Novel.of.Mamesyuコミュのショート小説　『夜の会話』

街灯にライトが灯る時刻、一台のタクシーに若い女性客が乗車した。

「どちらまで」

「星見駅までお願いします」

「了解しました」

運転手はフロントガラスを見ながら女性客に話し掛けた。

「今日はデートか何かかい？」

女性客は照れながら答えた。

「はい、そうです」

「若いって良いの。わしなんて今年で七十。もうこの仕事も止めようかと思っとる。唯一の楽しみと言えば週末競馬を見に行くことぐらいだよ」

運転手は笑いながら言った。

「本当に七十歳ですか？全然見えませんよ」

「それはそれは。お世辞でも嬉しいね。ところで今日はどこへ行くんだい？」

「月ヶ島映画館へ行こうかと…」

「月ヶ島映画館か、懐かしいの。わしも若い頃行ったものだ。確か『喧嘩番丁』っていう映画を友人と観たのを覚えとるよ」

「どんな映画だったんですか？」

「ただ喧嘩するだけの変わった映画さ。でもみんな男らしくてカッコ良かったの」

「へぇー、私も観てみたいな」

「ところで何故こんな雨の中わざわざ映画館に行くんだい？」

「今日は『カップル・デー』でカップルで行くとチケットが安くなるんですよ」

「今はそんなのがあるのかい」

「はい。他にも『レディース・デー』っていうのもありますよ」

「それは女だけが安くなるのかい？」

「はい、そうですね」

「それは差別じゃないか」

「うーん、どうでしょうか。やはり差別ですかね。そう思うと男性が可哀想ですね」

「まぁわしには関係無いことだがな」

そう言って運転手は笑った。

「ところで星見駅からはどうやって？」

「海王線に乗って行きます」

「海王線か。最近開通したやつかい？」

「はい、そうです。海王線に乗って5駅目の月ヶ島駅で下車します。海王線は今までの電車とは違い、社内が広々としていて良いですよね」

「そうなのかい。わしはここ2年間ぐらい電車に乗ってないからね…」

「それじゃあ女性専用車両とかご存知無いですか？」

「それなら前にお客さんから聞いたことがあるよ。またまた男からすれば迷惑なことだそうだね」

「確かにそうですね」

少しの沈黙の後再び運転手が声を掛けた。

「そう言えば、お客さんはおいくつだい？」

「二十五です」

「仕事はしてるのかい？」

「はい。小さな病院の看護婦を…」

「看護婦とは凄いね。わしが二十五ん時と言うと、確か漁師をしていた頃かね」

「えっ、漁師ですか！？カッコイイですね」

「父親が漁師だったからね。手伝わされただけだよ。ところで結婚は考えてるのかい？」

運転手の突然の質問に、女性客は慌てた。

「えっ、は、はい？」

「相手との結婚は考えてるのかい？」

「は、はい。実は来月に式を挙げる予定でいます」

「それはそれは、おめでとう。その相手はどんな人なんだい？」

「背が高くて、180はありますね。髪は、黒髪でサッパリとしています。特にこれといった特徴は無いですが、あえて言うなら、面白いところですかね」

「おうおう、そうかいそうかい」

運転手は頷きながら言った。

「あの…、何か？」

「ハハッ。いやね、最近の男は髪を茶色だの黄色だのに染めて、髪はボサボサだわ、長いわで。オマケにピアスまで。お客さんの相手もまさか、と思ったんで」

「フフフフッ、運転手さん心配してくれてるんですか？ありがとうござ
います」

「しかし最近は男か女かの区別が付かないくて困るよ」

「フフッ、そうですね」

「お客さん、何だかんだ言ってる間に星見駅着いちゃいましたわ」

「あら、本当ですね。全然気づきませんでした。凄く楽しかったです。おいくらでしょうか？」

「わしも楽しませてもらったことだし、特別にただでいいよ」

「えっ、本当ですか！！ありがとうございます！」

運転手は言った。

「お客さん、楽しんできなさいな」

女性客は軽く頷いた。最後に女性客は運転手に向かってお礼を言った。

「ありがとうございました、お婆さん」