして、ポールも帰国。

残ったジョンとジョージが一旦帰国することになったのは、マネージャーの
ブライアン・エプスタインの死でした。

帰国後、ジョンとジョージがマスコミに
「(エプスタインの死について)師(マハリシ)は何と?」
と質問されているシーンはアンソロジーのDVDに収録されています。

ホワイト・アルバムの曲はインドで書きためられた曲も多いなど、
ビートルズを語る上でインドは避けて通れない「章」だと思います。
そして、マハリシは避けて通れない「節」でした。

あと、もしジョンが原因はともかくマハリシに失望していなかったら、
小野洋子と出会っていたかな?とふと思いました。
「イマジン」は生まれなかったかもしれませんが、ジョンはまだ
生きていたかもとも…。
>あやさ さん、

>残ったジョンとジョージが一旦帰国することになったのは、マネージャーの
>ブライアン・エプスタインの死でした。

>帰国後、ジョンとジョージがマスコミに
>「(エプスタインの死について)師(マハリシ)は何と?」
>と質問されているシーンはアンソロジーのDVDに収録されています。

この部分ですが、情報の混同があります。
エプスタインが亡くなったのは1967年8月27日です。
その2日前、ビートルズはイギリス・ウェールズ北部のバンゴアへマハリシの講義を聴くために行っていて、ビートルズはバンゴアで、電話連絡によりその訃報を聞くことになります。
そのために急遽ロンドンに帰ってきて、駅で突撃取材を受けていた様子が、"ANTHOLOGY"DVDに収録されています。
あと、"CANDY"という映画の原作小説は1958年に書かれたもので、マハリシとは無関係です。
リンゴの出演シーンの撮影も1967年に行われています。

http://en.wikipedia.org/wiki/Candy_%28novel%29
ビリー・プレストンの時もそうでしたが、妙な感慨がありますね。ビートルズ史に直接関わった人が亡くなると。
コンプリートレコーディングセッションには、「エプスタインの死去でインド行きが延期になった」とありますね。
マハリシの話で

大学がありますよねわーい(嬉しい顔)
ビ―チボーイズの
MIU て

その大学のことらしいんです。

>25.わにべとものり さん

> エプスタインが亡くなったのは1967年8月27日です。
> その2日前、ビートルズはイギリス・ウェールズ北部のバンゴアへマハリシの
> 講義を聴くために行っていて、ビートルズはバンゴアで、電話連絡により
> その訃報を聞くことになります。

全くご指摘のとおりです。
私の記憶違いでした。
ご指摘ありがとうございました。
MIU=Maharishi Intarnational University です。アイオワ州フェアフィールドにある私立大学です。
現在はMUM(Maharishi University of Management)と名前を変えています。
BEACH BOYSはマイク・ラヴとアル・ジャーディンの提案で、1977年にその大学でレコーディングを行い、翌年"MIU ALBUM"というアルバムを発表しますが、カール・ウィルソンとデニス・ウィルソンがその提案に反発してほとんど参加しておらず、足りない曲を76年作"15 Big Ones"などからのアウトテイクで補ったという代物でした。
MUMでは全学生がTMを実践することが義務なのですが、日本の私立大学も宗教団体により設立されたものが多いので、特別なことではないでしょう。むしろ、その大学が1973年の設立以来、現在も存続していることは、TMがどれだけ多くの人々に支持されているかの現れと思います。

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