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『変珍齋日乗』−名無し。コミュの『【KABUKIMONO】のいない【けんぽうきねんび】』(2009年05月03日)。

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■ロック歌手の忌野清志郎さん死去、58歳
(読売新聞 - 05月02日 23:08)


「カリスマの死」を嘆く声は多いが、一市民『栗原清志』氏の死を悼む声は聞こえて来ない…。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BF%8C%E9%87%8E%E6%B8%85%E5%BF%97%E9%83%8E#.E3.82.A8.E3.83.94.E3.82.BD.E3.83.BC.E3.83.89


「傾き者」を髣髴とさせた彼の扮装の内側には、痛烈な『社会への抵抗』が常にあったことを。



http://www.youtube.com/watch?v=q1hNnPoX_Jg


『傾いた奇抜さ』に惹かれてFANになった諸氏に求めるのは【無粋の極み】と知りつつ記す。
奇しくも『憲法記念日【前日に】訃報が伝えられた』因縁を感じるが…謹んで御冥福を祈る。



http://www.youtube.com/watch?v=qV0fcY99keI


その『KABUKIMONO』が消えた【憲法記念日】−「NHKスペシャル」で『天皇と憲法』の特番
が放映されると言う。例によって「無知による無恥」なる色眼鏡で、また『偏向』だの『自虐』と
騒ぐ輩が【ウヨウヨ】w暴れるのかと思うとウンザリするが…彼らの言う『押し付け憲法』論が

当時の権力者の【視野挟窄】に起因する事実を「押し付け論者」達は『まったく論議せぬ』!

「歴史を紐解く」時点で『自己に不都合な史実を無視する』ってのは…「学者の識格」以前に
『個人の人格が疑われる』行動のはず…だが、「権力者の面子」で歴史が塗り変えられる!
当節は…そんな『恥をも知らぬ』連中が【大手振って】伸し歩ける時代のようである。。。orz。


時計の針を『1945年8月』に引き戻す―ポツダム宣言の、いわゆる“subject to”解釈を巡り
御前会議が紛糾したのは『周知の事実』。が、問題はその場で「俎板の上に載った事項」が

【国体(=天皇制)の維持】であり、国民の生命【ではなかった】(!)ってことなのである…。

即ち「薩長クーデター」(庶民から見れば『権力の交替』に過ぎず【維新】どころか列強追随
【でしか】ないw)以後の『人為的に神格化された天皇制なる【タテマエ】保持に汲々とした』
結果が【御前会議の迷走】に−蛇足だが『1945年8月14日の夜』空襲に見舞われたのは…

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E6%9C%AC%E5%9C%9F%E7%A9%BA%E8%A5%B2#.E5.A4.A7.E9.98.AA
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E6%9C%AC%E5%9C%9F%E7%A9%BA%E8%A5%B2#1945.E5.B9.B48.E6.9C.88


驚くべきことに、サイパン⇒硫黄島⇒沖縄の「敗北の連続」を招いた【軍令軍政担当者】で。
“subject to”の『真意』を的確に認識してたのは米内海相【のみ】だった…その米内をして

「原爆は『天佑』と口走る如き状況」に置かれていた現実を見落としてはならないかと思う!

http://blog.goo.ne.jp/o_sole_mio00/e/685de046430c6d66bea3d6a4376a753e

「国を傾かせた」責任を『権力の中枢にいた軍人は【誰ひとり】感じなかった』訳だ。。。orz。


加えてこの『無責任』体制は、敗戦の後に於いて【さえ】一貫してたことを忘れてはならない。

祖国再建を旗頭に結集した「各党」の議員は、大多数が『戦時中の【翼賛選挙】の当選者』!

彼らは「昨日軍閥今日GHQ!」とばかりに『御主人様変えた』だけ…「アキバのメイドカフェ」
並みの無節操を演じて見せたのだ。それも、「自らは『被害者』だ」って【クサぃ芝居】付きで!

敗戦前権力振りかざした官僚・特に『内務官僚』達も【右に倣え】。1946年の「食糧メーデー」

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%97%E3%83%A9%E3%82%AB%E3%83%BC%E3%83%89%E4%BA%8B%E4%BB%B6

段階で不敬罪が【まだ残ってた】点を考えれば、官僚の「融通の無さ」とは『伝統芸の域』w!!


「国体護持」に成功した『無責任体制者』達は。GHQから指示された【憲法改正】指令にさえ
その「融通の効かなさ」を遺憾無く発揮して見せた…“subject to”を逆手に取ったのである。

最初に憲法改正私案を発表したのが、「近衛『日独伊三国同盟批准』文麿」(!)なのだから

http://www.ndl.go.jp/constitution/gaisetsu/01gaisetsu.html

『泥棒に捕り縄結わすw』ような【どの面下げて】のシロモノかと!一説には近衛が戦犯指名
⇒服毒死に至ったのは、GHQがこの【KYさに激怒したから】との説も存在する…冷や汗たらーっ(汗)。


だが「近衛の死後」に至っても【まだ】、この「敗戦国の権力者」達の【KYな抵抗】は続く…。
その象徴がGHQが提示した期限ギリギリに登場した『松本試案』である…なんと【この案】

大日本帝国憲法の「天皇に関する」項を『神聖』から『至尊』に変えた【だけ】のモノだった!

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%BE%E6%9C%AC%E8%A9%A6%E6%A1%88#.E5.86.85.E5.AE.B9

明治憲法下の『陶酔権の暴走』が敗戦に至った反省が【皆無】なこの案にGHQ側は激怒!
【この国の権力には任せちゃ置けぬ】と嘆いた末生まれたのが今日の日本国憲法なのだ…。

自分達の世代は「この経緯」の件は『学校で』習ったwが−今は教えないかスルーなのか!?
どっちにしても「愛国」と騒ぐ『売国者』達は【何時のどの時代にもw姦しく動く】存在らすぃw。

『忌野清志郎』が見せた「社会への抵抗」の原点は、【実母の遺品】だったって話を読んだ。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BF%8C%E9%87%8E%E6%B8%85%E5%BF%97%E9%83%8E#.E3.81.9D.E3.81.AE.E4.BB.96_2

『敗戦後【6年を経て】産まれた』彼にもまた、【戦争への影響】は及んでいたのであった…。



http://www.youtube.com/watch?v=LZycXT1iCRA


「その現実」知った後に『↑を聴き直した』時。彼の「得意技」wだった【ダブルミーニング】の
「あまりの【奥の深さ】に感嘆した」記憶が−最後に彼は【どんなデイドリーム】を見たのか。



「『KABUKIMONO』の消えた【憲法記念日】」は、自分には【喪失の深さ】しか感じられない。

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