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東淀川3号コミュの鉄道ジャーナル94年8月号より

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 鉄道ジャーナルは、個人的には定期刊行されてる鉄道雑誌の中では一番
 好きな雑誌です。グランデにはこの過去のバックナンバーがかなりの数揃えられており、
 今読むからこそわかる色々な視点があります。当時の記事から現在の問題を考えてみるのも
 一興かと思います。

 94年は現在から考えて実に15年も前のこと。
 この号では「岐路に立つ夜行列車の現実」と題して、それぞれの寝台列車の現状と今後
 どうすべきかを提言しています。

 主に取り上げられているのは、「はやぶさ」
 当時東京から西鹿児島(現在の鹿児島中央)までを走破18時16分発、終点西鹿児島には
 実に15時10分と、21時間に及ぶ超ロングランである。
 この時期には、富士が鹿児島までの走行をやめているため、鹿児島⇔東京の直行便は
 このはやぶさだけとなった。

 すでに国鉄末期から問題視されていた寝台離れはこの頃にははっきりと顕在化しており、
 青函トンネルブームも一段落ついて、さてどうなるか・・と言うところであった。
 依然東京発の寝台は「あさかぜ」「出雲」「瀬戸」「さくら」「はやぶさ」「銀河」「みずほ」が
 健在で、そうそうたる面子が東海道をかけていた。
 しかしその内情は、北への「北斗星」等への25系の投資に比べ、旧来からの寝台は
 カーテンや寝具の入れ替えや補強程度にとどまり、食堂車はこの頃から廃止の方向へ
 動き出しており、テコ入れを何とかしなければどんどんとお客さんが離れていくと言う
 危機感が出ていた。

 「はやぶさ」は鹿児島区間では乗車率がこのときは20%ほどだったというから、
 すでに乗車率が芳しくなかったのは見て取れる。

 この時の鉄道ジャーナルでは、台頭する高速バスや、ビジネスホテル、飛行機に対抗するために
 あらゆる手をうち、さらにはJRが協力して夜行の魅力を訴えていくべきで、今度九州寝台の
 数は絞られるかもしれないが、鹿児島⇔東京の直行便は廃してはならないと訴えている。

 しかしその後、寝台列車はほぼ全く、実に全く何もせず。ただただ淡々と走行を続け、
 必然的に乗車率は逓減を続け、どんどんと九州寝台は消滅。JR東海にいたっては
 機関車の運転手の養成を全く行わず、JR西日本はコストの問題から客車を手放し
 2009年3月の「はやぶさ」「富士」の廃止をもって九州寝台は全滅に追い込まれた。

 94年時点でこれだけ危機が鮮明となっているのに、なぜ何も手をうたずただただ
 国鉄から引き継いだから仕方なく・・と走らせ続けたのか、もちろん各社にまたがっての
 走行や、旨みは少ないが、ダイヤ上のリスクは大きい等の問題はあっても、それは
 現状の問題で、今後の展望を語らない言い訳ではなかったはずだ。

 現在JR九州はブルートレイン復活の声におされて、全廃棄するはずだった客車を一部残し
 観光用として活用している。すでにビジネスや速達の意義を失った寝台の果たすべき
 これからの役割は何なのか。JR各社には夢を見せて欲しいものである

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