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古銭屋つむじ同好会コミュの第十七話

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『花と緑の国際博覧会記念5,000円銀貨』

「しかし一年ってあっと言う間に過ぎて行きますね...」
「何だい益田君。しみじみしやがって。そんな事はいいから...おっ、それなんか食べごろみたいだぜ」
「はぁ...頂きます。つむさん、そのペンチ貸して下さい」
「指に気をつけてな。益田君、その酒壷をこっちによこしてくれ。こんなに寒くちゃ、幾ら飲んでも『ヌカに釘』だぜ」
「幾ら飲んでも顔色一つ変わらないつむさんには『豚に真珠』いや『コインカウンターに昭和62年50円白銅貨』ですね...。へい、どうぞ...」
「何だい益田君。今日は絡み酒かい...」
秋もすっかり終わりを告げ、通りは往来する者も少なく、ましてやこの『師走』だと言うのに昼間っから肩を震わせながら酒を酌み交わし続けている物好きな輩はここ『古銭屋つむじ』の軒先きにしかいない。しかしながら、平素つむじは白昼堂々往来で酒を酌み交わしている訳では無い。今日は朝から落ち着かない益田の事を気に思い、仕方なく店先のベンチで彼に付き合っていると言うのはつむじの言い訳に聞こえるのではあるのだが...。
「つむさん、この七輪...店の中に持って行って、中で飲みやしょうよ」
「俺もそうしたい所なんだが、お龍が『銀杏』の匂いが嫌だなんて抜かしやがるからな...」
「まったくつむさんはお龍さんには頭が上がりませんね。そもそもつむさんとお龍さんって...」
「つまらねえ事を聞くんじゃねぇ。そんな事より、お千代ちゃんとは一体どうなってんだい」
「それが...実は...」
「実は?」
「嫁に来ては貰えないでしょうかって...」
「...言ったのかい?」
「はっ...はい」
益田は顔を真っ赤にして俯いた。奥で皿が『ガチャン』と割れる音がしたのだが、つむじは動じる事無く、獨酒をグイと飲み干した。
「嫁に来て欲しいたって、一体君の何処に来ればいいんだ。このあばら家は姫君までで、定員オーバーだぜ」
「はぁ、そいつは承知しております」
「そりゃそうだ...。で、お千代ちゃんは一体なんて言ったんだい?」
「へぇ、返事は良く考えてから...」
「良く考えてから?」
「お龍さんにしますって...」
「ん?なんでここでお龍が出て来るんだ。おい、お龍!何か心当たりでもあるのかい?」
お龍は戸襖からひょいと困ったような顔を出しながら、腕組をしている。
「まぁ、あんたらそないに『銀杏』ばっかり食べてたら体の毒やさかい、そろそろ中に入りよし」
「そうだな、日も暮れて来た頃だ。益田君、『銀杏』は終いにして中に入ろうぜ」
「へい...」

ここで言うつむじの『銀杏』とはイチョウの実に包まれる種の事を指し、古来から山里では気管を正常に保つ食物として珍重されている。学説によると『メス』のイチョウの木にしか実がならないとされ、街路樹等には落下し腐敗した銀杏特有の臭気を避けるため『オス』のイチョウが広く植樹されているのではあるが、なかなかどうして、街をよく観察してみると容易に『メス』のイチョウの木を発見する事が出来るのである。

「ほう、『うどんすき』か...」
「へい。うどんは大好きですよ」
部屋には旨そうな香りを放つツユが煮立ち、側にゆでうどんが三人前程置かれている。
「おい、お龍。具が無いじゃないか...」
「あんたら盛大『銀杏』食べたやおまへんか。これ以上、栄養つけてどないしまんねんや」
「そうだな...。おい、益田君、俺を含めて関西の人間は皆、うどんが好きなんだよ。さて、食うぞ」
「へい..。ですからあっしもうどんは大好きです。まっ、贅沢は敵ですから。欲しがりません...勝までは」
「好いた惚れたは勝ち負けじゃないよ。だが、腹が減っては戦は出来ぬとも言うな」
益田は半ば反べそをかきながら生煮えのうどんを箸で摘み、幾度となくノの字を書いた。
そこへ台所にある勝手口がギィーっと開き、『宿無し五郎』がひょっこり顔を出している。
「よぉ、五郎ちゃん。今夜はどうしたんだい?」
「いや、良い軍鶏を頂いた所、こっちの裏口からいいダシの匂いがしたもんで...。それより何だい、今夜は?誰かのお通夜かい?」
「そんな話でも無いんだが...。おい、益田君。この軍鶏を適当な大きさに切って来てはくれまいか?」
「へい、かしこまりました...」
益田が何切れかの軍鶏を鍋に納めた所に今度はガラっと戸襖が開き、『ヨシ坊、ヒロシ、美代』が顔を出した。
「なんや、まだ出汁取ってる所かいな...」
「吉田君、慌てるのは早いよ。出汁って言ってもこいつは河豚だ!」
「どうみても鳥肉でしょ。鳥と魚の区別もつかないヒロシ君はコレを一杯食べてね!あっ、姉さん...うちの母さんから白菜の差し入れです!」
「あら、美代ちゃん!こないに仰山、どないしたん?」
「うん、昼間っからつむさんたちが『銀杏』ばかり食べてるから、母さんがコレ持って行きって...」
「やっぱり『たち...』ですよね...」
益田は関を切ったように嗚咽しながら美代を抱き締めた。つむじとお龍は少し困ったような顔をかわしながら、苦しそうに顔をしかめている美代を保護した。
そこへ奥の階段から『天斬り梅』が両手に一杯の菊菜を抱えて降りて来た。
「梅か...。わざわざ屋根から入って来る事はねぇじゃねえか」
「悪徳問屋の蔵の屋根から歩いて来たからわざわざ地べたに降りるのも面倒かと思ってん」
「最近の春菊高騰に一役買ってやろうって、ここいらの長家に盗んだ春菊を配り歩いていたのは、やっぱり梅だったのか」
「はははっ、でも今夜の仕事はもう仕舞にしてん。屋根の上からええ出汁の匂いがしてたもん」
「相変わらず、いい鼻してるぜ」
先程までお通夜のようであったここ『古銭屋つむじ』も次第にいつものような賑やかな夜になるのである。
そこへガラっと戸襖を開き、『豚々党の細田』が荷物を一杯背負った『煙草屋の鶴』を背負いながら肩で息をしている。
「おっ、豚が鴨ネギしょってやって来たな。それにしても今夜は皆、気が効くじゃないか。なぁお龍...」
「なんやこの家の前を通ったら、味も素っ気もない『うどんすき』のツユの匂いがしたさかい、細田さんと色々買い物にな...」
「はぁはぁ...お龍さん、ワテに水を一杯くれはりはらへんでっか...」
『素うどん』の鍋が瞬く間に『海老入りの豪勢なうどんすき』に変わり、宴は大いに盛り上がるのではあるが、ここで一人浮かない顔をしている益田の事に話が流れて行く。
「で、お龍。千代ちゃんは何か言って無かったのかい?」
「へぇ、今朝一番にこれを預けに来はったんやけど...」
お龍は袂から一枚の『花と緑の国際博覧会記念5.000円銀貨』をつむじに手渡した。
「ほう...。で、どうしたんだい?」
「ただ深々と頭を下げて、『どうかよろしくお願いします』って帰りはった」
皆、箸を休めその銀貨を手に取り、首をかしげた。益田も例外ではない。彼のプロポーズに対する返事がお龍への『花と緑の国際博覧会記念5.000円銀貨』と言う千代の心中を皆それぞれに思案している。
長い沈黙の後、益田が声を上げた。
「この貨幣の博覧会は鶴見緑地で開催されたんですよね。以前、千代さんにまとわりついていた詐欺師の男ってひょっとして鶴見区の人間じゃなかったですか!その思い出をきっぱり断ち切って...その...あっしと...」
美代が背筋を正した。
「あの男の人は鶴見じゃなくて鶴橋の人だったから違うよ。私が思うに姉はその銀貨の三年後に発行された『天皇陛下御即位記念5,000円銀貨』の品位が銀100%に対して、それまでの5,000円銀貨は銀925に銅75の品位。心に迷いがあると言いたいのじゃないかな。つまり...」
細田が海老の脳髄を吸いながら話し始めた。
「この銀貨が発行されたのは皆さん御存じの通り、平成2年10月23日やな。つまり今から16年前。千代ちゃんが豚々亭の『豚キムチ』を辛くてまだ食べられへんかった時でっせ。皆、この図柄を見てみなはれ!歳の頃なら同じ感じや。いつまでも少女のまま、無垢でいたいっちゅー事を言いたいねんと思いまんねんけど」
梅が自分の湯飲みに獨酒を告ぎながら細田の話を遮る。
「ちょっと待って、おっちゃん。あの博覧会のマスコットキャラを忘れたらあかんわ。『花ずきんちゃん』やで!それがどう考えても、お龍さんに『私は頭巾を被って、闇の世界で生きて行く』って事のあらわれや!この泥棒家業は所帯を持つ事が許されへんからな。益田さん、残念やったなぁ」
ヒロシが箸をそっと置き、ティッシュで口元を拭いつつ皆を見渡した。
「どうして大人はそんな狭いスケールの話しか出来ないんですかね...。僕が思うにですよ、この花をテーマとした博覧会は後に淡路花博、浜名湖博と続くのですが、決定的な違いは大阪花博は世界が認める国際博覧会である事!つまり、美代ちゃんのお姉さんは国際結婚を望んでいるんです」
ヨシ坊は張り裂けそうなお腹をさすりながら、ゆっくり口を開いた。
「皆、ええ線ついてるな。でもな、物事っちゅーもんはな...何事も一歩も十歩も引いて考えなあかんねん...ヒック...。そもそも今まで発行された5,000円銀貨ってどんだけあるんかっちゅー事や...ヒック...。ええか、皆。『裁判所制度100周年記念』は五百万枚、『議会開設100周年記念』も同じ数や。当然、察しもつくと思うけど『天皇陛下御成婚記念』、『長野オリンピック冬期競技大会記念』の三種もしかり、全部五百万枚や。そこへ来てこの『花と緑の国際博覧会記念』は?笑えるで...ヒック...一千万枚や!これを日本国民の13に一人が『タンスにゴン』の代わりに使うとる...ヒック...。これがこの国のやり方なんや!つまり益田さんは...ヒック...『タンスにゴン』なんやー...ヒック...」
ヨシ坊は一気にそう捲し立てるとコテン寝そべり寝息をたて始めた。
五郎はヨシ坊まわりに散らかったオレンジジュースの瓶を片付けながら、重い口を開いた。
「さて僕の見解はこうだ。『花と緑の国際博覧会記念』に『花冠の少女』...。千代さんは自然との共存を第一に考え、人との共存を念頭に置いていない決意をお龍さんに示したんじゃないかな...。なんてね。益田さんとやら、冗談だからね」
先程からずっと皆の発言に黙っていた鶴が漸く会話に参加して来た。
「五郎、冗談やないで。この銀貨、見てみい。凛とした少女が独りで生きて行くっちゅー決意の表れそのものやないか。その事をお龍はんに知って貰いたかったんや。ワテにはよう分かる」
皆が鶴の一声に深く頷いている所へ、コタツの中から眠たそうな顔をした姫がのそりと姿を現わし、五郎の膝に手を掛け何やら訴えている。益田は独り背を向け、壁を相手に何やらブツブツと独り言を言っている。
「こんな所に居たのかい、姫ちゃん。何々...今夜は『猫に小判』じゃなくて『人に銀貨』やニャァ...だって?はははっ、それはそうだ!しかし、君の御主人様はそうじゃないみたいだよ」
一同、改めて箸を休め、黙ってその銀貨とつむじの顔をまじまじと見つめている。

そこへ戸襖がすうっと開き、渦中の千代が現れた。皆、軽く会釈しただけで何事も無かったように、鍋をつつき出した。千代の足音と、うどんを啜る音だけがこの部屋に響いた。

千代はお龍の前に跪いた...。
「お龍さん...先日の件、随分身勝手な話なんですが、どうでしょうか...」
「こんな話しはウチの一存では決められへん。それこそウチの方が随分身勝手になるさかいね」

皆、二人のやり取りに首をかしげながら黙って聞いている。

「あんた...」
つむじはゆっくり頷きながら立ち上がり、神妙な面持ちで千代の前に腰を降ろした。

「千代ちゃん...今回の話、慎んでお受け致します。居候の益田君には文句は言わせねぇよ」

その途端、お龍は幾つもの大粒の涙を床に落とし、千代は安堵の笑みを浮かべた。

「有り難うございます。これで私も腹が決まりました!」
「そうか...。千代ちゃんもなかなか男を見る目があるって訳だ。足は臭いが宜しく頼むぜ!おい、お龍!『鉄は熱いうちに打て』だ。」
「はいよ!」

つむじは皆に何も告げず、家を出て行く。お龍は箪笥の引出しから何かを取り出し、慌ててつむじの後を追った...。益田は何の事か理解出来ずにその後を追おうとしたのだが、姫が面倒臭そうに欠伸をしながら、すっと益田の前に飛び出して来た。
『ガッシャン』
益田は旨い具合に千代の目の前でひッくり返った。

「益田さん...。不束ものでは有りますが、どうか末永く宜しくお願い致します」
「は...はい!こ...こちら...こそ....貧乏人ではありますが....ど...どうか...」

益田の立てた物音に目覚めたヨシ坊が横たわったまま呟いた。
「結局、その銀貨の意味って何なん?」
誰もが、益田と千代に祝福の声をかけるタイミングを逸し、再び『花と緑の国際博覧会記念5.000円銀貨』に目をやる。
五郎は千代に目配せをしながら、くたびれたコートの襟を正した。
「この銀貨はね...。日本の貨幣史上の中で始めて『人物』がデザインされた貨幣なんだよ。日本人の習慣からするととても斬新な、コインの『中』に『人』が入ったデザインだ。つまり、『中に人』...。千代さんはつむさんらに『仲人』を依頼したんじゃないかな。二人の結婚を是非つむさんらに取り仕切って貰いたいって...ねっ、千代さん」
「はい、そうですよ。それ以外の解釈って思いつきませんけど...」
「それで慌てて、籍を入れに出かけたんかぁ。なんやえらい悔しいけど、ここは男、細田太志!つむさんとお弟子っさんの益田さんには御祝儀として豚々党2007年年間無料お食事パスポートを進呈します!」
「名実共に太っ腹やと言いたい所やけど、どうせ新婚さんは外食せえへんと踏んだ売名行為やな。これやから大人はアカンねん。美代ちゃん、ヒロシ、僕らは腐ってもこんな大人にならんようにしよな!」

一同の高らかな笑いに顔を真っ赤にした細田は慌てて店に戻って、片っ端から豪勢な具材を持ち帰り、再び酒宴が再開されたのである。

夜も白々と明け始めた頃、遠い目をしながらいつもと違う声で鳴いている姫を抱きながら、窓越しに梅は静かに呟いた...。
「まさか...あの二人、あのまま新婚旅行にでも行っちゃってたりしてね...」

「まさか...あっしに千代さんを迎える場所が無いと気遣って...」
青ざめる益田を気に掛ける者は得に誰も居ないのではあるが、皆それだけは避けたいと大きく首を横に振った。

「回覧板には小さく書いてあったけど、そもそも今夜がなんの宴やったか分かってるんでっしゃろかね...」

「婚姻届に生年月日を書く欄があるんでしょ。幾ら酒が入っていると行っても役所でお龍さんの誕生日に気付くんじゃないかな...」

「さすがヒロシ、ワシはお前のその細かい所が好きやねん!同級生として鼻が高いで!」

「えっ、ちょっと待ってくれ。もちろん宿無しの僕の所には回覧板なんて回って来なかったけど、そもそも今夜は『つむさんの誕生日会』だったんじゃないの...」

一同、目を丸くしながら沈黙し、一斉に吹き出した。

「それにしても、今夜は目出たい事が一杯重なったね!鶴姉さん!」

先程から、ずっと目を閉じて頷いているだけだった鶴が虫の鳴のような小さな声で少し照れながら呟いた。


「昔から『銀杏』は『セキ』に効くって言うさかいな...」


              - 第一部 完 -     2007.12.11  松井栄四郎



コメント(4)

5000円銀貨一枚からこんな展開できるなんて、脱力福田さん素晴らしい!
楽しみました。ありがとう。
本当に最後まで、ありがとうございました(ToT/^^

第二部・・・もっと勉強して、いつか必ず書きたいと思います!



とても素敵な話なので、あっちのコミュニティでも紹介しましたよ。
ありがとうございますっ!

緊張しておきますw

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