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考える糧ゴリーコミュのニーチェと我々のニーチェ「像」について

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前に、を地蔵さんに「ニーチェは人気が有るのか?」と聞きましたところ、
ひょっとすると一番人気ではないかいう答えが返ってきました。
我々はニーチェをどの様な人物だと考えて居るのでしょうか?

こちらはニーチェの著作の中の文を格言としたものです。
http://jpfax.com/Nietzsche.htm

こちらは今年発売された本で、同じようにニーチェの著作から
『現代人のためになるものを選別した』ものです。
http://www.amazon.co.jp/%E8%B6%85%E8%A8%B3-%E3%83%8B%E3%83%BC%E3%83%81%E3%82%A7%E3%81%AE%E8%A8%80%E8%91%89-%E7%99%BD%E5%8F%96-%E6%98%A5%E5%BD%A6/dp/488759786X

>本文より:
>「自分を常に切り開いていく姿勢を持つことが、この人生を最高に旅することになるのだ」
>「今のこの人生を、もう一度そっくりそのままくり返してもかまわないという生き方をしてみよ」
>「死ぬのは決まっているのだから、ほがらかにやっていこう。
>いつかは終わるのだから、全力で向かっていこう」
>「喜ぼう。この人生、もっと喜ぼう。喜び、嬉しがって生きよう」


こうしてぶつ切りにして一部を取り出すと、ニーチェは人生について、
とても前向きに思考した人物であると思えます。



ところが、私の持っている本に拠りますとこうです。
『近代批判−これはもとより『偶像の黄昏』の終わりの方にある節の見出しなのだが、
 ニーチェの著作の構想全体もこのタイトルの元に容易に集約されるだろう。』
(フェリーとルノーの「証明の必要が有るものに大した価値は無い」というタイトルの論文から。)
ニーチェが全ての著作でほぼ一貫して保った姿勢は
近代に対する徹底された反対(憎悪?)であるとされています。

ニーチェまた、「新-伝統主義」者であって、
伝統主義を宗教的なものから政治的なものへと転換した人物だという評価です。
はっきりと簡単に言えば、ニーチェの思想は
ナショナリズムに行き着かざるを得ないものとされています。

他にも色々とありますが、徹底した唯美主義者であり、
科学を非難し、真理を拒否する人物であり・・・・・・
もっとも重要な事は、民主主義を破壊してカースト制のようなヒエラルキーを創造することを
熱望する人物とされている事です。

もし、事情がこの様だとするとしたら、
我々がニーチェを好きで居られることはあまり無い事ではないのでしょうか。

コメント(216)

「言葉というものは、それが意味しているものとの関係から言えば、もともとが比喩でしかないのだ。
真の事象の代わりに、時の流れの中に音の像を鳴り響かせているに過ぎない。
つまり、言葉が何かを完全に表現し尽くすなどということはありえないのだ。
言葉は、それが見た際立つメルクマールをただ強調しているだけのものに過ぎない。」
(フリードリッヒ・ニーチェ)


こういうニーチェの認識は素晴らしいと思います。
>>[172]

ニーチェは永劫回帰というのを、
「似たような外的事象が何度も何度も何度でも繰り返される」
と言ったのではなく、
「寸分違わぬ外的事象とそれを受けとめる寸分違わぬ自分の気持ちの両方ともが、何度も何度も何度でも繰り返される」
と言ったのではないでしょうか。
男性には映画監督タイプと俳優タイプがあります。監督タイプは理想が高く独創性が高く、社会の設計図を描く。俳優タイプは独創性はないが独創性に憧れ、設計図のなかの歯車になって胸を張る。筋の通った理屈は異常にすきだが自分で考えてその筋を通すことを知らない。矛盾を指摘されるとむーっとし、昔に、役に立つ!(実用)と感動したことをいつまでも続けている。本当はどうすればいいかとまで考えが回らないひとです。
「Ich denke.(我思う)ではなく、Es denkt.(それが思う)という非人称的言語空間に生きたニーチェは、
晩年ブルクハルトとコジマに宛てて次のような手紙を書いている。
(中略)
右のような〈私〉は表層意識においては確かに非合理と言わざるをえない存在者だけれども、
それはあくまでもデカルト的理性を基準としての非合理であって、
この手紙に出てくる仏陀もキリストもシーザーもナポレオンもプラドーもレセップスも、深層意識においては決して非合理な〈私〉ではなく、
多様化された主体としての〈私〉において共存しているのである。」

(丸山圭三郎『言葉と無意識』より)
>>[183]

もちろんニーチェは、同時代のヨーロッパの知識人たちが仏教を知っていたように、仏教に出会っていたし、仏教について深く検討していましたよ。
私たち日本人のほとんどが仏教と出会い、仏教を知っていながら、ひとりひとりが仏教について考えているイメージが違うように、
ニーチェにもニーチェなりの仏教理解があった。
それは存在するすべてを相対的な価値しかないものと見るニヒリズムと、
それゆえの現世否定、涅槃志向だ。
しかし、こうして理解された仏教とニーチェの考えとはニヒリズムにおいて重なるが、ニーチェ自身は現世を絶対的に肯定せんとする点、したがって現世以外に涅槃や来世に一切の期待をいだかない点で仏教と自分の哲学はわずかに異なると考えた。
ニーチェにおいて特徴的ないくつかの点から、それらのどれに着目するか、どれに一番シンパシーを感じるかというのは、人によりさまざまだ。
ある種の人たちは、ニーチェが人々の拠って立つ無意識的な基盤をひっくり返したその大胆不敵にいたく感動して、ニーチェと同じように人々がまるで当たり前のようにのほほんと寄りかかっているものを蹴っ飛ばすことこそ、真の哲学的行為だと思っている。
>>[187]
>反キリスト教

神とか天国とか彼岸とかいったものはすべて、現実生活の中で現実的な力を発揮しえない者がこれら空想物に権威を持たせて真の強者をずる賢く引きずり降ろすための道具立てであったに過ぎない―――そう考えるニーチェの見方は、キリスト教を本当に長いこと、当たり前の思想信条としてきたヨーロッパ人や、その他すべての宗教擁護者たちの足元を突き崩そうとするものですが、
やはりインパクトはあっても一面的な見方であるように僕は思います。
ただ、深く考察してみるだけの価値は失わないだろうと思います。
コメント192 の◆管理メモ◆ を削除しました。このコメントと、次のコメントに書き直します。
このニーチェトピックも、数年前も、自分なりに調停しようと苦心してあちこち出かけたりしたトピックでもありました。
差別に関するコメントも削除しないで残しておけばよかったかもしれませんけど、、、だけど、理解の表明はしてくださいました。
また、同時期の「哲学が好き」のトピックとも、連動しています。このトピックも、最近、何人かの人達から半年以上の蒸し返しがあった問題の鍵となるトピッ
クです。
おさむさんからも、教えて戴きましたし、蒸し返しがなされていたコメントの大半は、私も確認いたしま
した。
(続きます)

(続きます)
>>[188]

ニーチェについての一つの解釈だろうとは思いますが、僕がニーチェの文章を読んでいて感じるものと比較すると、随分ニーチェに優しい解釈であるようにも思います。
僕は何かもっと手厳しく、残酷でさえあるような肌触りをニーチェの文章から感じてしまいます。
>>[193]の◆管理メモ◆の続きです。
このトピックも、数年前も、自分なりに調停しようと苦心したトピックでした。
公平でありたい、託された願いを大切にしたいとあちこちで努力していたこと、また、その管理判断が間違いであったとは思ってはいませんけど、、、

そして、配慮と良心という意味において、私にはその選択しかなかったのではないかと、
今でも思っています、、、

でも、ほんのほんの僅かだけでも経過をオープンにし
ていたならば、、そういう気持ちもあります。申し訳ない気持ちがあって、、

すみません。力不足をお詫びいたします。
配慮してのコメントの削除もありました…草創期から
「差別」や「偏見」という問題に、とりくんできたコミュニティでした。

このトピックの最初の頃も、「哲学が好き」の その頃のトピックとも連動しています。無視の虐めを受けて
いた頃に、たててくださったトピックです。
その後も、いろんなことがありました。

このトピックを含め、コメントし、対話してくださったたくさんの方達に感謝の思いでいっぱいです。

それから、私が間違っていたことも やっぱりあったか
もしれません。私は、情に流され過ぎていました。
翻弄されてもしまいました。
そういう面はありました。

本当にそうでした。誠実で正直に対応してくださった いろんな方にお詫びしないといけないかもしれません。すみませんでした。

コミュニティが、落ちつきましたら、もう少し 受け入れやすいシステムもと、考えています。

復帰してくださる方達も歓迎いたします(*^^*)

前もコメントしましたが、以前のハンドルネーム、別のハンドルネームなどを 私に告げても告げなくても どちらでも構いませんので。

よほどの攻撃的な行為が繰り返されない限り、お聞きしていても、私からは、絶対に明かしません。

まだ、*コミュニティを一からはじめます*に、着手し始めたばかりの段階です。
大切な宿題を たくさん、し残しています、、、。

『 管理人の伝言板トピック(外の方にも)』
というトピを
2016年11月27日に、立てました。

現管理人〇永遠
( 続きます)
すみません。続きます。
哲学者の人気ランキングというものがあれば、ニーチェは間違いなく最上位に来るだろう。ブログで検索をかけてもヒット数がけた違いに多い。ニーチェの言葉に共感する人がそれほど多いということなのだろう。

一般的に、ニーチェの言葉から「自己の無制限な肯定」というメッセージを受け取る人が多いようだ。たいていの人は絶えず何かしら抑圧を受けている。ニーチェ自身も、偏狭なキリスト教主義や学界のアカデミズムから大きな抑圧を受けていた。そして憎む、正しさを振りかざしながら自分に迫ってくるものを、そして見抜く、彼らの無能かつ狡猾さを。

人々は自分の見ている光景をニーチェの視点と重ね合わせて共感しているのである。しかし、ここで一つ注意しておかなくてはならない。彼の視野の中にいる卑小で無能な人々の中に自分自身が含まれている可能性があるということである。

「自己の無制限な肯定」というメッセージを自分への励ましのように解釈している人がいるが、これは大きな間違いである。彼のメッセージには他人を励まそうという意図は全くない。彼にとっては他人への思いやりや優しさなどというのは美徳でも何でもない、ただの欺瞞である。そして、他からの励ましを必要としている人間などというのはその時点でクズ同然である。

彼は弱い人間、頭の悪い人間、卑しい人間が嫌いなのだ。とくに、弱くて無能なくせにそれを逆手にとって、卑屈さを前面に押し出しそれをさも正当であるかのようにふるまう、狡猾な人間を特に憎む。つまり、キリスト教徒のように、本当は自分が弱いからであるのに、それをおくびにも出さず、「汝の敵を愛せよ」などというおためごかしの正しさをかざし、(その正しさにおいて)相手より優位に立とうというような人々のことである。

「自己の無制限な肯定」というメッセージの本当の意味はこうである。

本音を堂々とさらけ出し、実力勝負で行こうやないか

なにをしても良い、自分は無制限に肯定されている。もし人を殺す必要があるのなら、その必要性をごまかすことなく殺してしまえばよい、そういうことではないのだろうか。
>>[199]

>なにをしても良い、自分は無制限に肯定されている。もし人を殺す必要があるのなら、その必要性をごまかすことなく殺してしまえばよい、そういうことではないのだろうか。

そうだとしたら、何をしてもよい、したいことをしたいようにしたらよいのだというなら、
「弱くて無能なくせにそれを逆手にとって、卑屈さを前面に押し出しそれをさも正当であるかのようにふるま」ったり、「キリスト教徒のように、本当は自分が弱いからであるのに、それをおくびにも出さず、『汝の敵を愛せよ』などというおためごかしの正しさをかざし、(その正しさにおいて)相手より優位に立とう」とすることも、何ら忌避される理由などないのだということにはならないでしょうか。
>>[200]

個人的には私もそう思いますよ。ただ、ニーチェはそうは考えなかったということです。

神が死んだなら、制約するものは何もない、というのがニヒリズムです。そこには何の指針もないはずです。あらためて自分の格率を打ち立てる基準はもう外部にはない、自分の内部にしかないわけです。それが力への意志ということでしょう。つまり、強さ、美しさ、賢さを追及して自分を肯定的に高めていくというわけですね。そして、ニーチェにとっては、その肯定的要素には「雄々しさ」や「高貴さ」というのも含まれているのだと思います。 ニーチェは自分を貴族の末裔だと信じていたようなので、「卑屈」などというのはネガティブで忌避すべきものだと考えていたのだと思います。
>>[201]

そうすると、ヨーロッパ人の精神を長らく支配してきたキリスト教の神が蹴り出された後は、まったくの無秩序やカオスを別にニーチェは望んでいたわけではなく、それなりの新たな倫理が誕生すべきことを望んでいたが、その新たな倫理においては殺人、殺戮は「雄々しさ」や「高貴さ」から何ら外れるものと考えられていない、ということでしょうか。
>>[202]

ニーチェとナチスのナチスの思想の関連性についてはよく言われてますね。彼の考え方には、そのような要素があったことは間違いないことだと思います。

しかし、ニーチェがもしユダヤ人虐殺を実際に目の当りにしたら、それを正当化したかどうかは分からないと思います。彼の倫理観は多分に感覚的で、ち密に練り上げられたものではないような気がします。彼は鋭い感性と超一流の文学的才能に恵まれていましたが、哲学的な論理性についてはあまり大したことないというのが私の印象です。
「なにをしても良い、自分は無制限に肯定されている。もし人を殺す必要があるのなら、その必要性をごまかすことなく殺してしまえばよい」

ニーチェの思想には間違いなく上のメッセージが含まれています。まともに読めばとても危険な思想が含まれているわけです。、白鳥春彦さんの「ニーチェの言葉」はあまりにも「健全」すぎる解釈でしょう。

危険でありながらある種の普遍性を持っている、それがニーチェだと思います。北斗の拳のラオウはひたすら強さを求める冷酷非情な男だが、そこに「高貴さ」を見出す若者も多い。ニーチェの人気の高さに通じるものがあります。
>>[204]

ニーチェには、殺人の歯止めとなるような倫理観はなかった、その部分への感性は見事に欠落していたか、あるいはまさか殺人なんてゆうものが自分の人生の真面目な問題になることなど決して無いという無意識の前提がその哲学にも反映していた、ということでしょうか。
それとも卑劣な犯罪としての殺人よりも、雄々しい戦争における敵の殺戮だけがニーチェの脳裡を占めていた、ということでしょうか。
>>[205]

私には分かりません。あなたはどう思いますか?
>>[206]

ニーチェ個人は、たとえ誰かを激しく憎むようなことがあったとしても、その相手を自分は殺したってかまわないのだという哲学は持っていなかっただろうし、
したがって人を殺してやりたい気持ちを行動化するレベルまで膨らませるようなことはなかったんじゃないかと想像します。
その意味では、殺人に対する嫌悪は一定程度、持っていたし、それを支える形の個人的倫理観は育み持っていたと想像します。
ただ、ニーチェが楽しみとする所の直観的な哲学や空想に入り込むと、もはやニーチェの心情は市民的視野から大きく遊離し、歴史とか民族とかがうごめく雄大な戦いの視点で殺し合いも考えられるばかりだった、
ということがあったんじゃなかろうかと想像するばかりです。

コメント192 の◆管理メモ◆ を削除しました。このコメントと、次のコメントに書き直します。
このニーチェトピックも、数年前も、自分なりに調停しようと苦心してあちこち出かけたりしたトピックでもありました。
差別に関するコメントも削除しないで残しておけばよかったかもしれませんけど、、、だけど、理解の表明はしてくださいました。

また、同時期の「哲学が好き」のトピックとも、連動しています。このトピックも、最近、何人かの人達から半年以上の蒸し返しがあった問題の鍵となるトピッ クです。

おさむさんからも、教えて戴きましたし、蒸し返しがなされていたコメントの大半は、私も確認いたしま
した。
(続きます)

>>[193]の◆管理メモ◆の続きです。

このトピックも、数年前も、自分なりに調停しようと苦心したトピックでした。
公平でありたい、託された願いを大切にしたいとあちこちで努力していたこと、また、その管理判断が間違いであったとは思ってはいませんけど、、、

そして、配慮と良心という意味において、私にはその選択しかなかったのではないかと、
今でも思っています、、、

でも、ほんのほんの僅かだけでも経過をオープンにし
ていたならば、、そういう気持ちもあります。申し訳ない気持ちがあって、、

すみません。力不足をお詫びいたします。


配慮してのコメントの削除もありました…草創期から
「差別」や「偏見」という問題に、とりくんできたコミュニティでした。

このトピックの最初の頃も、「哲学が好き」の その頃のトピックとも連動しています。無視の虐めを受けて いた頃に、たててくださったトピックです。

その後も、いろんなことがありました。

このトピックを含め、コメントし、対話してくださったたくさんの方達に感謝の思いでいっぱいです。

それから、私が間違っていたことも やっぱりあったか
もしれません。私は、情に流され過ぎていました。
翻弄されてもしまいました。
そういう面はありました。

本当にそうでした。誠実で正直に対応してくださった いろんな方にお詫びしないといけないかもしれません。すみませんでした。

コミュニティが、落ちつきましたら、もう少し 受け入れやすいシステムもと、考えています。

復帰してくださる方達も歓迎いたします(*^^*)

前もコメントしましたが、以前のハンドルネーム、別のハンドルネームなどを 私に告げても告げなくても どちらでも構いませんので。

よほどの攻撃的な行為が繰り返されない限り、お聞きしていても、私からは、絶対に明かしません。


まだ、*コミュニティを一からはじめます*に、着手し始めたばかりの段階です。
大切な宿題を たくさん、し残しています、、、。


『 管理人の伝言板トピック(外の方にも)』
というトピを
2016年11月27日に、立てました。

現管理人〇永遠
( 続きます)
すみません。続きます。





.
>>[207]

>ニーチェ個人は、たとえ誰かを激しく憎むようなことがあったとしても、その相手を自分は殺したってかまわないのだという哲学は持っていなかっただろうし、

どういうところから、そのように判断したのでしょうか? 
私には、ニーチェのテキストは、「殺す必要があれば殺してもよい。もし殺したいのならば、むしろ殺すべきだ。」と語っているように読めます。

[203]で 「しかし、ニーチェがもしユダヤ人虐殺を実際に目の当りにしたら、それを正当化したかどうかは分からないと思います。」と述べたのは私の推測です。
>>[209]

トピックを立てるように勧めていただいたので、ニーチェに関するトピックを立てようと思いましたが、すでに古いトピックがあったので、それを活用した方が良いと考えました。
>>[210]

>どういうところから、そのように判断したのでしょうか? 私には、ニーチェのテキストは、「殺す必要があれば殺してもよい。もし殺したいのならば、むしろ殺すべきだ」と語っているように読めます。


う〜ん、そうですかあ。確かにニーチェのテキストによっては、むきだしの焼けつくような敵愾心や他者否定が感じられるものも多いですが(それこそニーチェのルサンチマンでしょうか)、
あれほど思索世界に浸り、執筆に情熱を傾けた人は、本心の本心では他者を殺害するなんてことは考えていなかったんじゃないか、と僕は希望的に想像します。
もちろん僕はニーチェの著書にしろ遺稿にしろ全てに目を通したわけではないので、御坊哲さんのおっしゃるように、ニーチェは自ら人殺しも辞さないという信条に立っていたか否か、本当にはわからないのかもしれません。
>>[211]
そうだったのですか。ニーチェでもいいし、ニーチェも入れた、もっと広範囲のテーマでもいいですので新しくトピックを立てて、そちらにコメントをお願いいたします。
急いでいませんので、トピックは、ご自分のペースで立てられてください。
管理人◯永遠
>>[212]

>あれほど思索世界に浸り、執筆に情熱を傾けた人は、本心の本心では他者を殺害するなんてことは考えていなかったんじゃないか、と僕は希望的に想像します。

上の言葉は、哲学的にはあまり意味はないですよね。私も、本音ではニーチェはひ弱なインテリだったと想像しています。だから、「しかし、ニーチェがもしユダヤ人虐殺を実際に目の当りにしたら、それを正当化したかどうかは分からないと思います。」と想像を述べたのですよ。そこのところを根掘り葉掘り尋ねられても困ります。すべて想像にすぎませんから。

ニーチェは自己欺瞞というものを否定しているわけですから、もし人を殺したいと思っているなら、「殺すべき」となるのは自然の流れでしょう。
コメント[199]で、ニーチェの思想を、「本音を堂々とさらけ出し、実力勝負で行こうやないか」という言葉で表現してみた。

一応ことわっておくが、本音をさらけ出すのは自分自身に対してである。「自己の無制限な肯定」とは自分をごまかさないということでもある。自分の本性を決して否定しない、この延長上に「人を本当に殺したいなら殺すべきである」が含まれている。

これは大げさでも何でもなくて、その通りの意味である。ニーチェの思想はそれほど危険なものを含んでいるのだ。「人を元気づける」といったような穏当なものではあり得ない。

彼はキリスト教のモラルを突き詰めて、結局それらは偽善であると断罪するのだが、そこまで突き詰めて考えるのなら、どうして偽善が悪いのかということも突き詰めなくてはならないような気がする。偽善を悪として言いたてるニーチェの姿は、そのまま神の愛を振りかざすキリスト教徒に重なり合う。

ものごとを突き詰めていけば必然的に虚無に突き当たる。私のような無神論者だと、その時点で善悪そのものがなくなってしまう。しかし何らかの価値基準は必要であるから、それは自分自身の本性に求めるしかない。世界を自分の欲望によって解釈しようとしたニーチェはその点において間違っていない。

だとしたら、もうニーチェは伝道師のように人々にお説教すべきではないだろう。キリスト者の偽善を認めることができないのなら、「俺はお前たちの嘘くさい正義がうっとおしい。失せろ!」と怒鳴りつければいいだろう。そして、もう少し大人でいたいのならば、口には出さず腹の中で「可哀そうな偽善者達、でも俺は勝手にやらせてもらうぜ」と思っていればよかったのではないだろうか。

饒舌なニーチェの著作の行間には、「私を理解してほしい」という懇願がにじみ出ている。それは描かれている内容の雄々しさに似つかわしくないような気がする。

ともあれ、私は私自身のことが畜群の中の一個体として描かれている彼の著作を受け入れるわけにはいかない。
>>[215]
管理人◯永遠です。ご自分のトピックを立ててニーチェについて語ってください。>>[213]
すみませんが、これ以降のコメントは削除します。

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