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古銭屋つむじ同好会コミュの第十四話

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『福禄ニ神の巻』

「じゃあ行ってくるぜ」
「お龍さん、一人で大丈夫ですかね?」
「なに言うてはんの、こっちには姫ちゃんもおるさかい心配無用です」
つむじと益田は最近の貨幣事情を知るべくと言う程の事でもないのだが、明日から東京で開催される『東京国際コイン・コンヴェンション』へ足を運ぶ事へとしたのである。
計画当初は旅費代等の問題でつむじ一人での渡航であったのだが、さすがに足の臭いだけの益田と言えども、この地域密着型の古銭屋でお龍と二人きりでの留守番は根も葉も無い噂の火種になると懸念し、何とか無理言ってお龍に路銀を拝借し、つむじのお供をする事としたのである。
この町の住人は全てお龍のファンなのである。
「なんや今年は国立印刷局工芸官の凹版彫刻の実演もあるんでっしゃろ?ゆっくり見ておいでやす」
「別に興味はないがね...」

なにかと賑やかであった店内に静かな空気の塊がズシリと乗りかかる。

「姫ちゃん、今日は暇やろうから猫言葉でもゆっくり教えてねぇ」
「ニャ?」
「お猫さんの言葉や。ちゃんと教えてくれたらあんたの食べたい物をきっちり用意出来ますよってにな」
「ニャー」
本来、『意志の疎通と言語』と言うのは『水と油』のように相反するものであり、幾ら互いに言葉で納得し合えても実際に理解し合えているとは言い難く、今も世界中で起き続けている戦争もそう簡単には納まる物では無い。
しかしながら、既にこの二人の会話は十分成立しているようである。

「あらっ!いらっしゃい、美代ちゃん。朝から早いね、学校お休み...?あっ、今日は日曜日やよねぇ...」
「姉さん、おはようございます。今日はつむさんとおじさんどっか行ったらしいって...鶴ばあさんから預かって...」
「地獄耳やねぇ。ほんで、煙草屋の鶴さんがどないしはったって...あっ、いらっしゃいませ!...ちょっと美代ちゃんまっててや...」

「はい、そんでんなぁ...ほな2.000円頂いときまひょか。おおきに...」
お龍は『桐一銭青銅貨並年並品』と日本銀行券D号2.000円券、通称守礼門2.000円とをさらりと交換する。
「ブニャ...」
姫は一旦大きな目を見開いたが、『桐一銭青銅貨』を大事そうに懐にしまい立ち去った哀れな客を見送りつつ、大きな欠伸をした。

「堪忍やで、ほんで鶴さんがなんやて...あっ、いらっしゃいませ!堪忍、ちょっと待ってや...」

「はい、買い取りですの?そんでんなぁ、記念硬貨は額面通りでしか取り引き出来ませんよってに...へぇ、1.000円どすなぁ...」
お龍が奄美群島復帰50周年記念1.000円銀貨を何の罪悪感もなさげに日本銀行券E号1.000円、通称野口英世1.000円とを交換した時点で、姫は重たい体をゆっくりと起こし神棚の上から店のカウンターへと寝床を移す事とした。
あまりにも不平等な交換にこの店の評判が地に落ち、姫自身が食いっ逸れてしまうのを案じての事である。

「さっきからバタバタして堪忍堪忍...。ほんで鶴さんがなんやて?あっ、いらしゃい...」
「まいどー、豚々党でーす!」
「あら、細田さん...今日は出前頼んでませんよ」
姫はボテっと床に飛び下りて岡持に鼻を擦り付けている。
「そない言いはらんでも...なんや今日は珍しゅう旦那はんとその子分が居てはらへんのでっしゃろ?しゃあさかい陣中見舞いにね...」
細田はニヤニヤしながら岡持から大皿を一つ取り出しながら姫にアジの干物を一匹渡した。
「お猫さーん、今日は唐津産でっせ、ゆっくり食べてや!」
「ヴニャニャ...」
姫はアジの干物をくわえながら細田に礼を述べると、嬉しそうに尻尾をパタパタ振りながら奥に消えて行った。

「それにしてもこれは何ですの?カレーライスにも見えるけど、下は炒飯ですなぁ...」
「ええ、豚々党の人気ナンバー10のメニュー『トルコライス』でんがな!」
「はぁ...」

ここで細田の言う『トルコライス』とは九世紀のトルコ文化に肖り、西洋、アジア等の食文化を一つの皿に盛り付けた物である。
ドライカレー、トンカツそしてナポリタンが一つの協奏曲を奏でるのが『トルコライス』の神髄であると、長崎県民は主張しているらしいのではあるが、百歩譲ってトルコ共和国に行ってもこの『トルコライス』にありつく事が困難であると言う事を付け加えておく。
発祥は長崎、神戸と今も尚対立は続くものの、西から東へ伝えられて行くうちに抜擢される具材が変化して行き、大阪では炒飯にカレーが主流となっている。
更に文化は日本列島を北上し、ロシアまで遡れば『白米』に『梅干し』を乗せて『茶』を注いだものを『トルコライス』と呼ばれる日もそう遠くないであろう。
ちなみに『白米』に『梅干し』を乗せて『茶』を注いだものを日本では『梅茶漬け』と言う。

「お龍さん、そう言えば桜の通り抜けのミントセットを入荷したそうでんなぁ?今日はそれを買いに来たでっせ!」
「そうどしたん。それはそうと細田さん、うちの人から『龍一円銀貨明治7年後期荘印打』を買うたらしいんやけど...アレ実はうちのお気に入りやさかい買い戻したいんやけど、どないなもんです?」
「へぇ、やっぱりそうでしたんかいな...。いやぁ、旦那はんは気前良くこっちの出前商品と交換してくれはったさかい、エエ取り引き出来た思て喜んでたんやけどな...うへへっ」
細田は吐息が掛かる程、お龍に顔を近付けて目をギラギラさせている。
「幾らか支払ろうたら譲ってくれます?」
「い...いやっ、支払いとか関係ありゃしまへんねん...へへっ」
「そうどすか...」
「いや...その...」
細田は更にお龍に顔を近付け、彼女の手を掴みゴクリと唾を飲み込んだ。
美代は串かつ屋を営む両親が準備中の間に良く見ている『昼のドラマ』を思い出しつつ、額の汗を拭っている。
お龍は顔を少し斜に傾け、逸話に登場する雪女のような微笑みを浮かべ細田の目をジッと見た。
途端に細田の全身から汗が吹き出し始めた。
「エエ取り引きやと喜んでくれてはるんやったら構へんのどす。ミントセットどしたね...」
お龍はスルリと手を引くと、ガラスケースの中から例のミントセットを取り出した。
「いやっ、お龍さん!ちゃいまんねん!ホンマは...」
「さっきまでは嘘で、今からホンマの話聞かせてくれはるんですの?」
「うっ...いや...あの...」
お龍の如何様にも取れる微笑みに何故か美代はちり紙を手に取り、機転のきくベテラン従業員の如くガラスケースに付いた幾多の手垢を拭き始めた。
「造幣局に来てはった人らの話では今年は大得年が三枚も入ってるらしいて言うてはったから...、そやねぇ...いつも『うちの人』がお世話になってるよってに...今回だけ特別に¥15.000で構しまへんえ」
「グァッポグァッポ...」
奥で姫がアジの干物を咽に詰まらせている。

ここでお龍の言う『大得年』とは造幣局が年ごとに発行した枚数で極めて低い発行数の貨幣を指す。
ミントセットが発売される時点ではその年の発行枚数の発表は無く、消費税の導入や電子マネーの普及等の要因を踏まえ、予め造幣局の発行枚数を予測しミントセットを買い占めるマニアや業者も時には現れるが、そのような予測は殆ど当らない。
しかし爆発的な『現行貨幣の特年』、所謂『昭和62年50円白銅貨』の含まれる62年の貨幣セットなら定価1.900円が容易に10倍の値で取り引きされる事も稀ではない。しかしあくまで結果論に過ぎないのであるのだが...。

「へぇ、いよいよ誰もがカードで物を買う時代が来るって話しでんなぁ!男、細田太志、ここは押さえておきまっせ!」
「おおきに、ほなどうぞ」
お龍は細田にミントセットを差し出した。
「ちょっと待って下さい。今、手持ち無いよってに、後で持って来まっさかい!」
細田は額の汗を拭うと岡持をひっさげ、素早く店から立ち去った。

「美代ちゃん、お腹空いてへん?うちさっき朝ご飯食べたばっかりやさかい、冷めへんうちに奥でこの『何とかライス』よばれててねぇ」
「姉さん、ホントにイイの?」
「うち、今日は何かご飯食べる時間ないような変な胸騒ぎがしてんねん...」

お龍この言葉を最後に夕方近くまで引っ切り無しにお客が途絶える事がなかった...。
つむじとはまた別の鼻が効くのであるのか否かはまた別の話である。

「美代ちゃん、堪忍やで!エライ待たしてもうたね。ほんで、今日は何やて...?」
「うん、鶴ばあさんからコレを...」
「まいどー、豚々党でーす!」
お龍と美代は顔を見合わしたが、互いの腹の虫が大きく鳴き出した事をきっかけに細田の岡持に
目をやった。
ちなみに美代はまだ小学生の食べ盛りである。
「陣中見舞いとミントセットの代金持って来ましたよー」
「また...陣中見舞いって...」
お龍は朝から何も口にしておらず、ついつい細田の顔など一切見ずに左手をミントセットの代金催促に出し、右手を岡持に掛けている。
美代も昼時に『トルコライス』を堪能したもののさっさと岡持の前でしゃがみ込んでいる。
勿論、姫の両前足はお龍が開けた岡持の中にスッポリ納まっている。

お龍は細田の支払った¥15.000をちらりと確認しそのままガラスケースの上に置くと、岡持に納められた器をガラスケースに置いた。

「あらっ、また『何とかライス』やおまへんか?こっちは豚足のドンブリですか...、美代ちゃんどっちがエエ?」
「私はもう一度『トルコライス』がいいっ!」
「へへっ、嬉しい事言うてくれまんなぁ!豚々党の『トルコライス』は人気でっさかいな!ほな、あっしはこれで失礼させてもらいます」
「へぇ、おおきに。細田さん」
「後で、器さげついでに何ぞデザートでも持って来ますよってに!」
お龍は豚足の太い骨をゴクリと飲み込んでしまった。

「やっと一段落やね。ごめんやで美代ちゃん。ゆっくりご飯食べた後、そのなんや、鶴さんの言づて聞くさかいな...」
そこへまたガラガラと扉が開いた。
「いらっしゃいま...あらまぁ、珍しい。これはこれは『池田スタンプ』の池田さんやおまへんか。申訳ないんどすけど、今見ての通り食事中ですので、冷やかしやったらお引き取り願えますか...」
「ほうほう、これは威勢のエエこっちゃで。ここは客を選ぶ店らしいで!のぉ、聞いたか?」
「聞きました」
池田とその手下の男は目を見合わせ、大きく高笑いをした。

ちなみに『池田スタンプ』とは隣町の切手専門の貨幣商であり、全国に数店鋪の支店を持ち、最近では各種商品券や格安航空券など手広くその商いを広げ、ここ関西方面では深夜の36chでお馴染みのCMが連日流れている。

『古銭なら〜売るのも買うのもイ・ケ・ダ!百枚持ち込み即キャッシュ!(池田と全従業員)〜信頼と真心の池田スタンプ...経験豊かなスタッフが貴方のお宝、鑑定致します(ナレーション)』
つむじは毎晩、晩酌をしながらこのCMを見ては大笑いをしている。
『おい、聞いたか益田君!古銭のコの字もわかんねぇ池田が何ホザイてんだろうね』
『聞きました』
『笑えるなぁ...』
『いや、確かに笑えますが、ビタ銭に法外な値を付けて無垢な子供達を騙くらかしているコイツ等には一度、きっちりと人の道と言う物を...』
『待て待て、益田君。それは大きなお世話と言う物だ。売る方、買う方双方が納得して交渉が成立しているんだ。もし騙されたなら己の不徳と致す所だぜ』
『恐れいります』

お龍はつむじと益田のいつもの会話を思い出し、小指でそっと目尻に溜まった涙の雫を拾い上げた。
つむじが出て行ってまだ10時間位しか経過していない事を付け加えておく。

「うちのお店はお客様を選びません。そうどしたら話は別どす。いらっしゃいませ、今日はどないな御用件で?」
お龍は箸をピシャと丼に乗せ、すーっとその丼を横にずらし池田の目をじっと見つめた。

「今日はワシのコレクションの中から一つ、ここの古銭屋に下取って貰おうと思ってなぁ...しかし生憎、貨幣の事を分かる者が今日は誰一人おらんらしいから、また日を改めて来るわ」
「ひゃっひゃっひゃ!社長、そんな言い方したら身も蓋もありゃしまへんがな!ひゃっひゃっひゃ!」
つむじが居ない事を町の噂で知った池田は、日頃客の間で伝説の如く呟かれている『古銭屋つむじ』を店主が居ない隙に偵察に来ただけで、既に店内を観察し終えた彼は、手下の男と店を出ようとしていた。

「ふん、どれにも値札一つ付いてへんのぉ...。こりゃ、単なる博物館や...帰るで」
「ちょっと待ち...アンタ等の背中...」
「何や、奥方。ワシら忙しいよって失礼させて...」
「アンタ等の背中...向かいの工務店が見える程、透き通ってますえ...」
池田とその手下はキャトンと目を合わし、再び大きな声で高笑いを始めた。
「いやいや、奥方に超能力があるんでしたら、別の商い紹介しまっせ!」
美代はジロリと二人を睨み付け『トルコライス』を頬張りながらグニャリとスプーンを曲げた。

お龍は立ち上がり、カウンターの外へ出た。
「うちは今日、あの人から店を預かってますねん...。その重さを知ってますねん。今、私がアンタ等を何もなしで帰したら...うちはあの人の看板に泥を塗る事になります。どうかお願いします...アンタ等は今日、うちのお客様になっては頂けないでしょうか...」
お龍は床に額を擦り付け...土下座した。
美代は天井を見つめながら曲がったスプーンを器用に使いながら再び『トルコライス』を食べ出した。
姫はイライラしながら柱をカリカリしている。

「ほぉ、噂通りええ度胸しとる。ならお客として...今日はこれを買い取って欲しいと思ってな...」
池田はゆっくり懐から和紙に包まれた一枚の貨幣をカウンターの上に置いた。

「へぇ...丁銀どすな。見た所...安政でっしゃろか...」
「こりゃ驚いた...。奥方はんもなかなかなエエ目持ってまんなぁ。そこでや、今日はこれを買い取って貰いたい思てな」
つむじの代役として大見得を切ったものの、実際にこの丁銀を幾らで買い取るのが妥当かは見当も付かない。
そこへまた扉が開いた。
「つむさん居ないんだって...」
宿無し五郎である。
「あら、いらっしゃい。五郎さん...今、ちょっと立て込んで...」
「うん、見れば分かるよ。池田さんにお龍さんか...。おもしろい面合わせだね...」
五郎はカウンターの丁銀を見ながらニヤりとした。

お龍はじっとカウンターの上に置かれた『安政丁銀』を見据えている。
「わかりました...10万...」
お龍が10万円での買い取りを池田に伝えようとした刹那、姫がカウンターに飛び上がり、前足でチョンと池田の丁銀を弾いた。
隣には先程細田が2006年ミントセットと引き換えに置いていった15.000円が置いたままである。

「おいおい、デブ猫...こいつは君がどうこうしようと言うおもちゃやないんや!...シッシッ!」

お龍、美代そして五郎は互いの目を見合わして言葉に出来ない何かを確認している。

「えっ...と、池田さん所では10万円位で売りに出されます?...ふ〜ん、うちならどないなもんですかね...」
「ワシに聞かれても困るんやで、奥方はん。買うんか買わへんのかどっちや...こちらとしては20万位で譲ってやってエエんやけどな...」
美代は微笑みながら先程突然曲がってしまったスプーンを念力で元に戻そうとしている。
「美代ちゃん...忙しい所、悪いんやけど、奥のちゃぶ台の新聞広告の上にある重石取って来てくれへん?」
「うん...でもちょっと待って...エイっ!」
美代は慌てて立ち上がり、戸襖を開けちゃぶ台の上の重石を取りに行く。
『トルコライス』の皿の上にはピンと伸び切ったスプーンが残った。

暫くすると美代はちゃぶ台の上にあった『文録石州丁銀』をお龍に手渡した。
『しゃ...社長...アレ...本物でんがな...』
『や...喧しい...ワレは黙っとかんかい...』
池田とその手下は脂汗を拭いつつ、ヒソヒソと会話している。

お龍は池田の持ち込んだ『安政丁銀』とちゃぶ台にあった『文録石州丁銀』を両手に乗せ、目を閉じた。

姫はの交互にお龍の両手に鼻を近付けながら、尻尾をピンと張っている。

お龍は目を開くと静かにその二つの丁銀をカウンターに置いた。

「池田さん...確かにこの丁銀、うちで買い取らせて頂きます。ただし...」
お龍がその二つの丁銀から手を放した瞬間、姫が一枚の丁銀を池田に向かって激しく弾いた。
カランカランと高い音を立てて、その丁銀は池田の足下へ転がっていった。
「何しくさるんじゃ、このブタ猫がぁ!」
池田の手下は声を荒げて、姫を罵った。
「待たんかい...まずは奥方はんの話を聞いてからじゃい...。で、幾らで買い取って貰えるんかいな?」
「せっかくこんな汚い店にご足労頂いた事も考慮に入れまして...」
「ほほぅ...で、なんぼじゃい?」
手下の男は今にも暴れそうな勢いである。
「100円で買い取らせて頂きたいと思いますが...如何でしょうか?」
「ワレ、何考え取るんじゃ!」
怒りに震えた池田の手下がお龍に飛びかかりそうになった瞬間、五郎がその男の首根っこを掴んで外に引きずり出した。
「奥方はん...お龍はん言いはったかいな...。まずは部下の非礼を詫びよう。堪忍や...。で、なんでこれが100円なんや?納得のいく説明を聞かせてもらおうかいな...」
「へぇ。うちは..私は古銭に関する知識なんぞ皆無どす。せやけど、二つの丁銀を比べたら明らかに別物と言う事はわかります」
「勿論な意見やけど、そもそも文録と安政...違って当然やないんか?」
「いいえ...そんな話やおまへん。まず刻印が全然甘いし...そちらの丁銀は何やら鉛の匂いがしますよってに」
「これは一本取られたな。今回はワシの負けや。さすが石井潭香の末裔と噂される事はある。今日はエエ物みさせて貰ったで。加納君にもよろしゅう伝えといてくれ。『ワシの会社は大きく成り過ぎた...これからの古銭屋の未来を君等に託すで...』ってな」
「うちの人はそんな話聞いても『俺はただ、古銭の歩きたい所に橋をかけてやるだけだ...』って言うだけですよ」
「姉さん、つむさんの真似そっくりっ!」
「はははっ...そうだったな。加納君はそんな男だった...」
お龍と池田の一戦が一段落した頃、顔に大きなアザを作った池田の手下が転がり込んで来た。
「おう、綺麗なアザを頂いたもんだな。だらしない...帰るぞ」
「しゃ...社長、待って下さいよ!取り引きはどうなったのですか!」
「ワシの負けじゃ。取り引きは中止。お前からもこのお龍はんにワビ入れとかんかい...」
「納得出来ませんよ!この丁銀、あの猫のお陰ですっかりキズ物になってるやおまへんかっ!」
雁作の丁銀ではあるが、落ちたはずみに見るも無惨にくの字変型している。
真贋はともかく、大切なお客様が持ち込んだ貨幣にキズを付けた事にお龍と姫は目を合わせ、そしてうなだれた。

「損害賠償じゃいっ!何やエエ気になっとたらイテまうど!コラッ!」
五郎は入り口で腕を組みながら少し困ったような表情を見せている。
「今回の件はこっちに全ての非があります...買い取らせて頂きましょ...10...ま...」
お龍は姫をジロリと見つめながら姫のダブついたお腹の皮を摘んで舌を出した。
「姉さんちょっと待って!その丁銀の『ガンサク』貸して!」
美代はお龍からくの字に曲がったその丁銀を両手で包み、背筋を延ばして目を閉じた。
「エイっ!」
美代はそのまま池田の手下に丁銀を手渡した。
「あれ...元に戻っとる!社長、どないします?」
「お嬢ちゃんに礼言うて...帰るぞ」
「は...はい...。何か分からんけどおおきに...」
池田と大きなアザを作ったその手下は深くお辞儀しながら、店を後にした。

「美代ちゃん、おおきに。アンタ超能力とか...」

「まいどー、豚々党でーす!」
お龍と美代はため息をついたが、姫はため息では無くゲップをする。
「もう営業終わってはるんでしょ?こんな遅い時間まで器を下げにきはるの?」
「いえいえ、約束のデザートでんがな!豚々党ナンバー9の人気メニュー『豚デココ』でっせ!皆さんでお召し上がりください!おっ、五郎も居ったんかい、遠慮無く食べていけよ!」

お龍は何ごとも無かったように食べかけの『豚足丼』を細田に突き返した。

「えらい待たしたなぁ。ほんで、美代ちゃん...今日は何用やったっけ?」
「そうそう、朝一番で鶴ばあさんからこれを預かっててん...『商売繁昌のお守りに持っときなはれ...』って」

美代はポケットから取り出した一枚の古銭を鶴ばあさんのことづて通りお龍に手渡した。
『福・録.隆・昌』と鋳造された通称『福録ニ神』と呼ばれる絵銭の中でも中々稀な逸品である。

ここで言う『絵銭』とは江戸時代、通貨とは別に民間の間で鋳造された古民芸のひとつであり、子供の玩具や信仰上のため作られたと言われる。
しかし、中級以上の貨幣マニアの中では立派な貨幣であり、マニアの中では現在も高額での取り引きが行なわれているのは必定。
ちなみに『福録ニ神』は現存数も極めて少なく現在では100.000円前後の取り引きになる程である。

「あらあら、福禄寿さんが二人も居はるんやね。この神様は『鶴』を従えて庶民に福と禄を与えて下さる有り難いもんなんやで。それを鶴さんがうちに...?」
「私も家で店番頼まれて売り上げ落ちたら落ち込むもん。この町は男が偉そうな顔してるけど、女同士頑張ろうって事じゃないの?」
「へぇ〜、それにしてもこの絵銭は御利益あるんやね...。うち、毎日こんなに忙しくて神経使こうたら一週間ももたへんわ...」
お龍は額の汗を拭いつつ、閉店の準備に掛かり始めた。
美代と五郎はお互いの目を見合わせて首を横に傾けた。

「姉さん...いつもこんな感じでお客さん来てるよ...ねえ五郎さん?」
「うん」

お龍はびっくりした表情の中で、つむじの事を感心しつつ、もう一方では余りにも届け出がない営業日報について、後日取り調べを行なう事を誓うのであった。

コメント(3)

やっぱり、かけひきは女性の方が一枚上手ですね。
鉛製の丁銀に重さではなく、においで気付くところが良いですね。
お龍さんには参ったよ。
>こはねさん

レス遅れてごめんなさい!って・・・

もう、約2年も経ってしまっている・・・

あまりにも枯渇したコミュだったもので、本当に申し訳ないです。

しかも、当時発見していたら、かなりアゲアゲで2章に取り掛かっていたかもしれません(汗)

あれから月日が経ち、またレベルアップした見地から復活させたいと日々考えております。

その際は応援よろしくお願いいたします!


>mrf454さん

ほんとに、凄いペースで読んでいただいて恐縮です。

貨幣史的な駄目だしをmrfさんに一任して、校正後に自費出版で(共同組合にブーム促進事業として費用を拠出して貰いたいのですがw)なんとかしたいですw

かなり図々しい話ですが(笑)

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