ログインしてさらにmixiを楽しもう

コメントを投稿して情報交換!
更新通知を受け取って、最新情報をゲット!

聚楽第〜関白の城館〜コミュの聚楽第型城郭

  • mixiチェック
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
広島城は毛利輝元が聚楽第を参考に築城したそうです。
このような城は聚楽第型城郭と呼ばれ、天守の位置も北西隅または北東隅と決まっていたそうです。

聚楽第型城郭には

清洲城(織田信雄築城)
高岡城(富山)
津城(三重)
長岡城(新潟)
広島城
新庄城(山形)

などがあり、近世城郭の一つの流れとなっていたようです。

コメント(6)

広島城の縄張り。天守を北西隅に持つ長方形の本丸と、その前面に馬出しを設けてありますが、確かに聚楽第と似てますね。

広島城の図→広島城パンフレットから

聚楽第の図→スタンプラリー「聚楽第と御土居を巡る」パンフレットから
高岡城は高山右近の縄張りによりますが、残念ながら未完成のままでした。
しかし、遺構はよく残されており、やはり本丸の前に小さな馬出をつけた聚楽第型の縄張りになっています。
高岡城でも天守の位置が北西隅と、聚楽第や広島城の天守の位置を踏襲していますね。

模型は城内の高山市博物館(無料、百名城スタンプ設置場所)のもので、銅像は高山右近です。
清洲城は本能寺の変後に、織田信雄によって近世城郭として整備されました。この時に聚楽第型に改修されたようです。
天守は聚楽第と同様に北西隅で、本丸前に角馬出しを設けています。模擬天守閣内部の模型を見ると分かりやすいです。

なお、今の模擬天守は本来の天守とは異なる位置に建てられています。
三重県にある津城は関ヶ原の戦いで、建物の大半を焼失した後、慶長13年に入封した藤堂高虎によって大改修され、聚楽第型になっています。
現在は模擬天守が立っていますが、位置はかつての天守の位置ではありません。
自分はまだ見ていませんが、津市役所ホールにある模型を見ると、よく分かるかもしれません。
http://www.tsukanko.jp/takatora/mokei.html
前回見れなかった津城の復元模型を見てきました。現在は城から歩いて行ける、センターパレスの地下にあります。
これで見ると、やはり聚楽第様式なのが良くわかります。
しかし、馬出にあたる西の丸の反対側に同様の東の丸が配されたり、天守の位置が南西だったりするのは独特でした。

ログインすると、みんなのコメントがもっと見れるよ

mixiユーザー
ログインしてコメントしよう!

聚楽第〜関白の城館〜 更新情報

聚楽第〜関白の城館〜のメンバーはこんなコミュニティにも参加しています

星印の数は、共通して参加しているメンバーが多いほど増えます。

人気コミュニティランキング