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笑えた話コミュの【泣】私の母はガンで死んだ

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186: 癒されたい名無しさん 2009/08/01(土) 05:57:30 ID:6k57Jc99

私の母はガンでタヒんだ。

発見した時はわたしがまだ母のおなかの中に いる時だった。 初期ガンだったため、ちゃんと治療すれば簡 単に治るはずだった。

だが、治療するためには私をおろさなければ ならなかった。 母は私を産むことを優先した。 胎児に悪いからと抗がん剤も治療らしき物は 何もしなかったらしい。

その事実を知ったのは小学4年生の時だっ た。

その頃にはもう母は寝たきりの状態になり、 入退院を繰り返していた。 小さいながらも看病していた私は、くだらな い事で母と喧嘩した。

その時、母も極限の精神状態だった為に「あ なたを産んだから私はこんなになったの よ!!」と私に言った。 私はその言葉が心に刺さった。

母に存在を否定されたから?違う。

自分が母の命を奪う原因を作ってしまったの だと知ったからだ。 私は母に涙を流しながら謝った。 「ごめんなさい、ごめんなさい、わたしいな くなるから。だからお母さん治って」 私の言葉に母は涙で顔をくしゃくしゃにしな がら大声で謝りながら私を抱きしめた。

二人でひたすら謝り続けた。 そこで私の記憶が途切れた。

私が中学3年の時、余命2年と言われた私の 母はまだ生きていた。

だが母はもう一人では立ち上がれず、トイレ も私が連れて行かなければならないほどに悪 化していた。 母が入院した。 足を折ったのだ。

私が学校の間、家には誰もいなかったときに トイレに行こうと頑張った時に足を滑らせた らしい。 母の足は骨の代わりに太い鉄の棒が刺さって いた。 私はあまりの衝撃に泣いた。

母は「ドジっちゃた、心配かけてごめん ね?」と笑って私の頭をなでてくれた。 一番ショックなのは母なのに笑っている母の 強さにまた泣いた。

187: 癒されたい名無しさん 2009/08/01(土) 05:58:49 ID:6k57Jc99

その年の冬、私は冬休み中で母の病院に泊 まっていた。 だが、母が痛みを訴えてきた。

看護婦さんを読んでも何もされず、母はずっ と痛い・・・痛い・・・と唸っていた。 その日私は眠れず、そのイライラを母にぶつ けてしまった。

次の日も母の痛みはおさまらなかった。 母は今日も泊まって欲しいと私に言ってきた が、一晩中寝ずに看病していた私は正直家に 家に帰りたかった。

だから「宿題があるから」と母をおいて病室 をでてしまった。 病室の扉が閉まって2、3歩あるくと、もの すごい勢いで後ろ髪を引かれた。 振り返って見たが何もない。

ただ体が病室に引っ張られている感覚だっ た。 私は残ろうか・・・と思ったが、また一晩中 看護しなければならないと考えたら面倒くさ くなって迎えの車に飛び乗った。

その二日後、私は友人とマックで夕飯を食べ ようとしていた。 ハンバーガーを買って席に着くと、父から電 話があった。 「お母さんが危ないかもしれない」 私はその一言でハンバーガーを友人に私店を 飛び出して病院に向かった。 病室には父と兄がいた。

母は心臓は動いているものの、しゃべれなく なっていた。 だが、どこかで私は母がタヒぬわけないと考え ていた。 今までもちゃんと回復した。今回だっ て・・・。

だから私は母に何も言わなかった。 だって言う必要がないと思っていたから。

だが1月10日。0時20分。 母がタヒんだ。

一番最初に父が泣いた。 そして兄が泣いた。 私は1分ぐらい状況が理解できなかった。 そんな私の手を父が引いて母に触れさせた。

そこには次第になくなっていく母の体温が あった。 私はその時初めて母がタヒんだ事を理解して泣 いた。

同時に後悔もした。 数日前のあの後ろ髪を引かれた時戻っていれ ば。 面倒くさがらずにそばについていてあげれ ば。 それよりも私は母に最後の最後まで「ありが とう」といっていない事に後悔した。 私はそれから丸一日中泣いた。

泣きつかれて丸一日中寝た。 目を覚ました時見たのは私を囲んでみている 親戚と父の顔だった。 父曰く、私も「母の後を追ってしまったん じゃないかと思った」と言われた。

188: 癒されたい名無しさん 2009/08/01(土) 05:59:38 ID:6k57Jc99

それから葬式、通夜などでばたばたしていた 事。学校の友達が私のために泣いていたこと 以外覚えていない。

ある日、母の遺留品を整理していると、何十 冊ものノートがでてきた。

その中はすべて私と兄の事が書かれていた。 「今日は美咲と喧嘩した。娘には感謝しても 仕切れないのに、それをたまに忘れてたくさ んの事を頼んでしまう。もっと自分でやるよ うに努力しなければ」

「今日は美咲と外を散歩した。私は車いす だったけど久しぶりの外は楽しかった。いつ か自分の足で歩きたい」

私はそれを涙を流しながらすべて読んだ。 母は自分のタヒ期を感じていたのだろう。最後 に私と兄にあてたメッセージが書かれてい た。

美咲へ

まず、だめな母親でごめんね? いつもあなたにばかり頼ってしまって、あな たの負担になってしまってごめんね? 本当はもっと一緒に買い物したり、おいしい もの食べたりしたかった。 何よりあなたの花嫁姿が見たかった。

欲をいうなら孫も見たかった。 あなたといられた時間は他の誰より短かった けど、私にはあなたが一番大事でした。 だってあなたは私が命をかけて産んだ子です もの。

いつかあなたにこのことで酷い事を言ってし まったわね。 本当にごめんなさい。 本当はあんな事思っていなかったの。 何度誤っても足りないわ。

ごめんなさい。 私はあなたを産んだことを後悔した日なんて 一日もありません。

美咲、こんな駄目な母親なのに一緒にいてく れてありがとう。 いつも私のそばでそのかわいい笑顔を見せて くれてありがとう。

何より、私のところに産まれてきてくれてあ りがとう。 愛しています。

母より

このページだけ私の涙と母の残した涙でよれ よれになってしまいました。

今は高校にも進学して充実した毎日を送って います。 この1年ほどで夢に母が2回ほどでてきまし た。

夢の中の母は変わらず笑顔で私の頭をなでて くれました。 たとえそれが夢でも私には励みになりまし た。

最後ですが私もお母さんのところに産まれて きてよかったです。

産んでくれてありがとう。 長文すみません。ありがとうございました。

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