眠れぬ夜の物語コミュのFW*美容室の片隅にて

「ねぇ、本当に切っちゃっていいの？」
「うん、バッサリいっちゃってください｡」

あぁ～あ、もったいないなぁ。
腰まである長い髪。
大抵はここまで伸ばす前にうっとうしくなって切っちゃったり。
手入れが大変だからやっぱり切ろうってなったり。
はたまた、伸ばしているのはいいんだけど手入れが行き届いてなくてバサバサだったり。
微妙に癖があったり。
ともかく、ここまで長くて綺麗な髪、滅多にお目にかかれないんだけどなぁ。
女としては憧れないでもないんだけど・・・。

それを今、切ろうとする人物が一人。

高校の頃の後輩。
河野未崎その人である。

高校の時に一緒に過ごしたのはたった一年だったのだけれど。
なぜか・・・奇妙なことに、妙に馬が合ってしまった。
それ以来、私が卒業した後もちょくちょく会ってはいたのだけれど。
ここ最近、何か悩んでいたと思えば、今日、唐突になにやらさっぱりした表情で。
『髪切って～、先輩！』
とのたもうた。
まぁ、私は美容師見習だし、カットモデルなら問題ないかなぁと、店長のお許しも出たのはいいんだけど・・・・
ここまで伸ばした髪を切ろうというには少々唐突過ぎはしまいか？

「ねぇ、本当に切るの？」
「ですから、切ってくださいって言ってるじゃないですかぁ。」
「う～、もったいないなぁ。
　それじゃ、切るよ？
　後で戻してって言っても無理だからね！」
「は～い。」

シャキ・・・

ついに鋏の第一刀が入る。

パサリと音を立てて床に落ちる髪。
不揃いになった長い髪の束がなんだかちょっと痛々しい。

うぅ・・・・もったいない・・・・

思わず泣きそうになりながらも鋏を動かす。
未崎はといえば穏やかな表情で目を閉じてじっとしている。
何か思いつめた感じでもないし・・・まぁ、問題ないかなぁ。

そうは思いつつも、心配してしまう。

これはもう性分だから仕方ない。
ごちゃごちゃ考えるより聞いてみるに限る。

「ねぇ、何かあったの？」

カットが一段楽したところで未崎に声をかける。

「え～、なんで？」
「いや、急に髪切るなんてさ。
　前から散々カットモデルになってって頼んでたのに、来てくれやしなかったのに。
　ようやく来たと思ったら、"バッサリいっちゃって！"でしょ？
　心配にもなるわよ。」

それだけ言い終えて、また、カットを始める。
私の台詞に複雑そうな笑みを浮かべつつ。
な～んか嫌な汗をながしつつ。
なにやら考えている様子。
それでもじっとしているから、まぁ、お客さんとしては良質だねぇ。

「あはぁ～、まぁ、やっぱり気になるよねぇ・・・。
　風花おねいさまぁ、このことは見なかったこ・・・」
「見なかったことになんてしないからよろしく。」
「・・・・・・もう、気分ってことで流してくれればいいのに。」

そういいつつも、すでに穏やかな顔に戻って目を閉じている。
ん～、本当にそれほど深い悩みってわけでもないのかな？

「本当はあまり言いふらしたいことじゃないんだけどね・・・
　昨日、好きな人に告白してふられちゃった。」
「へぇ・・・・・
　・・・・・
　？　　　　　　」

あ！
あぶな・・・・
今、事態を理解した瞬間、変なところに鋏入れるところだった｡

「今時、失恋で髪切るかぁ！
　古風なやつだね。
　あぁ・・・やっぱり切るんじゃなかった～
　もったいないなぁ、あんな長くて綺麗な髪そうそうお目にかかれないのに！」

というか、未崎ふるなんていい度胸してるじゃない！
許すまじ！
髪のかた・・・・もとい、未崎の仇、はらさでおくべきか！！

「ん～、まぁ、でも・・・。
　それはきっかけで、前から切ろうかとは思ってたんだけどね。」
「え～、そうなの？」

・・・・・
"ふられた"という割には、"失恋"っていうような重苦しい空気はなくて。
むしろ、何かさっぱりしたような。
そんな、穏やかな声。

その声に、少し毒気を抜かれてしまう。
ふられたのに、さっぱりしているとはこれいかに？
・・・・まぁ、私も恋愛経験多い方じゃないからなんとも言えないけど。
少なくとも、私は振られた後にこんな穏やかな表情は浮かべられない。

「ん～、ふられたのに、なんでそんなさっぱりしてんの？」

そんな私の質問に、未崎は照れたような苦笑を浮かべて質問を投げ返してくる。

「それ、こたえなきゃだ・・・」
「ダメ」

もちろん即答だ。
・・・いや、まぁ、本当は聞かなくてもいいことなんだろうけど。
やっぱり、ここまで来たら気になるというもの！

「う゛～、そうだね・・・」

そこまで口にして、いったん言葉を切る。
また、表情は穏やかなそれにかわって。
そこにかすかに浮かべた微笑が、未崎の表情を、少し大人びたものにしていた。

「結果としてはふられたんだけどね・・・
　告白してよかったとは思ってるんだ。
　彼女、いないっていうのはわかったし。
　思い続けるにしろ、終わるにしろ、区切りはついたしね。
　それに・・・
　思った通り、優しい人だって・・・わかったから。」

そんな風に語る言葉は、やっぱり私には理解できないものではあったけど。
ただ、立ち止まることなく、前を向いて歩いていこうとする意思が見て取れた。

こんな表情をする未崎を、私は知らない。
こんな言葉を口にする未崎を、私は見たことがない。

多分、彼女の中で"何か"を変えてしまうほどに。
彼女にとって、この失恋は"良い"ものだったということだろう。
・・・・失恋話なのに、なぜか、そこはかとなくのろけられた感じがしてならない。

「はぁ、心配してそんした・・・・」
「むぅ、人の恥ずかしい話、根掘り葉掘り聞いた感想がそれですか？
　ひどい！ひどいわ先輩！私をもてあそぶなんて！！」

微妙にいやんな台詞を返してくる辺り、まだまだ余裕あるなぁ、この子。

未崎が経験した失恋は、どんなものだったのだろう。
気にはなるけれど・・・・。
そればっかしは聞けないな｡

それは未崎の物語であって、私の物語ではないのだから。

ブォォォォォォォォォォ

ドライヤーで洗髪した髪を乾かして、ワックスを使って髪形を整える。
最後に軽く首周りの切り屑を払って終わり。

「はい、終わったわよ。」
「ありがとう、先輩。」

そう言って振り返った未崎の顔を見て少しびっくり。
我ながら改心の出来とは思ってたけど。
未崎、このくらいの長さの方が似合うなぁ。

「それじゃ、先輩、私、行きますね。」
「あ・・・、うん、それじゃぁね。」
「は～い、先輩も、幼馴染さんとがんばってくださいね！」

少し、未崎に見とれてた私に、そんな言葉を残して美容院を出て行こうとする。

「あ～、もう、余計なお世話ですよ！」

・・・・・。
がんばれ・・・か。

あの子もがんばって自分の物語を紡いだのか・・・・・・

切った髪を片付けながらその量に嘆息する。

これが、あの子がふりきった"何か"の重さ。
それは彼女の"物語"の重さでもある。

がんばれ・・・ね・・・・・。
もう一度未崎の言葉を反芻する。

はてさて、私の物語の結末は、どうなることやら・・・・・。