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宇宙と人間と病コミュの研究発表しました(2)

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【6】 立証 
 
 いくら目には見えない世界とはいえ、立証できるものは立証しながら実績を重ねなければ、結局は自己満足だけで終わることになりかねず、意味がないことと捉えています。
数値や結果などで表す、残すことが藁をもすがる思いの病み苦悩している方々の選択の参考にもなり、また第三者の予見可能性にも広がりでき、信憑性も深まると推測しています。
 私のこれまでの実践で学んだことが、例えば全て正解であったとしても何一つ立証するすべが無ければ、体験や経験の皆無の人には常識的な感覚の脳は理解しようとしないでしょう。
 現在は施術を通してご協力願える方には検査結果の数値が書かれたもののコピーや体験談を残していただいたりしていますが、やはり説得力のある方法は原因不明・医学的に改善が見られないなどの病を回復・改善させることしかない、また可能なことであるならば医師や科学者、それなりの専門分野の方々とタッグを組みながら立証したいという願望もあります。
また私は、病の原因がその方の魂に複雑に絡まっていると判断した時には祈ることがあるのですが、さて、それが目に見えない霊魂に伝わったのか、本当に霊魂に聞こえているのか? 
 それらを確かめるためにオーブといわれる写真も撮るようになりました。「そこに居るのなら写れ、私の思いを受け止めたなら写って応えろ」、そう思いながらシャッターを切ると写り込みます。見えないモノとの意思疎通や、その存在の確認のために写真を利用するようになったのです。祈りのエネルギーを入れると丸い形から菱形に形を変えることもあります。

 ぼやけたような写真ではなくハッキリと写り込み、恐ろしいほどの数のオーブが一度に写ることもあります。その写真の数も優に200枚は超えていると思います。
しかし普段、何も考えず撮影すると写りませんが、私も人間ですから、その時の私のバイオリズムによっては写り込んだり、または霊魂側の訴えとして写る時もあるようです。

{A} 2012年9月突然の豪雨に異変を感じ撮影したもの。祈りを込めると菱形に変わった 1枚目、2枚目 
   
{B}2012年12月 霊体を呼び撮影 3枚目  
{C}2013年1月 ある場所から憑いて来た霊体(貼り込めないので割愛)
        
 このように確認のため意識的にオーブ写真等を撮影はしますが、元々は霊魂や何らかのエネルギー体というモノは生きている人間とは次元も波動も違うはずですから、無意識での写り込みは本来おかしいと私自身は推測しています。

 要は、ラジオのAMとFM局を同時に聞けないのと同じようなもので、意識もしないのに妙なモノが頻繁に写り込むのは、その人間が持っている波動や魂の次元がそれらと共鳴しているということだと考えています。私はその時だけ意識的に同調させているので、共鳴とは大きく意味が違います。ですから無意識の状態で頻繁に写り込むのは、私の見解からすると何事も要注意時期、危険、または何らかのサイン(合図)と捉え、その人間が何かしらに気が付かつかなければならない時だと捉えています。
 
 また最近ですが、自分のエネルギーを立証するために雲を消す実験もしてみました。まだ実験始めなのですが、小さな雲なら1分ほどで消すこともできます。{動画}


【7】 霊魂と病と輪廻転生の関連性 

 人間は生まれて長年身体を使っていると生活習慣や加齢により様々な機能が衰えていくことになりますが、それとは別に施術中に霊魂との会話で得た「魂の世界」からの観点で病と輪廻について解説したいと思います。

 私の施術も万能の魔法ではありませんので、やってみないと病の回復という結果になるかどうかは計れませんが、医療機関へ長期間懸っているにも関わらず、それでも改善、回復しなかった人が私の所へ来られる場合が殆どです。それが100%の確率でなくても、その確率が上がれば上がるほど「霊魂の世界」が現実にあることを立証することになると私は考えています。

 様々な方と関わった私としては、目で見える科学や西洋医学だけが全てという考え方はある意味危険だとも懸念しています。生きている人間同士ですら、その心を肉眼で見ることはできません。身体が無くなり逝くべき所へ行けなかった霊魂は不浄霊となり生前の自分自身の思考や想念に一気に縛られてしまい、ましてや、すでに身体が無いのですから生きている人間のような進歩や回復もなく、死因となった痛みや、その時の感情や辛労もそのまま残るわけです。

 そして、生きている時のように身内や知り合いの側にいるのに「気づいてすらもらえない」「身内に自分の存在を知ってほしい」「伝えたいことがある」などの何らかの理由で生きた人間の身体にベッタリとへばりつく。そうなるとそれらは、次元(波動)の異質な人間には負のエネルギーとなり、邪気となり、また、その人の身体の弱い部分や弱った部分に溜り易く、それが溜まってくると徐々に病の原因に繋がっていくと推測されます。

 また、見えない世界のモノは、前世の自分が殺めた者が自分の魂にシミのようにへばり付いて恨みを持ったまま側で祟っている者、成仏できていない先祖や水子、また急な事故などで亡くなり、それすらも分かっていない浮遊霊や自縛霊、諸々の動物、蛇のような爬虫類まで様々です。肉眼では見えない霊魂も、生きている人間や動物の魂も「魂の世界」から見ると1つの魂には何ら変わりはないのですが、生きている人間は体質的にそれが分かる人とそうでない人がいます。
 
 動物の中でも自分のペットの犬や猫などに霊魂が入り込むこともあります。ペットが飼い主を思う愛情からなのか、飼い主の代わりに邪気を受けて病気になってしまう、突然死んでしまったというペットの霊魂が出てきたこともあります。
人間の魂は、人生をいくら真面目に懸命に生きていても懸命ゆえに知らず知らずに余計な心癖や埃が付いてきます。
 例えば、真っ白な布も時間が経てば少しずつ黄ばんでくるような、そんな感じです。それが自分の身体の弱い部分に溜まりやがては病になる。この観点で考えると魂にまだ埃の少ない幼児や動物が1度の施術で劇的に変化し易いのも納得できる結果です。

 いずれにしても殆どの霊魂は負のエネルギーの要素を持ち、生きている者にとっては良いモノではありません。突然の体調不良や病など、結果的には病院へ通っても原因不明や改善しないなどの原因を含んでいるともいえます。善悪に関わらず、誰の近くにも霊魂は存在していて生きる人間には分からない、気づかないだけで「魂の世界」は間違いなくあるのです。

 人間の魂は輪廻を繰り返しながら魂を磨き、学び、また、前世で犯したその罪の清算や、やり残したことなどを全うしようと何度もこの世に舞い戻ってきます。実際に私はおびただしい数の霊魂といわれるモノとの会話の中で徐々にそれらを知りました。
 
 大体は表面に現れると私を罵倒することが多いですが、中には助けて欲しくて出てくる霊魂もいます。憑依されている人間の口を借り、私と生きた人間のように会話もします。

 私は暴れようとする得体の知れないモノをねじ伏せ、痛みや傷を癒し、また諭しながら事を進めてゆきます。霊魂も生きた人間と同じように痛みがあると浄土へ帰れないようです。

 一般的に使われる言葉でいうところの除霊(その場だけ祓う)といわれるものではなく、浄霊(浄土へ帰す・癒す)です。これまで戦ってきた霊魂の数は正確には数えたことはありませんが、8年間で優に1000体は越えていると思います。この数も私が意識的に移行したのではなく、カウンセリングや施術中での突然の豹変に仕方がなく戦わなければならず、いつの間にか病を改善・回復するための施術がこのような形になってしまったのです。

 憑依している霊魂は様々ですが、会話の中で霊魂は浄土へ「上がる」とも言いますが、「帰る」とも言います。この発した言葉の意味が、生きた人間が知るべきである霊魂(魂)の世界の鍵であり全てなのだと思います。私たちは皆、身体が無くなれば魂の故郷へ帰るのです、いや、苦しみが続く不浄霊などにはならず帰らなければならないのです。そこは生きた時のような金銭や環境また地位や名誉など何の役にもたちません。物質的にも、どんな苦しみにも縛られることのない魂の故郷、その場所が懸命に生きてきた人間の魂の本当の居場所なのです。
しかし、ここで私が最もタチが悪いと感じるのは、自分を神、仏と偽り人間に憑依し、少しの不思議を見せ、感じさせて{自分は特別な人間だ}と勘違いさせて人間を操り、惑わせている動物霊や悪霊です。このようなモノは私との力比べが始まります。

 霊魂はその身体が無くなっても生前のように物事を考えることもします。ただ自分の生前の想念や思考に縛られていることが多く、性格や気質などもそのままのようです。しかし、厄介なのは憑依した人間の思考や感情を読み取ることができますので、その人間の弱点(煩悩)に浸け込むのがとても上手いのです。ましてや神、仏のフリができる悪霊ならば、人間に憑依することにも慣れてもいますし、祈祷や除霊から逃げる術を熟知しています。生きた人間のように思考もありますから、嘘も上手く、憑依している人の身内のでもないのに身内の霊魂のフリをしたり、居なくなったフリや、生前に呪術を使っていたものは霊魂になってもそれを使うこともあるのです。
 
 これらの事は目の当たりにされた方でないといくら言葉でご説明しても説得力がないと思いますが、その様を全て録音したものもあります。40年間憑依で翻弄された60代の方です。

 人間は誰もがいずれ死を迎える日が必ず来ます。目に見えない「魂の世界」も自分が逝けばいずれは全て理解することなのです。自分の生まれた環境や自分の身に降りかかった不条理な出来事の意味、そして、自分がなぜ生まれてきたのか、なぜ輪廻するのかの意味です。「魂の世界」を知れば知るほど、見えない世界から見れば、私たちは紙一重のところで生かされているということを知ります。
 昔の人が「お天道様はお見通し」という言葉を残していますが、霊魂は側で全てを見ています。私たち人間は目に見えない「魂の世界」は神話や空想の世界で現実には有り得ない世界、もしくは有るとしても、どこか他人事で自分の死というものを直面するまで真剣に考えることなく、そんな世界の話など自分は興味ない、関係ないと思い「魂の世界」には「一定の法則」のようなものがあるにも関わらず、殆どの人間が何も知らず気づかずに生きているようなのです。自己中心的な考えの人間が増えた理由でもあるのだと思います。
 
 人間は目に見えるものだけを信じようとしますが、真実の世界では身体があろうがなかろうが、全ては自分の作りだした想念に縛られているのです。
 そして現在、生きている人間もいずれは今の身体から離れなければならない時が必ず来るのです。生きている間にそれらを知ることにより自分を悔い改めることも、悪い心癖を正すこともでき、それらは誰のためでもなく全ては自分のためなのです。この真実を知ることにより霊魂という存在になった時に迷わずに済むということを霊魂と関わり実体験で学び、確信いたしました。


                         (無断転載厳禁)

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