ログインしてさらにmixiを楽しもう

コメントを投稿して情報交換!
更新通知を受け取って、最新情報をゲット!

佐雉コミュの佐雉 第12話 いかないで

  • mixiチェック
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
月日が流れて行く。
千破矢が鬼束家に迎え入れられたのは、その年の初雪が降った日だった。

その日から、小姓として甲斐甲斐しく春鷹に仕え、子弟として従順に隼人に師事し、小童として侍女たちと、むくつけし侍たちと笑う日々が続いていた。

そんな日々の先に、歳の瀬が巡ってきた。

ふと気がつくと、ひとりふたり、鬼束家から離れて行く者がいた。
みな里帰りである。
帰る故郷のある者は、年に二度、盆と正月には鬼束家から一時だけ出て行く。
誰にも彼にも可愛がられた千破矢だけに、みな、いちいち律儀に挨拶にやってくる。
その誰にも、千破矢は出来るだけの笑顔を向けて、手を振って、
「いってらっしゃい」と見送った。

いってらっしゃい。戻って来てね。待ってるからね。と。

見送る度に、寂しい思いが千破矢の胸に、雪の様に音もなく静かに積もっていく。


ある日

春鷹と隼人が夕食を共にするそばで、千破矢は仕えていた。

春鷹と隼人、このふたりは、しばしば、鬼束家にしかない言葉を交わす。
その方が通じ易いのか、あるいは他の誰にも悟られたくないのか、見当はつかない。
だが、いずれにしても、彼らのそういう何気ない振舞が、千破矢には寂しい。
所詮、自分は部外者なのだという疎外感を、どうしても感じてしまうからだ。
十鬼一族にも一族の中でしか通じない言葉や習わしがあった。けれど、それを知る者はもう千破矢以外に誰もいない。十鬼一族の最後の生き残り。自分がこの世にただひとりだけ残された者である事を、余計に感じさせられる気がする。

翌日

(あれ…?)
千破矢は、なにか妙な違和感を感じていた。
ぼんやりする様な、頭の中に靄がかかっているような、いつもならしない細かい失敗を繰り返したりした。
やたら喉が渇いて、水ばかり飲んでいた。
長い一日の最後に、春鷹が寝間着に着換えるのを手伝っていた時。
背中が痺れるような感覚の後、さぁ…と、嫌な汗が噴き出して来て気分が悪くなってきた。
なるべく早く終えて、早く自室で休もうと思ったが、思うように身体が動かない。
春鷹の半襟を外そうとして、上を向いて手を伸ばした時、くらりとした。
「…?どうした?」
春鷹は、千破矢の様子がいつもと違うのは感じていたが、急に動きが緩慢になったので、訝しんで千破矢に声をかけた。千破矢は何か言おうとしたようだが答えない。
「千破矢?おまえ?」改めて千破矢の顔色を見て、春鷹は驚いた。真っ青である。
千破矢は春鷹の半襟を掴んだままぐらりと、膝から崩れるようにしゃがみこんだ。
春鷹は千破矢に引っ張られる形で、彼も膝をつく姿勢になった。
慌てて倒れかかる千破矢を支えて、抱きとめた。千破矢の身体が熱く、胸元に触れる呼吸が忙しない。
「千破矢?!千破矢?!」呼び掛けると、うっすら目を開けたがくらりと首が傾いだ。
「誰か!急ぎ、隼人を呼べ!!」
春鷹が叫ぶと、間もなく、隼人が走って来た。
「何事だ?!」
春鷹にもたれてぐったりしている千破矢を一目見て、隼人は「貸せ」と、千破矢を抱き取り、その様子を見ながら
「どうした?何があった?」と春鷹に問う。
「いや、今日一日、様子が変だったんだが、今し方、急に倒れた」
隼人が、パチパチと千破矢の頬を軽く打ってみると、千破矢は切れ切れの息で
「お、おみ…ず…」と呟いた。
「春鷹、水だ」
「あ、ああ…」
春鷹は隼人の命ずるままに、文机に備えてある水差しを差し出しながら
(いったいどっちが殿なんだ…)と苦笑した。
隼人は水差しを千破矢の口元につけてみたが、千破矢は顔をそむける。
「いらぬのか?」
覗き込んでいる春鷹を、隼人はチラリと見て、水差しを束の間見詰めて、自分の口に含んだ。
「隼人、お前が飲んでどうす…」
春鷹の目の前で、隼人は千破矢に口づけ、そのまま口移しで少しずつ水を飲ませた。
千破矢は隼人の首にすがる様に両手をまわし、一生懸命飲み干そうとしていた。
ようやく飲み込んでからも、暫し離れようとせず、隼人がゆっくり引き離すと、千破矢は
「…もっと」と、せがむ。
隼人は千破矢が求めるままに、繰り返して飲ませ続けた。
春鷹は、何やら見てはいけない様な気がして、目を逸らせてはいたが、どうしても視界の端で見てしまう。

ふたりのその姿は、まるで、荒猛き武神と美しき天童が、天に背きながら愛し合うかのようだ。

やがて隼人は、既に敷いてある春鷹の寝間に千破矢を横倒わらせ、次いで春鷹の着替えの続きを手伝い、やがて再び千破矢を抱き上げた。
「自室に寝かせて様子を見る。今夜は俺が傍にいよう」と言い残し、出て行った。

隼人は遅番の侍女に、事情を話し、湯と、別の手桶に水と手拭い、それから綿の寝間着を用意するように命じた。
準備して持って来た侍女は
「あの…、看病でしたら、あたしたち、女にお任せくださまし」と心遣いを見せてくれた。
だが、隼人は
「いや、小童の病は夜半に急変する事もあるから、万が一の時の為に傍にいてやりたい。私は蘭学の知識もある。それに…」
隼人は、(私の気が落ち着かない)と言いかけて、言葉を選び直し、
「私には、千破矢を殿の小姓として連れて来た責任があるからな」と、優しく笑って侍女を納得させた。
侍女はうなずいて「では、もうひとつ、お寝間をご用意いたしましょう。起きたままでは、隼人さまにもお疲れが出てしまってはいけません」と、隼人の為の準備もしてくれた。
侍女は、隼人用の寝間の枕元に盆を据えて、水と、隼人がいつも愛飲している焼酎、それと、夜食にと、握り飯と小魚の甘煮を用意してくれた。
そうして最後に、熱い湯気をたてる沸かしたばかりの湯を深めの桶に入れて運んで来た。
「さ、このお湯で、お姫様(おひいさま)、あ、いえ…千破矢様の汗を拭いてあげましょう」と。
隼人は彼女の、その細かく行き届いた気配りに感心した。
が、ひとつ思うところがあって
「いや、もうここまで助けてくれれば十分だ。あとは私ひとりで大事ない。今宵はもう遅いゆえ、そなたは休むが良い」
「でも…」
「これは、命(めい)である。下がれ!」と少し強く命じた。
侍女は「…はい。では、お休みなさいませ」とお辞儀をして立ち上がり退室しようとした。
「あ、待て」
隼人は呼びとめて
「そなた、名はなんと申す?」
「お絹(きぬ)にございます」
「歳はいくつだ?」
「次の春に、十八になります」
「そうか、覚えておくぞ。ありがとう」
そう言って、互いに会釈を交わし、お絹を見送った。
(お絹か…、あれは、佳い女だな…)と、こっそり思っていた。

隼人は千破矢の帯を解き、用意された湯を硬く絞って汗を拭いてやりながら、その背中を確かめてみた。
(これは……)
左の胛(かいがね=肩甲骨)のところに、薄紅色の桜の花びらのような形をした痣がある。その数が増えている。以前見た時は、1枚だけだったのに、今は3枚に増えている。
(…?確か…これは…?)
思い出そうと考えながら、綿の寝間着を着せ、静かに寝かせ、額に水で冷やした手拭いを乗せて、様子を見守った。

やがて、千破矢のスゥスゥという寝息が耳に心地よく、ウトウトとして、しばし浅い眠りに落ちた。

ふと、
何かが、もそもそと布団の中に潜り込んで来るのを感じて、隼人は目覚めた。
はっとして、反射的に飛び起き「何者?」と布団をめくると、千破矢が丸まっていた。
ほっと、溜息をついたのもつかの間、隼人はまた心配になって千破矢に触れた。
「どうした?また喉がかわいたか?それとも寒いか?」
千破矢は隼人の方を向いて両手を伸ばし、「く…ぅん…」と、まるで仔犬が鳴くような声を出して、隼人にしがみつこうとした。
隼人が受け止めて抱いてやると、すんすんと泣きだした。
「なんだ?どうした?」

「…いかない…で…」

(なんだ?)と思う隼人に、千破矢は
「どこにも、いか…な、いで…」と泣きながら隼人の襟元を、強く強く握りしめた。

「おい、て、いっちゃ…や、だぁ…!」

隼人は思う。

この子は、たったひとり、取り残された寂しい思いを、ずっとずっと隠して来たのか…。
いつもにこにこ元気にしていても、春鷹や隼人に懐いて、侍女たちに「お姫様」と可愛がられても、心の底や隅に、ずっとずっと寂しい思いを抱き続けていたのだろうか…。
この子は、どんなに秀麗な容貌でも、速く強い太刀筋であろうとも、
人に非ずの鬼の子でもなければ、鬼神が姿をとった天童なんかでもない。
まだ幼い、親兄弟や同じ年頃の子が恋しい、甘えたい小童にすぎない。

隼人は、
我が幼い頃、嫡男として育てられていた頃、春鷹が産まれ、その遊び相手が出来るまでの歳の頃に想いを馳せた。
次代を継ぐ嫡男だからと、両親から引き離され、先代の玄烏の元で暮らした日々。物ごころつく頃から覚えた孤独感。掴みどころない不安。どうしてあんなに寂しかったのか。

隼人は、思わず千破矢を強く抱きしめた。
抱きしめながら、己の胸が潰れる思いがした。


http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1371827308&owner_id=9223751&org_id=1370971655

コメント(1)

今更読み返して思うんだけど

春鷹くん、どんだけ ぞんざいに扱われてるんだ、と。
これ、お殿様の待遇じゃねーよなー(苦笑)

ログインすると、みんなのコメントがもっと見れるよ

mixiユーザー
ログインしてコメントしよう!

佐雉 更新情報

佐雉のメンバーはこんなコミュニティにも参加しています

星印の数は、共通して参加しているメンバーが多いほど増えます。

人気コミュニティランキング