ep.人魚は<箱庭>の夢を見るか?コミュのLoverLoverTimeLover

　チカテツでダブル料金を払って子供になる。うん、調子がいい。若いと新陳代謝が鬱陶しいが補って余りある。僕らは悪餓鬼だった。そう、過去形。どの程度疎まれていたかは不明。
　それとミカはこのことを、たぶんだけど知らない。高３にもなってなに馬鹿なことやってんの、と叱られるのは、正直目に見えている。
　まあそんなある時でだ。瀕死の仔犬を拾ったのが運の尽きだったというわけだ。三番目に安いシングル料金を払って大人にしてやった。首輪にはハーフコインを埋め込んで「らしさ」も出してやったしね。

　生活値化轍位発送市価局、
　国は禁錬金時代に突入した。

　そりゃあ、自国から計１ダースも科学や物理のノーベル賞が同年でりゃ、猿でもわかる法則質の指南書も出るってなもんだが、何も全面禁止にする必要はなかった。
　馬鹿みたいな安値で売り捌けば、エセインテリの不老不死研究と称したぼったくり新興宗教だってきっと流行りはしなかったのだ。
　老いを基準に局は時間を売った。だから、ダブル料金は高い。シングル料金は安い。若さとはこの国ではもはや嗜好品で、好き好んで大人になりたがる変人は、いくら安いといっても殆んどいない。

「ふむ。いささか逃避的にすぎよう」

　バルショオンズがハーフコインをチリンと鳴らしながら凄まじく渋い声でひとりごち、鼻で笑う。例の拾った犬だ。名前は某医神に由来する。通称バル。あの時は何故かヤケクソだったのだ。もう少し高いシングル料金を払うべきだった。大人というかどんな成長を遂げたら人語を喋りやがるんだ。
「なあバルー。それはいいけどこの子どうすんだよー」

　ついてきた女の子。

　所持品から一応「ybn」という名前だけはわかった。変な名だ。愛称か何かか？　まあ、まだ家に帰る気はない。あの糞姉貴ときたら、人が楽しみに名前まで書いて取っておいた色まんじゅうのパック詰めを全部食いやがって！　ミカに怒られるのは目に見えてるが俺にはやらねばならないことがあるのだ！　俺にはやらねばならないことがあるのだ！

「たいむほーるにからだがあわないの」

　どうもybnちゃんは歯切れが悪かった。言ってる内容もよくわからない。そうこうしているうちに誰かが通報したのか次第に騒がしくなっていた。曰く「逃走した少女を探せ」。畜生、馬鹿が。こんな小さな女の子一人に警邏隊まで駆り出すってのか？！
　街が夕暮れに呑まれる頃、人ははけ、僕らは次第に追い詰められていった。あんなにも鈍く輝くチカテツを見るのは初めてだ。糞、万策尽きた。打つ手なし。

「おとなになってわたしはかえるの」

　数瞬、本気でほうけた。
　先に、先に言えっての！

『そこの君たち、速やかに抵抗をやめ投降しなさい』

「案ずるなキョースケ、我々の勝ちだ」

　物語終盤で僕の名を出すな駄犬！
　げ、ハーフコイン切らしてる！
　なァんてな！
　びびって吠えるバルを無視して首環から埋め込んでたハーフコインを引きちぎる。
　コインを入れ、最安値のシングル料金。
　一番安く一番雑な劣化という名の変化。
　少女が望んだカタチ。
　劣、化？
　思わず、見惚れた。
　それは、等しく交換された世界。
　綺麗、や、美しい、といった月並みの言葉では幾ら飾っても足りない。
　少女は……否、女はクスリと笑って。



「ありがとう」



　咲くように笑って、身を翻した。
　そうして、time-holeとやらに姿を消した。
　その後僕が警邏隊にこってりしぼられたのは言うまでもない。


　これは数年後の話になるが。
　僕は法則研究室の一員として上手くやっている。
　悪くない給料に悪くないパートナー。
　ミカとひっついたのは、それこそ腐れ縁というものだろう。
　或る夜中、ポストインターホンが鳴る。
　非常識な、と眠い目をこすりながら受取許可のパストサインを下すと、ディスプレイいっぱいに浮かび上がった映像は[-yabana-]と名乗る左肩に夜顔の花のシンボルをあしらった女性だった。
　眠い頭が段々覚醒して爆ぜるよう一気に把握した。

『お元気ですか？』

　ディスプレイ越しに涙ぐんで微笑む久々の彼女に目頭を熱くしながら二度三度うなずいたとき、寝間着のまま鬼のような形相をした妻が箒を片手に仕切りのカーテンを[シャッ！]と開けたので僕が青ざめたのは言うまでもない。
　妻が箒を振りかぶる。
　彼女は涙を拭いながら、精一杯茶化すように囁いた。

『The happy timing is . . . !!』