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古銭屋つむじ同好会コミュの第十話

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『明治6年の銀貨の巻』

「さあ益田君、どっちが稀少価値の高い銀貨かわかるかい?」
「へへっ、この二枚ですね。どれどれ拝見」
ニ月は商売を生業にする者にとって、官僚や会社員より遥かに寒気が身にしみるのである。寒帯気候のこの界隈で更に永久凍土と形容されそうなここ『古銭屋つむじ』では、朝から閑古鳥の群れが店内にひしめいているのも無理は無い話である。
ちなみに、閑古鳥と言う鳥が寒さに強いの弱いのと言う話では無く、どの鳥類図鑑にも掲載されていない幻の鳥と付け加えておく事とする。

「あれっ?この龍50銭銀貨...どちらも明治6年じゃないですか。つむさん、稀少価値と言うかグレードの話なんでしょ?」
カウンターに並べられたニ枚の『龍50銭銀貨明治6年』を増田は怪訝そうな目つきで見つめている。
「グレードの話じゃなくてさぁ...」
「うーん、わからないなぁ...」
そこへ洗濯を終えて一段落したお龍が店に顔を出した。
「益田さん、靴下が見当たらへんけど...」
「へ...へぃ、靴下は風呂を頂いている時に自分で...」
「ほう、靴下を自分で洗う謙虚さを持ちながらにして、猿股はお龍に任す図々しさを兼ねそろえているのか...。随分希少な男だな...」
「希少って事はあっしの評価が高いって事ですかね?」
「なるほど...やはり益田君は面白い事を言うなぁ。なるほど、希少価値か...。問題の出し方が悪かったようだ。ならば、この二つの銀貨のどちらがあまりお目に掛れない逸品かわかるかい?」
益田はつむじの出した問題に答えられない事と洗濯物の件に殆ど反応を示さないつむじの表情に大きな焦りを感じているようである。
30分程の沈黙が続いた後に益田が小さく呟いた。
「文字の所...『年』の第5画に手変わりがありますね...」
「うん、よく見つけたな。じゃあ、こいつらを一体どれ位の値で引いて来るんだい?」
「えっ、どれ位で引くのかと言われても...」
「そうか...」
つむじは大きなため息をつきながら煙草に火をつけ天井に向かって煙を吐いた。
「あんたぁ...そんなに益田さんを虐めんでもよろしいやろ、『年』の手変わりに気付いただけでも偉い事どすえ」
「たしかに益田君は偉いよ。しかしなぁ...」
「こんな微かな手変わりしか無い二つの龍50銭銀貨の希少性を判断するなんざぁ...あっしには到底むりですよ...」
「ならこいつはどうだい?」
つむじはガラスケースから先程の銀貨より一回り小さなニ枚の銀貨を取り出し、益田の前に差し出した。
「むむっ...今度は『龍20銭銀貨明治6年』ですか。拝見致します」
先程よりも一回り小さくなった貨幣である。益田は先程にも増して姿勢を正し銀貨を睨み付けている。
「どうだい、違いが分かるかい?」
「へ...へいっ。この『明治』の『明』の字の『日』の...あっ!こいつはひょっとして...」
「おちつけよ、益田君」
「...『日』の第二画が有るのと無いのが有りやすぜ...思い出したっ!完全欠日...あっしならこいつを町金から15万借り入れしても2〜3日で20万で売り抜きますぜ...」

ここで益田の言う『完全欠日』とは『龍20銭銀貨明治6年』にのみ確認される所謂『エラー銭』の事を指しており、造幣過程『圧印』の際、何らかの理由により金型の『明』の第二画がが徐々に磨耗を重ね、最終的に完全に消失した状態を指す。
また、通常取り引きされる『欠日』には多かれ少なからず第二画の痕跡が残るものの珍品には変わり無いのだが『完全欠日』の取り引き価格では桁が一つ多くなるのである。

「随分早い決断だな...。まぁいいや、ならこいつは?」
目をギラギラさせ始めたた益田とは対称的につむじは大きなため息をつきながら、ガラスケースからニ枚の『龍10銭銀貨明治6年』を益田の前に差し出した。
「ひえっ...こいつですか...。ちょっと待って下さいよ...」
益田は額の汗を大きく拭い、ポケットからルーペを取り出し、背筋を正した。
何度もルーペを通しながらそのニ枚の銀貨を見比べている。
つむじは何も言わず、ただ黙って益田の目の動きを見つめている。
「つむさん...分かりました。『明治』の『明』第四画が上に向かって跳ねているのとそうで無いのと...。」
「上出来だ。じゃあこいつは...」
「あんた、いい加減にしなはれ。そないに益田さん困らしてどないしはんの?」
「お龍...少し黙っててくれないか。こいつで最後だ」
「は..はい」
お龍はつむじがいたずらに益田を試している訳では無いと感じ、茶を乗せた盆をそのまま横に置き、成り行きを黙って見守る事とした。
つむじは無表情に次の銀貨を二枚、益田の前に差し出した。
「...『龍5銭明治6年』ですか...。拝見...三分程時間を下さい」
「よかろう...」

近代貨幣最小の銀貨、『龍5銭銀貨』とは先程の50銭、20銭、10銭と全く同じ加納夏雄の竜図に石井潭香の文字が描かれており、現在の1円アルミ貨の直径20mmを遥かに下回る直径15.15mmの貨幣。
図柄、字体共に複雑を極め、肉眼では殆どその手変わりの違いは確認出来ないと言えよう。

全身に汗を吹き出しながら益田はようやく顔を上げた。
「わかりました...こいつも『明』の『日』の部分に手変わりが...」
「三分じゃなかったのかい?」

お龍は再び入れ直した熱いお茶を二人の前に置いた。
益田は何も言わずただ俯きカウンターに並べられた8枚の銀貨をじっと見ている。
「益田君、俺が君に何を言いたいのか分かるかい?」
「へ...へぇ...。つっ...つまりあっしはここには不要な輩って事でしょ...」
「何を言ってるんだい、益田君。そんな事は前々から決まっているじゃないか」
「あんたっ!さっきからネチネチと益田さんを虐めてっ!どういうつもりなんっ!」
「いやいやっ、お龍さんっ!待って下さい!あっしの事で二人がモメてしまっちゃぁ...あっしは一体...」
「おい...お龍。もう少し黙っててくれないか」
「...。」
お龍も益田もつむじの淡々とした一言に何も返さず俯いた。
「益田君、君は俺の問い掛けに答える術を持っていない。つまり経験が浅いんだよ」
「へぇ...おっしゃる通りです」
「貨幣の手変わりを見つけても、それが希少か否か判断出来ない。数を見ていないからそれが珍しいのかどうか分からない」
「確かに...」
「実の所、古銭ってのは単なるガラクタに過ぎない。潰鋳して再利用するのが最も有益な利用法だ。しかし俺達古銭屋はそんなガラクタに値をつけて飯を食うんだ。ここの貨幣に値をつけていないのはそういう意味があるんだよ。その辺をしっかり認識してだなぁ...」
益田はすっかりうなだれてつむじの話が終わるか終わらないかの内に戸襖を開け店の奥へ消えて行った。
古銭に対する向き合方を伝えようとしたつむじの言葉は、益田にとっては単なる厄介払いとして届いた様である。
「あんた...益田さんに言い足りひん事あるのとちゃいますの?随分落胆してるようどすえ...」
「あぁ...あれだけの短い時間で『明治6年銀貨』の手変わりを全部見つけた事に感心したからな。後でゆっくり話すよ」
「それはそうと、益田さんって別に古銭屋になろうとして此処に居てはるんとちゃいますやろ?」
「ん?あいつは元々、古銭屋だぜ...」
「へぇ、初耳どす。そやったらもっときつう言うてもええかもしれまへんなぁ...」
「君も恐いね。まぁ、書道家だから仕方がないか」
「堪忍え」

しばらくすると、すぅっと静かに戸襖の開く音が聞こえ、益田が鞄を持って店に出て来た。
「つむさん、お龍さん...短い間でしたが...うっ...うっ...」
つむじとお龍は吃驚して顔を見合わせた。
「別に短い間では無かったと思うが...」

そこへヨシ坊、美代、ヒロシの三人が店に駆け込んで来た。
「つむさんっ!公園で...公園で...その...猫みたいな...」
「おう、ヨシ坊。すまんが今、こっちはそれどころでは...」
「猫みたいな...タッ...タヌキがっ...」
「違うよ、猫みたいなペンギンよっ!」
「いや...あれはツチノコに違い無いと思いますっ!」
三人は肩で息をしながらつむじの腕に絡み付く。
程なく大八車を引いた宿無し五郎がやって来て、店先からつむじに笑いかけている。
『うわーっ!来たー!』
三人はカウンターの中に潜り、しゃがみ込んだ。
益田は鞄を床に置き、腕まくりをしながら素早く店の外へ飛び出した。
勇んだ益田と入れ違いにニヤけた五郎が店に入って来た。
「なんだい五郎ちゃん。化け物でも連れて来たのかい?」
「確かに化け物かもしれないね。そいつにここへ連れて行けって命令されたんだよ...」
「皆、ええ所に来てくれっはたわ。今、益田さん、ここを出て行くって言うてはったさかいなぁ」
「えっ!千代姉は知ってんの?」
美代は吃驚した表情でつむじに問いかける。
「いや、今言い出した事だからな...。何とか止めてやってくれよ」

「ぎゃぁー」

店の外から益田の悲鳴が聞こえた。
つむじは微笑みながらすっかり冷めきったお茶をグイッと飲み干し、ゆっくり腰を上げた。
「お龍...とんでもない客人が現われたぜ。益田君にはやっぱりこのまま出て行って貰うかな...」
「ちょっと待ちよしアンタ...、どちらはんですの?」
お龍は店先に向かうつむじの後を慌てて追った...。

コメント(4)

益田さん、古銭屋だったとは...

これは、明治6年銘の2銭、1銭、半銭。
あ・・・今年の一月に福井県で明治6年銘の一厘ゲットしました!

それにしても最強な2銭銅貨ですね!

生唾ものですw
初年銘のコインに憧れを持っています。でも明治6年銘一厘は入手できていません。ゲット、おめでとうございます。2銭銅貨を褒めていただき、ありがとうございます。つむじの店頭に並んでいる商品には、どんな素晴らしい品があるのだろうと想像を膨らませています。
つむじの店頭の商品。

ほんとに私も勝手な想像を膨らませております。

グリコのおまけレプリカも平気で並んでいそうですw

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