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古銭屋つむじ同好会コミュの第十三話

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『2006年桜の通り抜けミントセットの巻』

「いやー、おはよう、益田君っ!よく寝たぜ」
「あぁ...つむさん、おはようございます...」
益田は朝から膝の上から一歩も動かない姫を抱き上げ、つむじに差し出した。
「おはよう、姫君。どうだいこっちの朝は?旨そうな雀がわんさかいるだろ」
つむじは益田の横にドカッと腰を降ろし煙草に火を付けた。
夕べはこの三毛猫『姫』を酒の肴に明け方近くまで酒宴が繰り広げられ、少々二日酔いぎみのつむじではあるが、嫌がる姫をものともせず彼女の肉球を弄り続ける。
「あのぁ...」
「おい、益田君。今、何時だい?」
「へ...へぇ、正午を180分程回ったところですかね...」
「そうかい、まだ...ん?って事は3時じゃねえか、どうりでさっきから腹の虫がうるせぇと思ったぜ。おいっ、お龍っ!何か喰う物ねぇのかー?」
つむじは戸襖を勢い良くガラッっと開け、大きな声でお龍に呼び掛けた...。
が、しかし静まり返った奥の台所からは何も返っては来ない。
「あのぉ...」
「おい、益田君。こんな昼下がりからお龍は買い物にでも行ってるのかい?」
「つ...つむさん、おっ...憶えていないんですかい?」
「何をだよ益田君。そんな人を哀れむ様な目つきで問いかけられたら、爽やかな朝が台無しになるじゃないか」
「夕べのお龍さんとの約束の話ですけど...まさか忘れた訳じゃないですよね?」
つむじは不機嫌な顔つきで更に激しく姫の肉球を弄る。
「あのねぇ、益田君。お酒って奴は古くから庶民の間では贅沢の極みとされていて、辛い日常からフッと極楽への旅が出来る有り難い神様の贈り物だ。そいつを頂いている時に日常の戯れ事なんざぁ知ったこっちゃないよ...」
「へぇ、おっしゃる通りで。なら構いやせん」
「おいおい益田君、君は本音と立前を駆使する深い心を理解する度量って物が無いのかい?」
「思い出したんですね...」
「あぁ...。こいつは大変だ...。」
「つっ...つむさん、一体どうします?」
「俺はカツ丼ととんこつラーメンで行こうと思うが...。君はどうする?」
「へっ、飯の話ですかい?」
「当たり前だろ。この危機的状況の中、晩飯にもありつけないかもしれねぇんだ。君子は常に十五手位は先を読まなければ話にならんのだよ」
「恐れいりやす。なら、あっしはポークカレーとてびちの煮付けでお願いしやす」
つむじはカウンターの上にある黒電話の受話器を素早く手に取り、電話をかけ始めた。
「よぉ、加納だ...はぁ?準備中?何を準備しているんだよ?どうせ昼寝でもしているだけだろ...うんうん...カツ丼、とんこつラーメン...後なんだったっけ...」
「ポっ...ポークカレーとてびちの煮付けですがっ、ある訳ないですよね...」
「後、ポークカレーとてびちの煮付けだ...あっ、ちょっと待ってくれ、気が変わった。さっきのとんこつラーメンはキャンセルして酢豚にしてくれ。」
「ニャーニャー」
「おっと、待った!後、アジの干物...唐津産は無い?...なら沼津産で構わないよ...頼んだぜ。無けりゃ途中で買って来いよ」
つむじはガチャリと受話器を置き、無い事も無かったかのように再び姫の肉球を弄り始めた。
益田はポカンと空いた口を慌てて閉めた。
「つむさん、冗談でしょ?カツ丼と酢豚、ポークカレーそれに...てびちの煮付けだなんて。和食、洋食、中華、琉球料理...大丈夫なんですか?」

ここで益田のオーダーした『てびちの煮付け』とは遠く琉球で最も庶民の間で親しまれている『豚足の煮付け』の事であり、最近ではこれに含まれる豊富なコラーゲンを求め全国の若い女性の中でも人気が高まっている。家庭によって脂の落とし方、毛の落とし方そして味付けに多少の差はあるものの、やはり市販の物よりも各々の家庭で調理された物の方が遥かに美味である。
本土の女性がそれにありつくためには、まず琉球の婿を見つけ嫁ぐ必要がある。
ちなみに安易に嫁ぐ前に、長男なのか次男なのかを見極める必要もある事を付け加えておく。

「豚々党は豚料理専門店だから大丈夫だろ」
「そう言う問題なんでしょうか...」
益田は少し心配そうな顔でつむじを見た。

暫くすると、つむじの膝の上で眠っていた姫が耳をピンと立て、尻尾をパタパタと振り始めた。
「ほぉ、沼津産のアジの干物がやって来るのかい?」
「ニャー」
それから5分程した所で店先に一台の自転車が止まり、岡持をぶら下げた大男が額の汗を拭いつつ店に入って来た。
「まいどー、豚々党でーす!」
大きな体から発せられる声とは想像出来ない小鳥のような細い声でその男は奥へと岡持を運ぶ。
「よう細田君、無理言ってすまなかったね」
益田は『太田さんの間違いでは?』と言いたげに膝をカクンと曲げた。
「いや、暇やったさかいにかましまへんねん。出前は今年始めてちゃいまっか?ひっ、ひょっとしてお龍さんとうとう出て行かはったんでっか?」
「戻って来るから、頼んだんだよ...腹が減っては戦は出来ぬだ。でっ、幾らだい?」
「はいな、占めて3.500万円でっせ!」
「おう、安いな...あっ!」
つむじと益田はすっかり空っぽになったレジを見てお互いの顔を見合わせた。
「つむさん...どうしやす?こいつはお龍さんに一本取られちまいましたね」
「なになに、たがが七手先。想定内だ」
姫はさっさと岡持の中から沼津産のアジの干物を加え、奥へ消えて行った。
「よしっ!鉄は熱いうちに打てだ、とにかく頂こう。細田君、どれでも好きな貨幣を持って行ってくれたまえ」
「えっ!かまへんのでっか?ほなその『龍1円銀貨明治7年後期荘印打』を貰えまっか?」
「あぁ、交換成立だな。益田君、渡してあげなさい」
「えっ、いいんですかぃ?こいつはお龍さんのお気に入りですぜっ!まずいんじゃないですか?」
「なに、お龍もそこらへんは想定内だろ。俺の第八手はこういう手だ」
和洋折衷どころか国連本部のような香りに包まれて、つむじと益田は豚々党の細田が届けた豚肉料理に舌鼓を打つのである。
風味第一のアジの干物を所望した姫は素早く奥座敷に移動しアジの干物を堪能している。
彼等より一枚上手ではあるのだが、どの料理も絶品である事を付け加えておく事とする。
何故なら、ここは大阪『天下の台所』なのであるからである。

「いやぁ、つむさん!ここ大阪でこんなに旨い『てびちの煮付け』を頂けるとは思いもしやせんでしたよ」
「そうだろ...あの細田って男は心底豚の心が分かる最高の料理人だからな」
「しかし『龍1円銀貨明治7年後期荘印打』じゃあ、少々割りに合わないんじゃないですかぃ?」
「まだそんな不粋な事に捕われているのかい?それなら君はさっきの『龍1円銀貨明治7年後期荘印打』に辛子醤油でも漬けて喰ったらこんな幸せな気持ちになれるってのかい?」
「確かにそうですが、あの『龍1円銀貨明治7年後期荘印打』は通常でも7〜8.000円位では取り引き可能でしょ?そいつを...」
「馬鹿野郎...。俺はあの『龍1円銀貨明治7年後期荘印打』を2.000円で引いたんだぜ。物々交換は緊急時にはとても有り難いんだよ。細田にしてもこの料理の材料費、アジの干物は小売りで引いたとしても全部で2.000円程度だ。日本経済の行く末を考えると些か気が引けるが、今はそんな事を言っている場合じゃないんだよ。さっさと腹一杯喰いなさい」
「やはりあっしはまだまだ修行が足りやせんね。しかし、細田さんは何故、どれでも好きな貨幣を持って行って構わないと言ったつむさんの投げかけから『龍1円銀貨明治7年後期荘印打』を選んだんですかね?」
「そいつが俺の九手目だ...」
「つまり?」
「細田は前々からお龍に惚れてんだよ。だからあえてお龍のお気に入りの『龍1円銀貨明治7年後期荘印打』を持って帰ったんだ」
「どう言う事ですか」
「豚々党まで『龍1円銀貨明治7年後期荘印打』を拝みに、お龍に会いに来て欲しいんだろ」
「穏やかじゃ無い話ですね」
「お龍が『龍1円銀貨明治7年後期荘印打』見るためだけで細田にわざわざ会いに行く訳がないだろ。痺れを切らした細田が明後日にもこっちに持って来る筈だ」
「それが十一手目ですね」
「あぁ、想定内だ。現行貨幣にしか興味の無い細田はお龍の顔を見た途端に500円でも売りに出す筈だからな」
「つむさんって...」
「地域密着型の古銭屋だ」

腹もすっかり満たされたつむじと益田は各々椅子から仰け反りながら煙草を吹かしている。

「遅うなりましたー!本間に造幣局の桜は見事でしたえ...」
お龍が少し桜色になった頬を押さえつつ帰って来た。ほのかに酒気を帯びた状態である。
つむじは素早く煙草を揉み消し、臨戦体制に入る。
益田もはち切れんばかりのベルトを押さえ直立している。

「いやぁ、天満宮駅はえらい人込みやしたえ。あら、あんた。起きてはったんどすか?お昼の支度もせんと堪忍おすえ...。お腹空きましたやろ?丁度、『飴細工白龍髭』があったさかいに買うて来ましたよってに、益田さんと食べよし」
お龍はつむじのと目を合わせる事なく捲し立てると、紙袋から『飴細工白龍髭』『タコ焼き』『回転焼き』『綿菓子』等をドサッとカウンターに置いて奥へ消えた。

「『サザエのつぼ焼き』は姫ちゃんが全部食べてもかまへんからね」

小さく『ニャ...』と聞こえたが、つむじと益田はもはや姫を助ける術を持たない。

ここでお龍の言う『飴細工白龍髭(パイロンシュー)』とは、 中国皇帝や国賓のもてなしとして献上されていた宮廷茶菓子の事であり、元来中国の血を受け継ぐお龍としては極めて懐かしい逸品である。
柔らかい飴の塊を麺を打つかの如く何度も延ばし重ね、髪の毛よりも細く加工し、最後には『繭』の様に形を整え完成する。ベトナムでもこれと同じような菓子が見られるが天満宮での出店で見られるあたりが昨今の『アジアは一つ』と言うキーワードに習い、世界平和の兆しが見られると著者は痛切に感じるのである。
著者の見解はここには一切不要と言う事も付け加えておく事とする。

「ほぉ、『飴細工白龍髭』かぁ。丁度、甘い物が食いたかったところだぜ」
「想定内...十三手目って所ですかぃ?」
「あぁ、『綿菓子』は明日にでもヨシ坊達が片付けてくれるだろうし、『タコ焼き』や『回転焼き』なんざぁ、エレックすれば問題ないぜ」
「エレックって何ですか?」
「チンの事だよ。ここいらでは古くから電子レンジで調理する事を『エレック』って言うんだよ」
益田も感心した様子で『飴細工白龍髭』を口に運んでいる。

「そういえば、あんた...『龍1円銀貨明治7年後期荘印打』何処にしまいはったん?」
「あぁ、細田が見たいって言うから少し貸してやったよ...」
「ふぅん、そうどすか...。約束も守らへん男のために美味しいもん仰山買うて来たのに...」
つむじは勿論の事、先程まで奥にいた姫も、益田も背筋を延ばしながらお龍の言葉に耳を傾けていた。
「つっ、つむさん...想定内ですか?」
「事実は小説より奇なりだ...」
「あんたら、何をブツブツ言うてんのっ!早よ、この『桜の通り抜けミントセット』持って『龍1円銀貨明治7年後期荘印打』取りかえして来なさいっ!」

ここでお龍の言う『桜の通り抜けミントセット』とは毎年、造幣局が春に売り出す『その年の未使用貨幣』のセットの事であり、毎年一年の祭事として拾集しているファンが多い。コインマニアの中では人気は薄い物の、投資家などの銀行と親しい面々の中ではいつの間にか数十年分のミントセットがタンスの肥になっている事例も多々報告されている。
記念金貨やプルーフ貨幣セットも基本的には貧乏貨幣マニアの中では話題に上がらない事も付け加えておく事とする。

「へっ、へいっ!あっしが只今『龍1円銀貨明治7年後期荘印打』を取りかえしてきやすっ!」
「待てっ、益田君っ...私が行こう。これがお龍の十四手目だ。1.900円のミントセット...100円の儲けが俺の読み切った十五手目なんだよ...」
つむじは俯きながらお龍から『2006年桜の通り抜けミントセット』を受け取り立ち上がった。
「あんた、益田さんにコソコソ何を言うてるのか知らんけど、細田さんに『龍1円銀貨明治7年後期荘印打』と白菜を貰ろて来てや...今夜は豚シャブどすから...」
つむじ、益田、姫の三名は頭を垂れながら大きなゲップをついた。
「つむさん...十七手目は?」
「今は動いてはいけない...つまり将棋で言う所の長考だな...」
「あっしも後でつむさんを捜しに外へ避難してもいいですかぃ?」
つむじは内事も無かったかのように懐から煙草を一本取り出し、火を付けた。
姫がつむじと益田に向かって『ニャーニャー』と騒ぎ立てている。
桜の通り抜けでの出店で珍しくヤケ酒を飲んだお龍はコタツに潜り込み、すっかり寝息を立てていた。
暫くすると、つむじは煙草を消し奥のお龍に毛布を一枚かけて獨酒の栓を開けた。
「さぁ、飲むぞ...益田君」
「へぇ、後手お龍さん、十七手、投了です...。」

明日、朝一番で『桜の通り抜けミントセット』を『龍1円銀貨明治7年後期荘印打』と『白菜』に交換して来ない事には嵐が吹き荒れる事を確信した益田はつむじの酌には応じず、『綿菓子』を頬張るのであった。

コメント(2)

想定内、地域密着型...よく聞きました。
こういう駆け引きって、女性の方が一枚上手ですよね。
つむさん、そこも想定内?
最後は男のゴリ押しで仏のお龍さんの完勝でしょうね。

久々に読み返して・・・クスクス笑う馬鹿ップリ全開の著者です。

古銭の話はどこへやら?と、どんどん朝ドラまっしぐらですよw

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