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一行で笑わせろ!コミュの牧口常三郎って

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コメント(6)

世界大戦当時は「戦争反対」と言えば
憲兵に捕まって拷問を受ける時代でした。
それでも初代会長は命がけで平和のために民衆の命を守り
邪法を砕き 民を救い 戦争に反対されたのです。
牧口常三郎は1941年には機関誌『価値創造』を発刊するが翌年廃刊。
戦時下の特別高等警察による監視が続けられる中で
牧口は国内各地において大善生活実験証明座談会を開催し
戦前の最盛期には後の創価学会の最高幹部となる和泉覚、辻武寿、
原島宏治、小泉隆らを含め、3000人の会員を擁すまでとなる。
1943年5月、神社神道を批判したことで機関誌『新教』が廃刊となる。
6月、日蓮正宗総本山大石寺に呼ばれた牧口と戸田らは
管長鈴木日恭と堀日亨同席の下、庶務部長から
「学会も一応、神札を受け取るようにしてはどうか」と申し渡されるが
これを拒絶する。
その後、創価教育学会は登山を禁止された。
同年7月6日、伊豆下田での座談会開催直後、伊勢神宮の神札を
祭ることを拒否したために治安維持法違反並びに不敬罪の容疑で
下田警察署に連行される。
同日、戸田らも検挙。
この一連の弾圧で21名の幹部が検挙された。
牧口は獄中においても転向を拒否し、1944年11月18日、
東京拘置所内の病監で栄養失調と老衰のため死去した。 
【信者ではありませんが、歴史に関心があり、以前関連書籍本を読んだところ、】警察署の給仕から身を起こし教育者となり【科目は地理→校長】、日蓮上人の「実践を重んずる」宗旨を教育に活かす「創価教育学会」【現:創価学会】を設立。だが第二次大戦下の厳しい思想統制に触れ投獄の憂き目に遭い獄死。

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