ログインしてさらにmixiを楽しもう

コメントを投稿して情報交換!
更新通知を受け取って、最新情報をゲット!

左腕の金魚コミュの _千代

  • mixiチェック
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

 また千代が泣いている。彼女はいつも泣いている。俺は彼女が赤ん坊の頃から知っているから間違いない。
 千代はちいさい頃から体が弱くて、気の弱い女の子だった。その上家は貧乏でまともに栄養を摂れない彼女の体はガリガリなので、近所の子ども達は寄ってたかってからかった。そんな日は千代はいつも押し入れの上の段の隅っこでわんわん泣く。それをみて俺はいつも涙は枯れないものだな、と感じていた。
 からかわれて泣いた次の日の千代は決まって抜け殻になる。おっかさんがご飯を作っても、大好物の干し柿を目の前にだされても、千代はうんともすんとも言わないのだ。きっと彼女の魂は黄泉の国に行ってしまっているのだろう。俺にはわかる。千代は何度も死んでいる。
 死んで戻ってきた千代は相変わらず、困ったように笑いながら俺と遊ぶ。そして口癖のように 「 きみだけがわたしの友達だねえ 」 と言う。語尾が消えるように伸びて、聞き取りにくいのが彼女の話し方だ。それも近所の子ども達は真似してからかう。大人でさえ、千代のハッキリしない話し方を毛嫌いする。だけど俺はその話し方が嫌いじゃない。それに俺と千代は気持ちを声にしなくたってわかりあえる。
 だから俺にはわかる。千代はこの世をどれだけ憎んでいて、消えてしまいたいか。言葉や態度には出さないものの、彼女は本当にたくさんのものを憎んでいる。それを食べるのが俺の役目。千代の魂の9割を占めている憎悪を食べる。ちなみに彼女の魂の残りの1割は大好物の干し柿。本当に千代は干し柿が大好きなのだ。
 俺が千代の魂を食べ続けることで、彼女が抜け殻になっていく時間が長くなる。いくら憎悪だけを食べたって、所詮は魂を食べていることに変わりはない。もう千代の魂は残り僅かだ。俺が食べなければ死なない。だけど代わりに俺は消えてなくなる。それはとても怖いことだ。それ以上に俺は千代と一緒に遊べないのが淋しい。だから決めた。俺が消える、と。
 その決意の次の日、俺は千代の前から姿を消した。だけどいつも千代が見えるところに隠れようと思った。それからの千代は俺を必死に探した。雨の日も、強い日差しの日も、むしむしした曇りの日も、ずっとずっと。そんな健気な千代を俺は影で見守りながら、心の中で 「 はやく俺を忘れてくれ 」 と叫んだ。
 満月が何回訪れたのだろうか。もう既に体は限界に達していた。魂が食べたくてたまらない。 「 千代の魂が食べたいなあ 」 呂律がまわらない口でそう呟くと、意識がなくなっていく。視界がぼやけて夜空が、満月が、万華鏡のようだった。この風景が最後だというなら、なんて綺麗な死に方だろう。その時、視界が真っ暗になった。 「 きみがしんじゃうの、ちよはいやだあ。ち―よ――べていい―あ 」 不意にあった焦点でやっぱり千代は泣いていた。
 朝日で目が覚めた。覚めたことがおかしいはずだった。俺はあの時死ぬはずだったのに。確かに俺は最後に千代をみた。千代が泣いていた。 「 千代を食ったのか、俺は 」 そう千代が言った。俺が発したかった言葉を。ああ、そうか。千代は、千代は、








「 ちよがたべてていいかなあ 」









俺を食ったのか。



_

コメント(1)

ログインすると、みんなのコメントがもっと見れるよ

mixiユーザー
ログインしてコメントしよう!

左腕の金魚 更新情報

左腕の金魚のメンバーはこんなコミュニティにも参加しています

星印の数は、共通して参加しているメンバーが多いほど増えます。

人気コミュニティランキング