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卵とじの病院コミュの空港へ行こう2011

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2011.7

早朝の電車は思ったよりも混んでいた。出張にでも行くのだろうサラリーマン風の男たちが行儀よく座席にならんで座っている。何か必死にメモをとる男、大工のように膨らんだズボンを履いた男、登山家のような帽子を被った男、虹色の傘をしっかりと握って頭をうなだれた男。どういう訳か男ばかり乗っていた。女が鏡の前で化粧に精を出している間に、男がみんな先に電車に乗って来てしまったのかもしれない。空は真っ白な曇天だった。窓の外の景色が、速さと近眼のせいで印象派の絵画のようにまどろんで見える。背中越しにガラス窓に付いた水滴を見て、雨が降ってきたことを知った。わたしと男たちを乗せたライナーは空港を目指して進む。空を飛ぶこともなく線路の上を律儀に走って。ひとり降りるとひとり座席に滑り込む。何かゲームを見ているような気持ちになった。ドアが開くたびに雨のにおいも滑り込んでくる。雨のにおいを纏ったサラリーマンの革靴がぬらぬらと鈍く光る。コンビニで買った缶の紅茶はもうだいぶ冷めていた。新宿へ着いてから山手線で品川へ、そこでこの空港行きのライナーへ乗りかえた。さっきまでの電車と違い、乗ってさえいればわたしたちを空港へ運んでくれる。他の男たちはみんな大荷物だから、きっと空港へ着いてもまだそこから飛行機へ乗って、どこか遠くへ行かなくちゃならないんだ。さっきメモをとっていた男が今度は首をせわしなく傾げている。フクロウのようだと思ったところで、本物のフクロウを見たことがないと気付く。フクロウのテレビを見たことがあったんだろうか。フクロウなんてほんとうは、存在しないのかもしれない。勢いをつけて紅茶を飲み干すと文庫本に目を戻す。文字はたとえわたしがどんな速さで移動していてもひとつも振り落とされることなく紙に張り付いている。同じように電車がどんなに速くても、わたしは座席から落ちることはない。最後のスペースシャトルが帰ってきたというニュース。スペースシャトルの中で文庫本を読んだ人はいるんだろうか。きっと暇なときには、宇宙飛行士だって母国の文字を眺めていたくなるだろう。宇宙飛行士は英語ではアストロノーツと言うらしい。ドイツ語ではコスモナウト。何かの本で読んだのだ。コスモナウトの夢を見る。瞼を閉じても文字はその裏側に浮かび上がる。昔、さびれた博物館で見た半透明の石。あれと同じものを、いつか公園で見かけた気がした。気がしただけでそれが現実なのか空想なのかは分からない。確かなのは、わたしが今空港へ向かっていること。それだけ。あとはみんなフィクション。湿った雨のにおいも顔を知らない男たちの影も、みんなどこかで見たことがある気がして、ほんとうはぜんぶ妄想でしかなかったんだ。コーヒーショップのチケットをくれた人のことを思い出す。みんな、どこかで会ったことがあるのに、誰一人として名前を思い出せない。名前なんてなくしたってかまわない。わたしには目的地がある。何も怖くない。ライナーは速度を上げてわたしたちを運んでいく。ほんの少しだけ窓を開けて、溶けた景色を吸い込んだ。

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