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7days,7flowersコミュの無題

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彼女は、部屋の隅から隅まで、斜めに縦に長い紙をころころと、トイレットペーパーのように転がして、あの日に至るまでの出来事を順に書き出して行った。

彼が中途採用で入ってきた、のが出会い。出会いもなにも、その時はその顔にも体にも何の印象もなかったけれど。彼女の勤める会社は部署が違うと殆ど顔も見ないくらい関わらなくなることが多いので、経理の彼女と営業の彼は、月に一度の経費精算の時くらいしか言葉を交わすことはなかった。とても、事務的な。

「今月、遅くなってしまって、ごめんなさい」
「あぁ、良いですよ、営業さんですし。昨日まで青森だったんですよね」

彼がある時水色の、デニムのシャツにチノパンという軽装で現れた日があって、彼女は「今日は外に出ないのだろう」と思った後に、「この人、実はかっこいいのか?」と思った。のが、彼女が彼を意識した最初の日。

「ねぇ千枝ちゃん、営業の根岸さんって彼女いるとか知ってる?」
「あーあの人結婚してるよ、お子さんも2人いるし」

これが、2番目に印象に残った日。と、同時に、印象を消し去った日。へぇ、結婚してるのか。それはだめだ。

筆を進めるにつれ、細かい、ほんとうにどうでもいいことまで、忘れていたようなことまで思い出してきた。お手洗いの前ですれ違ったとき、微かな香水の香りがしたこと。たまたま一緒に執務室に入るタイミングで、彼がドアを開けて待っていてくれたこと。

彼女はどんどん書いていく。
時系列が多少狂ったとしても気にしない。矢印で辻褄を合わせたりする。

ある日、2人が勤める企業の商品展示会があって、営業である彼はもちろん、彼女も受付に駆り出された。
何を話したのかは殆ど覚えていないのだけれど、その時初めてと言っていいくらいきちんと相対して接したので、彼の背の高さと肩幅の広さに気がついた。後姿を眺めていると、形の良いお尻をしていた。彼の汗をかきながら接客をしている姿を眺めながら、彼女は「この人は綺麗なかたちをしている」と思った。その日、何度も、何度も。

彼女はその日から彼についての妄想を始めることになった。お風呂に入っている時、夜眠る前、休日の朝目が覚めて暫く布団の中にいる間。あのかたちに触ってみたい。大きな体に包まれてみたい。あの細い長い指で耳たぶを掴まれてみたい。

普段敬語でしか話さないから、その最中も敬語で何か言われたりするんだろうか。あの人のほうが3、4つ歳上のはずだけど。気が遠くなるくらいいやらしいことを、普段会社で話すみたいに敬語で囁かれてみたい。

でもそれは彼女の頭の中の枠をはみ出すことはない。その妄想はぞくぞくする程甘くて魅力的だったけど、殆ど接点もなく喋ったこともない人と、まして既婚者で子どもまでいる人と、とか考えるまでもなく、それは彼女独自の趣味のようなものだった。

趣味を乗り越えたのはどちらとも言えなかった、と彼女は思っている。

なぜかあの展示会の日から、彼女が妄想を始めるようになってから、時折顔を合わせると彼は彼女に、特に人懐こい態度を見せるようになった。犬が飼い主に、とまではいかないにしても、かなりお気に入りの近所の人と散歩の最中に出会ったような様子で笑顔を見せた。

彼女はそういう時、不思議なくらい、妄想のことを思い出さなかった。話し終えて彼が去った後に、「わたしあの人にあんな妄想を…」と内心でのたうちまわることはあったにせよ、現実の彼と妄想の中の彼とは結びついてはいなかった。

「冴木さん、なんか最近疲れてますねー。眉間にシワ寄ってるけど、平気ですか?」
「違うんですよ根岸さん、あの、ちょっと、聞いてもらってもいいですか?」

こういうよくある感じで、彼女は会社に対する不満、不安をひとしきり聞いてもらった。その時たまたま社内に残っていた人間が少なかったので、彼女の隣の席に彼が座り、身を寄せ合うようにして小声で言葉を交わした。

「待って待って、そういうことならさ、一回飲みに行きましょうよ。早く戻れる日、メールするんで。もし良かったら、ですけど」
「あ、ぜひ!色々営業さんに聞きたいことがあって」

彼女はほぼ反射的に「そういうのではない」と言い聞かせていた。のみに、って言ってたけどごはんだけってこともあるし、会社の近くでどこか行くことになるだろうし、2人だけどそれは私が相談したいって言ったからで、そういうんじゃない。そんなわけないし。

彼はそれ程間を空けずにメールを寄越した。社内のイントラで、

「今日早めに戻れそうですけど、どうですか?」

という文面。が来たので彼女は思いきり赤面しそうになるのを必死に押しとどめた。だから、そういう、ことでは、ない。現に社内メールからきてるし。ってか社内メールしか知らないからなんだけど。

その後業務外のやりとりになるからということで互いのメールアドレスと携帯の番号を交換し、会社から10分程歩いたところにある創作イタリアンの店に入った。店員が「まだそんなにお客様いらっしゃいませんので」と言って4人がけのテーブルを使わせてくれた。目の前に、いる。

「いいお店ですね」

少し目元をほころばせたその表情、やめてほしい、と彼女は思った。なんでもない、本人も何の意識もしていないただの表情に、自分の瞳が吸い寄せられてしまうのがわかるから。



つづく

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