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携帯文学の部屋コミュのカメラマン

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彼女は自分が写真に写りたくなくて、カメラマンになった。

面長でクールな表情に、細く真っ黒な髪をまっすぐに下ろし、静かに屈んでファインダーをのぞき込む。その途端、表情を引き締め、彼女は周りを巻き込む世界を創った。彼女を見た誰かは、その姿がファインダー越しに臨むモデルのようだと思った。そして実際に立つ雑誌モデルはその度にジェラシーを感じ、女性だけがわかるトゲのある姿勢が、結果的にほかのカメラマンの撮れない写真を残すことになった。

そんな彼女は、自身が撮影されることを拒んだ。自分が意識する以前から、その思いは人にたやすく伝わり、そのために彼女にレンズの前に立つように勧める人はいなかった。けれど、日本人の視点はスター性のあるポイントに集まる。スターがいなければカルチャーが根付かないと信じる国民性なのかもしれないが、そのために彼女は海外での撮影を特に好んだ。

彼女が無意識にレンズを拒む姿勢は、周囲の人間に違ったジェラシーとストレスを与えることにもなった。誰かは、その姿を見て過剰意識だと舞台裏で口にし、また別の誰かは、その姿を見て小動物のようだと声をかけた。

その実、彼女の抱えるものはそのどちらでもなかった。理由のない拒否感。彼女が避けるのは後に残る「写真」であり、そこにぶら下がっているのは、憎むべき父親だった。カメラマンをやっていること自体、あるいは過剰な意識の顕れなのかもしれない。

彼女は父親との過去を消した、いや、消したと思い込んでいた。そこに父親がいて、父親が撮影した写真があることを意識の奥底にしまい込んで見えない振りをした。

消した事実を生むために彼女は父親を殺し、残された写真を百合ヶ丘の実家のドラム缶の火にくべた。ドラム缶は裏庭の端にポツリと佇んでいた。

母親は彼女が4歳8カ月のときに亡くなっていたから、時おり暗く冷えた実家に帰ると、部屋の電灯をつけ、空気の入れ替えにと雨戸を開けると、庭の片隅にあるドラム缶を見つめてしまう。実家の部屋のように微塵も動きのないドラム缶は、彼女に安心感を与えているようでもあり、間をおいて責めるような冷静さを向けているようでもあった。彼女には判断ができずにいた。

父親が残した写真には彼女が閉じ込められていて、彼女はドラム缶の前で写真に収まる自身の姿に大粒の涙を流しながら別れを告げた。ないしは自身を解放した。それは喜ばしい現実の訪れとともに、悲しい過去との最後の直面だった。見たくもない過去。

彼女はある日、渋谷の街に出た。撮影仕事を終えた後で、次の撮影用に赤い布を買いに生地屋に向かうためだった。

生地屋にはさまざまな赤い布があったが、どれも今ひとつ気に入らなかった。本来撮影のディレクションはデザイナーが行うところだが、この仕事に関しては構図自体デザイナーが決めたが、ポートレートを撮影する際に背景に使う赤は、カメラマンである彼女が誰より明確にイメージしていたから、自分に決めさせてほしいと嘆願した。

欲しい生地は、ライトを多少反射して、しかも明るいながらも落ち着いた色だった。

その生地屋では結局思うとおりの生地は見つからず、諦めて彼女は別の生地屋に向かうことにした。

店を出たところで、不意に彼女はある人物に視線が留まった。通りを挟んだ向かいの歩道を歩く女性だった。

理由はすぐにわかった。その女性が自分に似ていると感じたからだった。背丈やスタイル、髪形からファッションまで、とにかく印象として自分に似ているなとは思った。しかし、それだけが理由ではないように思えた。そんな女性は渋谷にたくさんいる。彼女はモデルのように見られることを意識的に避け、だれもがするようなわかりよい服装に努めたし、髪型がそこにリンクするのも当然のことだった。

理由を探す間に、女性は先のブロックを奥に曲がろうとした。彼女は迷いなく女性の後を追った。

後ろ姿も自分に似ているなと感じた。けれど理由には行き着かない。女性の向かう先はわからなかったが、自分の向かおうとする方向から離れていくことはわかっていたから、彼女は焦りを感じていた。わからないことに渇望感を感じたし、その理由の不在にも苛立った。

そのとき、女性が次の角を右手に折れた瞬間、彼女は足を止めた。女性が似ていたのは、自分ではないことに気づいた。姿は自分にそっくりだったが、似ているのはドラム缶だと思った。彼女を見るドラム缶。庭の端に佇むそれ。

彼女はそこへカメラバッグを置き、しゃがみ込んで中からカメラを取り出した。そしてレンズをはめると立ち上がり、バッグを置いたまま女性の影を追った。

彼女にとってそれはほんの短い時間だったが、思った以上に女性は先を歩いていた。あるいは途中で小走りになったのかもしれない。でも、私の目を眩ませることはできない。彼女は思った。

父親は最後に言った。
「お前は私の娘だ。それは変わらない」
すでに立ち上がれなかった父親を後にして、彼女は家を出た。2日後に警察から電話があった。
親戚数人を呼んで小さな葬儀を行った。父親の兄は泣いた。父親の妹も泣いた。母方はだれも参列しなかった。彼女も泣いた。すべての終わりが光として見えた瞬間だった。それから彼女はカメラマンになった。

先の信号で女性の足が止まった。彼女は後ろを追うことを止め、通りに飛び出した。クラクションの吃音がビルに反射した。通りを行き交う人たちはその音に注目したが、彼女には聞こえなかった。ヒールのサンダルが脱げそうになり、足首をひねったが、それにも気づかなかった。通りを渡り切ると、信号のある交差点に急いだ。信号はまだ赤だった。

コメント(1)

あ。

とりあえず、足跡がわりにペタ。

久しぶりの更新だね。

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