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短歌点コミュの短歌点573△お題「水族館」

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水族館にタカアシガニを見てゐしはいつか誰かの子を生む器  (坂井修一)

水族館行こミーンズI LOVE YOU  (内田春菊)

捨て去るといえるほど世を愛したか水族館の水母はゆれる  (犬)



ルール

1:出題者が、お題を出します。
2:お題は、何でもありで面白そうなもの。
  50題以前に出されたものであれば、既出のお題でもOKです。
3:出題者じゃない人はお題を詠み込んだ短歌を書き込みます。(1人1首のみ)
4:一週間以後、出題者が(独断で)もっとも素晴らしいと思った短歌を1つ選
び、その選出理由を書きこみます。
5:次のお題は、最優秀短歌をつくった人が出すことになります。
 (新トピックの番号は「自分が選ばれたトピック番号+5」)
6:その後は、みんなでワイワイ感想をかわします。

コメント(50)

ぼんやりとただ酔うくらげ眺めててふと鮃居た水族館にて
ひるがえるエイの後をひるがえる少女のスカート水族館日和
雨の日の水族館は宿のない幽霊たちが暖をとる場所
半時間あるなら崎のえびかにの水族館やら寄ってくらんせ
われもまた水族館の生き物の一匹と思う貌映りたり


われもまたすいぞくかんのいきもののいっぴきとおもうかおうつりたり
脱獄をした気になれた平日に水族館できらめくだけで
知った気になったつもりでいたんだな水族館で見たエイの腹
魚しげくとどまらざればきらきらと水族館の青きみづがね
結論が別れるんならもう行くよ水族館のイルカの飛沫
呼吸なんかできてないのに泳いでるふりした 水族館で飼われていたくて
それでは締め切りますね。
投稿ありがとうございました。
青色のワンピース着てひらひらと水族館の魚になりゆく

この歌、作中主体は水族館にいるのでしょうか。いないような気がしますね。
部屋の中や、どこか外を歩いていたりするのでしょうか。楽しげな感じがよく伝わってきます。
「魚になった」ではなく「魚になりゆく」となっているのが最初気になったのですが、作中主体の心の中で、ゆっくりと時間をかけてしだいに魚になってゆくという感じでしょうか。
お気に入りの洋服だということがよく伝わってますね。



天井にイワシの大群水族館メタリックな渦ゆらぐ足もと

下句の感覚、とても素敵だと思います。
イワシの金属的なきらめきに幻惑されて、ちょっとクラクラしているという感じでしょうか。
「水族館」の位置があまり良くないかなという気もします。今回は題詠だからしかたないと思いますが、「水族館」という言葉を使わない一首として作れるような気がしますね。
とても美しい歌だと思います。



ぼんやりとただ酔うくらげ眺めててふと鮃居た水族館にて

掛詞の歌ですね。
水族館にはユニークな姿の生き物も多いので、なんだかこの歌の雰囲気ととても合っている気がします。
掛詞だけにこだわるのではなく、歌そのものの内容にももう少しこだわると、凄い歌になるような気がします。
とても楽しい歌です。



ひるがえるエイの後をひるがえる少女のスカート水族館日和

「後を」は「うしろを」と読んでいいのでしょうか。もしそうであれば「後ろを」としても良かったかも知れませんね。
「少女」という言い方からすると、作中主体とは知り合いなどではなく、どうやら他人のような気がしますね。とても素敵な場面に出くわしたという気がします。
「水族館日和」というまとめ方がやや気になったのですが、ちょっとエッチな男性目線として考えると、ユニークでいいのかも知れませんね。
とても工夫されていますね。



あの青い水のお味はビターチョコ水族館を二人は歩く

「二人」のうちひとりはきっと作中主体で、そして二人はきっとカップルなのでしょうね。
「青」「青い水」と「ビターチョコ」のイメージが少し結びつきにくい気もしますが、ちょっと大人の恋、ほろ苦い恋、というような雰囲気を作り出すことに成功しています。
しかし「味」ではなく「お味」としたところでまた甘いイメージになってしまっているかなとも思います。
恋の行方が気になる歌です。
雨の日の水族館は宿のない幽霊たちが暖をとる場所

もちろん水族館の中にまで雨が降っているわけではありませんが、雨の中を歩いてきた作中主体は、晴れの日とはまた違った心境で水族館の中にいるのでした。
幻視・・・とまでは言わなくても、そこらじゅうにあたかも幽霊がいるかのような気がしてくるのです。
ちょっとまってください、もしかしたら実際に見えている他のお客さんたちも幽霊なのかも知れません。
自分自身は?行く場所もなくただ彷徨っていて、雨が降ってきたのでたまたま水族館に入った自分自身もまた、もしかしたら幽霊なのかも知れません。



半時間あるなら崎のえびかにの水族館やら寄ってくらんせ

方言で短歌を詠むってとても素敵だと思うんです。
「えびかにの水族館」というのは和歌山県にある、すさみ海立エビとカニの水族館、のことでいいのでしょうか。
調べたらここ、とてもいいですね。珍しくて美しいエビやカニがいっぱいいて。ダイオウグソクムシもいるのですね。機会があったらぜひ行きたいです。
固有名詞はなるべく正確に短歌の中に入れたいところですが、話し言葉の短歌ですし、地元では気軽に「えびかにの水族館」と呼んでいるのかも知れませんね。
地名などの情報がもう少しほしいかなとも思いましたが、方言がその役割を果たし、またその標準語にはない魅力で、とても素敵な短歌になっています。
われもまた水族館の生き物の一匹と思う貌映りたり

水族館の大きな水槽のガラスに、自分の姿が映ったことだけで「われもまた水族館の生き物の一匹」だという感慨にふけったのでしょうか。
もしかしたら、飼い慣らされているように生きていたり、狭い世界だけで生きているような、自分自身の生活そのものにも起因するところがあったのかも知れません。
シンプルながら味わいのある歌ですね。



脱獄をした気になれた平日に水族館できらめくだけで

二句切れの歌ですね。
「平日」という言葉がよく効いていて、作中主体が普段は学校や職場に通っているのに、この日はさぼったのか休みをとったのかして水族館に来ているということがよく分かります。
ストレスが溜まっていたのでしょうね。水族館に来たことによってまるで脱獄をしたかのような解放感を得たのでした。
とても気持ちのよく分かる、カタルシスに満ちた歌です。



知った気になったつもりでいたんだな水族館で見たエイの腹

「エイの腹」って笑っているように見えますよね。
そのことは知っていたけれど、実際に水族館でエイを見ていたら、想像以上に笑っている。
見ているこっちまで、気が付くとちょっと笑顔になっているし、浮世のことはしばし忘れ、エイと見つめ合い、自分でもおどろくほど楽しいきもちになっていたのでした。
ちなみに笑っている目のように見えるのは、実は鼻なんですよね。本当の目は背中側についています。
読者も楽しいきもちになってしまう歌です。
魚しげくとどまらざればきらきらと水族館の青きみづがね

「みづがね」というのは水銀のことですね。
そういえば宮英子さんが「青銀色(あをみづがね)」という歌集を出したことを思い出しました。
なんの魚でしょうね。イワシの群れの、あの幻想的な動きでしょうか。その様子をじっと見ていると、あたかも青い水銀が、自在に形を変えてゆくかのようなイメージに幻惑されてしまうのです。
「とどまらざれば」の「ざれば・・・〜」という原因と結果であるような構造は、やや散文的な色合いを濃くしてしまうかなとも思います。「ざれば」ではなくもう少し自然なかんじだとさらに良くなったのかも知れません。
幻想的な美しさを持った歌ですね。



結論が別れるんならもう行くよ水族館のイルカの飛沫

「別れる」というのは別離のことなのでしょう。
水族館のイルカショーを見ているうちに、いつしか別れ話になってしまったのでしょうか。
イルカが大きなジャンプをして、別れ話をしているこちらにまで水しぶきが飛んできました。
それは何かが終わってしまったはかないしるしのようにも思えたし、それが体にかかり、みじめさに拍車がかかったのでした。
おしいなと思うのは「結論が別れるんならもう行くよ」というのが、話し言葉としてややこなれていないような印象を受けることです。
とはいえ下句が良く効いていて、素敵な歌だと思います。
呼吸なんかできてないのに泳いでるふりした 水族館で飼われていたくて

呼吸なんか/できてないのに/泳いでるふりした/ 水族館で/飼われていたくて

とりあえずこのように句切って読んでみました。三句目が長いのだという解釈です。
いくつかの解釈ができる歌だと思いますが、家庭における妻の歌として読みました。
「水族館」とは飼い慣らされた安全地帯であり、まわりに見せるための、美しくてきちんとした家庭の象徴でしょうか。
しかし実際は息詰まるような空間であり、もっと広々とした海で泳いでみたいと願うのですが、危険に満ちた大海に出てゆく勇気が持てず、依然として水族館の中でくすぶっているのでした。
身につまされるような歌です。
あまり良い破調とは言えないかも知れません。しかし切実さが伝わってくる歌です。



うつくしい記憶へ改ざんさせながら水族館でする肺呼吸

「水族館でする肺呼吸」ってとてもうまいですね。
肺呼吸って当たり前ですけど、「水族館でする」となると途端に光り輝くような表現になるのでした。
昔の恋人とのことを思い出しているのでしょう。一緒に水族館に来たこと。ほかにもいろいろな所に行ったこと。そこでの出来事。笑ったことや泣いたことなど。
改ざんさせるのは記憶の映像的ではないところ、たとえば別れた理由などが、自分の都合のいいような、自らの弱さを責め苛まないようなものに静かにすり替えられてゆきます。
あたかも肺呼吸で炭酸ガスと酸素が入れ替わるように、それまでの記憶は改ざんされた美しい記憶と入れ替わるのでした。
これは悲しいことなのかもしれません。しかし誰もがそれをほとんど無意識のうちに実行し、そしてそういう操作をしたことさえ忘れてしまうのです。
好きな歌です。





雨の日の水族館は宿のない幽霊たちが暖をとる場所



半時間あるなら崎のえびかにの水族館やら寄ってくらんせ



脱獄をした気になれた平日に水族館できらめくだけで



知った気になったつもりでいたんだな水族館で見たエイの腹



結論が別れるんならもう行くよ水族館のイルカの飛沫



呼吸なんかできてないのに泳いでるふりした 水族館で飼われていたくて



うつくしい記憶へ改ざんさせながら水族館でする肺呼吸
とても好きな歌です。





呼吸なんかできてないのに泳いでるふりした 水族館で飼われていたくて



うつくしい記憶へ改ざんさせながら水族館でする肺呼吸
今回とてもまよいました。
最初、山椒さんの歌を選ぼうと思っていたのですが、考えているうちに蜜柑さんの歌を選ぼうとも思いました。それからまたどちらを選ぼうかずっと迷っていました。
蜜柑さんの歌の破調のことは、それほどマイナスとして考えてはいませんでした。歌の切実さに打たれて、選ぼうとも思ったのですが、今回はその完成度と、透き通るようなかなしさを歌った山椒さんの歌を選びます。



うつくしい記憶へ改ざんさせながら水族館でする肺呼吸  (山椒さん)



それでは山椒さん、次のお題をよろしくお願いいたします。
参加してくださったみなさん、ありがとうございました。
>>[044]

心温まる講評、選歌ありがとうございました。

山椒さん、最優秀おめでとうございました。
きじまっちさん、お疲れさまでしたとありがとうございましたほっとした顔

思いがけず次点にも選んでいただき、講評もコメントも励みになりました。
破調は好みではないのですが、最近は詠みたいことを突き詰めると破調になるしかないことが多く、きじまっちさんの講評は自分を見つめる機会になりました。

山椒さんおめでとうございます!
一読で間違いなく最優秀だと思っていました。
お力のある短歌で素敵です。

お気に入りはまたのちほど。
コメントくださった方、イイネしてくださった方、ありがとうございます。
言葉や理解が足りなかったり、また言い過ぎてしまったところなど多々あったと思います。申し訳ありません。
とても勉強になりました。
これからもよろしくお願いいたします。
きのう友達に赤ちゃんが生まれてとても嬉しかったです。

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