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三遊亭円朝コミュの自己紹介

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どうも管理人です。
自己紹介のスレッドを立ててみます。

僕は今大学で三遊亭円朝の速記本に関する卒論を書いております。
締め切りは明後日。
死にそうです・・。

コメント(37)

卒論は規定の4万字に届かず、個人的にも不完全燃焼・・。

ところで円朝の速記本、誰か実際に読まれた方いますか?
もし良かったら感想など教えてもらえませんかねー
僕は『怪談牡丹燈籠』と『月謡荻江一節』が好きなんですが

あと円朝のネタで好きなやつがあったら是非
>ぬけ雀さん

円朝の短冊ですか? そんなものがあるのですね。それってどういうもなんでしょう。

>ゆきさん

ギリギリで音盤レコードに間に合わずに死んでますからね。本当に残念です。ただ円朝の面白いのは、後年には自分で速記本風の原稿を書いてしまっているところです。「英国女王エリザベス伝」とか、今でも古典落語として残ってる「名人長二」などは彼の自筆原稿(焼失)だったようです。
>英国女王イリザベス伝

 これは高座にもかけられず、生前は発表もされなかったやつで、しかも途中から急に文語体になる異様な作品です。メモのような感じだったんでしょうね。未完だし。

 たぶん全集にしか入ってないはずです。図書館とかにはあると思いますが、揃えるとだいたい10万近くする。僕は5万で見つけたけど、財布が泣きました。

 書かれたのは明治18年で、『牡丹燈籠』の出版が明治17年ですから、すでに一年後には自分で速記口調の原稿を書いていたことになる。(二葉亭四迷の『浮雲』は明治20年!)

 ということは、この時期に出版された速記本の一部はひょっとして「速記本風の原稿」→「口演」→「速記記号」→「速記本」という非常に回りくどい成り立ちをしていた可能性もあるんじゃないかと思います。ただ、この最初と最後が両方とも残ってるやつは一本もないので、「円朝の身体」と「速記記号」が間に入ることでどれだけ作品が変わったか、を比較することは残念ながらできません。(完全に文語で書かれた自筆の構想ノートは何作品か見つかってます)

 完全に円朝が自分で書いて発表したのは『名人長二』(明治28年作・モーパッサンの翻案)ですね。
>ぬけ雀さん

それって、円朝の直筆なんでしょうか。
絵も自分で描いたのかなあ。

かなり価値があるんじゃないですか?
ごめんなさい。ずっと放置してました。

>一休さん
やっぱりおられるんですね!
これやるなら高田先生の『江戸の悪霊祓い師』は必読だと教授に云われたんですが実はまだ読んでないのです。

>密室の恋 Xさん
森まゆみさんの『円朝ざんまい』という本が最近出ましたが、森さんらしく円朝の後を追って色々と旅したみたいです。

>ロッキー☆
あの度はどうもー。お役に立てたら幸いです。
↑わ、自分のコメントを削除したらなんか不穏な感じに・・・。
すいません、質問です。
「速記口調」「速記本風」の原稿というのはどういう文体なんでしょうか?
なんだかあまりイメージできないもので。よろしくお願いします。
>密室の恋 Xさん
どうもー。僕もまだ未読なのでなんとも云えないんですが、
『円朝ざんまい』奥書によると、平凡社PR誌「月刊百科」に「円朝紀行・旅の極意、ことばの機微」と題して連載されたと書かれてあります。もしかしてこれでは?
>ヨージクさん

当時はまだ「言文一致体」というものが定着していなかっただろうと思い、あえて「速記口調」という変な言い方をしてみました。「イリザベス伝」の冒頭をちょっと引用してみます。

ベルクシアという土地は、ロンドンより三里余り離れたところにあります。ここにゴスリンと申す者が旅籠屋を営みおります。主人(あるじ)は名をゴスリンと呼んで年五十ばかりであります。繁盛の家で近辺の者多く来たって酒食をしていました。時は四月ごろのこと、一人の若者、道楽者と見えていなせな装(なり)で、若「もし御亭主、四、五日お世話になります

速記文体と文語が微妙にブレンドされてる感じ。で、途中からはこんな感じに

翌日ソッセックス、多人数を引き連れ、供揃いの用意できる。公、臣下の者に、「リース公の家来のどんなことを申すも、こっちから手出しは相成らず、さよう心得よ」と馬に乗って出張す。リース公方にては女王から両公に申し付けるとのこと、供多数召し連れ美々しく馬上で出張す。

これはおそらく口演のための原稿だったろうと思われるので、文体は統一されてません。後に自分で「名人長二」を書いたときはちゃんと速記本の文体になってます。↓

http://www.aozora.gr.jp/cards/000989/files/1489_4810.html

どうでしょう。
ありがとうございました!転記はたいへんだったのではないでしょうか。すみません。恥ずかしながら、私は円朝の速記本の表記は初めて見ました。感謝感謝です。「名人長二」はずいぶん長いのですね。

質問ばかりで申し訳ないのですが、この「速記文体」を書いたのは誰なのでしょうか?「名人長二」の親本は昭和二年刊ということですが、口演の原稿の可能性があるということは、親本は円朝自身が書いたものを底本にしているのでしょうか。

文体が途中で変わるということですが、速記は人称や語尾などは全て同じ記号で表記するので、編集の都合で語尾の統一感がなくなったというようなことはないでしょうか?
混乱させてしまってすみません。

口演のための原稿の可能性があるのは「英国女王イリザベス伝」です。これは大正12年に発見された自筆原稿で、雑誌に発表された後、震災で焼失しました。なのでどういう目的のために書かれたかは不明ですが、高座に掛けるつもりだったか、もしくは口演速記として発表するつもりだったのではないかと考えられます。

また「名人長二」は明治28年に新聞連載されたもので、円朝が自ら書いたものです。口演されたものではありません。

だからこの二つは、ともに速記ではなくそのまま書かれた文章なんです。
ありゃ、混乱してしまってすいません。私は6のレスをよく読めばよかったですね。

『浮雲』は明治20年ですが、それ以前にも小説家の間で試行錯誤はあったし、新聞記事などで口語体の試みはあったようですね。しかし、明治18年にあの文章を書いているのは確かにすごい(文学ではここから「語り」手が後景に退いていくわけですね)。

そうすると、やはり「英国女王イリザベス伝」が何のための原稿であったかというのが気になります。円朝の口演のための原稿というのは、他にあるのでしょうか?
>円朝の口演のための原稿

『怪談牡丹燈籠』や『月謡荻江一節』のための覚書が見つかってます(前者は全集に収録)。これらは完全な文語文です。

 あと興味深いのは福沢諭吉の演説の試みですかね。確か明六社の演説会のために、明治6〜7年あたりで既にほぼ完全な口語体の演説原稿を書いてますね。しかし福沢の場合、演説それ自体が初めての試みだったわけです。だから「講談・落語」の語り口を「演説」に転用する際に「書かれた文字の音読」を補助線として導入したとも考えることが出来る。だとすると円朝が今更自身の口演のために口語体で原稿を書くというのは確かに不思議ですね。指摘されて初めて気付きました。

 構成を書き留めておくだけなら、円朝は文語文で十分だった。それを元に自在に口演に纏めることが出来た。なら「イリザベス伝」は何故口語で書き始められたのか? これは確かに興味深い疑問です。もし口演のための原稿でないとするなら・・・ひょっとすると円朝は二葉亭より以前に「言文一致体」小説を世に問う可能性すらあったのかも知れない。しかしそれは叶わず、後々まで封印されてしまった。うーん・・
最近小島政二郎の「円朝」を入手して改めて円朝のすごさを認識しました。
弟子の二代目円馬師匠のこといろいろと調べています。
よろしくお願いします。
ちなみに私は上方の人間です。
こんにちは、
成り行きで、円朝さんについて日記で語ろう…としている奴です。
大衆芸能として、近現代日本語の生成過程としても、
なかなか面白いテーマになりえますネ。

ヨロシクお願いします〜
 ずっと覗くのを忘れてました。管理人です。

>只四郎さん

 日記拝見しました。鶴見俊輔『円朝における身ぶりと象徴』(ちくま学芸文庫『限界芸術論』所収)ですね。鶴見の論考自体、話が大きすぎて実は僕にはよく理解できなかったのですが、「身ぶり」という言葉でひとつ疑問に思うことがあります。

 たとえば円朝は、登場人物の身ぶりや会話の調子をやたらと口頭で説明します。「両手を前について」だとか「泣きそうになりながら」だとか。円朝ものの作品はその後何人もの噺家によって演じられ、そのうちいくつかが速記として残っていますが、それらの速記にはそんなまどろっこしい記述はありません。理由は簡単です。そんなものは「噺家が実際にやってみればいい」からです。両手を前につけばいいし、泣きそうになって喋ればいいのです。実際、円朝はそうやったはずだと思うのですが、何故かその身ぶりをわざわざ口頭で説明する記述が速記に残っている。これをいったいどう考えたらいいのか、というのが今一番気になっていることです。
はじめまして、
円朝を知ったのはごく最近です。
「ニフ亭」、「ずんずん落語」で興味が沸き、立川談春師匠の「文七元結」で落語自体にどっぷりはまりました。
小学二年位には「寿限無」を必死に覚えたのですが、漫才の方が笑えたため、30年近く落語の本当の楽しみに気付かずにいました。情けない。
最近は圓生師匠を中心に円朝作品をコレクションし始めています。
どうぞ宜しくお願いします。
はじめまして。
私たちの劇団は今年創立80周年を迎えるにあたり、
記念公演として「牡丹燈籠」に取り組みます。
ぜひお出かけください。
http://www.geocities.jp/ukachoro/botan/botantop.html
はじめまして。
歌舞伎を通して円朝のファンになりました。
「真景暈ケ淵」「牡丹燈籠」が好きです。

2週間前、谷中のお墓にも行って参りました。

どうぞ末永くよろしくお願いします。
皆さん宜しくお願いします円朝噺との最初の出会いは携帯サイトでダウンロードした当代(11代目)金原亭馬生師匠と六代目五街道雲助師匠の業平文治漂流奇譚の抜き詠みで大好きになり


携帯青空文庫で漂流奇譚を読破し現在は岩波文庫の
牡丹燈籠少しずつ読んで
います
はじめまして。
三遊亭圓朝の作品を扱いたくて、昔、大学院では『塩原多助一代記』の論文を出させていただきました。
今では妊婦なのですが、たまに数年前に書いた自分の論文や圓朝関連の本を読み返します。また研究したいなぁ...なんて思ったり。

最近はmixiよりfacebookやLINEでの情報のやり取りが多くなってしまいましたが...久々に再開してみました。
『怪談牡丹燈籠』『塩原多助一代記』が好きです(^_^)

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