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F1初心者の会☆コミュのドライバー特集☆ラルフ・シューマッハ

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こんにちは☆管理人のケロックです☆
いつもF1初心者の会☆にご参加いただき、ありがとうございます☆

さて!今回は・・・久々のドライバー特集です^^;
今回のドライバーは、トヨタのエース、ラルフ・シューマッハ☆

知っている方も多いと思いますが、彼は皇帝Mシューマッハの実の弟です☆


現在は、トヨタのエースとして、チームを引っ張っていっている感じですが、ここに来るまではいろんなことがあったんです^^;



【サイボーグジュニアとして、どこへ行っても鳴り物入り】
ラルフが本格的にレースデビューをしたのは、1991年のこと。ちょうど、兄ミハエルがF1デビューした年です。兄との年齢差は7つ。小さい頃は兄の背中を追いかけるようにして、レーシングカートに熱中してたそうです☆

兄同様にメキメキと力をつけた弟ラルフは、1994年からF1の登竜門として有名なドイツF3選手権に参戦。チャンピオンこそ獲得できなかったものの、1995年に行われたマカオF3で、兄同様にF3世界一の座につきます。
ちょうど、この1995年は、兄ミハエルがF1で2年連続のワールドチャンピオンを獲得し、F1はMシューマッハを中心に回り始めていました。



【意外に知られていないが、ラルフは鈴鹿育ち☆】
通常、F3でチャンピオンになると、その次はF1の1つ下のレースである、ヨーロッパ中心で開催される国際F3000(現GP2)か、日本のフォーミュラーニッポンにステップアップします☆
基本的にヨーロッパで育ったドライバーは、国際F3000にステップアップするのが主流でしたが、ラルフはあえてフォーミュラーニッポンを選択!!これは、兄ミハエルの薦めでもあったそうです。
一見、世界的にはマイナーに見えそうなフォーミュラーニッポンですが、実は多くの有名ドライバーを輩出しています☆
ミハエルの初代No.2であったエディ・アーバインや、F3時代のミハエルの同期であるハインツ・ハラルド・フレンツェン、前戦フランスGPからマクラーレンで参戦しているペドロ・デ・ラ・ロサもフォーミュラーニッポン育ちです。
また、日本国内のレースは鈴鹿を中心にして開催されるため、フォーミュラーニッポン上がりのF1ドライバーはよく「鈴鹿育ち」と表現されます。ドライバーの腕が試される難易度の高い鈴鹿サーキットの攻略ポイントを知り尽くしているドライバーたちということです☆

ラルフがFニッポンに参戦したのは1996年。デビュー2戦目にしてなんと初優勝!そのままラルフの快進撃は止まらず、なんとデビューイヤーにシリーズチャンピオンを獲得☆
その翌年には、念願のF1のシートを獲得し、兄と同じ舞台に立つことになります。




【皇帝である兄の背中を追いかける毎日】
F1にステップアップしてからも、ラルフの勢いは止まりません。デビュー3戦目で初表彰台を経験☆その後も、中堅チームのジョーダンで常に上位に食い込む走りを見せます。
そして1999年に、名門チームであるウイリアムズに移籍。2000年からはチームのエースとして、ジェンソン・バトンとともにチームランキング3位という好成績に貢献しました。
チームが上り調子になってきていた2001年、サンマリノGPで初優勝し、勢いに乗るラルフ。そんな中開催されたカナダGPでついに兄の背中を捕らえる瞬間が訪れます!
当時のウイリアムズのマシンはBMWエンジンを積み、パワー重視のマシンになっていました。しかも、コースは直線の多いパワー重視のサーキット!
ラルフは、終始ミハエルを追い回します。これまで、他の追随を許してこなかった皇帝ミハエルも、今回だけは防戦一方。レース後半のピットストップ、ラルフはついに兄ミハエルの前に立ちます!!そのまま、ラルフが逃げ切り優勝☆兄の前に立った瞬間でした。




【兄に比較される毎日・・・】
このように、見てきた中で、皆さんはあることに気づいたでしょうか??
ラルフの活躍ぶりを語る中で、必ず兄ミハエルの名前が出てくることを・・・
ラルフがかわいそうな部分は、常に皇帝と言われる絶対王者ミハエル・シューマッハと比較されてしまう事です。
通算6勝、ポールポジションも6回と、F1ドライバーとしては申し分のない素晴らしい成績です。しかし、兄ミハエルはその10倍以上の勝利数を記録しており、ラルフにはない「ワールドチャンピオン7回」という実績があります。
「皇帝の弟」というレッテルは、いつになってもはずれることはなかったのです。
これが、知らず知らずにラルフ自身を苦しめていたことにもなっていたかもしれません。

さらに、強力なライバルも出現し、しだいにラルフはスランプに陥るようになりました。




【2001年、新たな敵が現る】
そんなラルフが活躍していた2001年、ウイリアムズチームにあるドライバーが加入しました。ファン・パブロ・モントーヤです。
彼はアメリカのCART選手権でチャンピオンを獲得、しかもウイリアムズで開発ドライバー経験もある「ウイリアムズの秘蔵っ子」みたいな存在でした。
完全エリートコースで加入したモントーヤは、2001年のドライバーズランキングでラルフを上回り、チーム側も「エースはモントーヤ」と位置づけます。今までエースだったラルフにとっては辛い日々が続き、そこから二人の間で確執が生まれたというのは有名な話です。
知らず知らずのうちに、成績もあっという間に低迷。そんな中、2004年アメリカGPでラルフは大クラッシュを演じてしまい、背骨を骨折するほど大怪我を負ってしまいます。

この悪い流れを断ち切るために、ラルフはある決断をしました。




【2005年トヨタ移籍】
今までの名門ウイリアムズから、チーム設立4年目のトヨタへの移籍。戦闘力はやや落ちてしまいますが、チームの暖かい雰囲気のおかげで、ラルフは復活します☆
ルノーから移籍してきたヤルノ・トゥルーリとともに、前年は8位だったチームランキングを4位に押し上げる活躍をみせました☆
ラルフ個人でみると、表彰台2回、ポールポジション1回の活躍を見せ、ラルフ本人にも笑顔が戻ってきました☆
そして、2006年。今度はトヨタという新天地で、世界一を再び狙おうとしています☆





いかがだったでしょうか??
F1ドライバーでも、大成功を収めている人ばかりではないのですね☆

また、質問等があれば、どんどん書き込んでください☆

コメント(1)

私のハンドルネームはこの人、ラルフから取りました。まー使い始めたのは、00年のあの快進撃です。あの年にBMWってすごいと思い車もBMになりました。まー高校卒業してからですがね。
いまも、ラルフは応援してます。

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