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物語を始めようコミュの【文】AかB

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【フィクション】

「部屋に斧を持った男が潜んでいる」というモチーフを使った都市伝説が、
私の知る限りでもいくつかあります。
 大体有名なのは「ベッドの下に…」というやつだと思うのだけれど、
私は子供の頃その話が本当に怖かった。
よく眠れなくなって、泣きながら両親の寝室に行ったりしました。
いや、私の部屋は和室だったので、ベッドはなかったんですけどね。
それでもなんだかすごく怖かった。
勿論、今はそんなのはただの作り話だってわかります。これでも大人ですから。
いくつまでそんなの信じてたんだろう? ちょっと、思い出せないけれど。



彼女は雑誌のページをぱらぱらとめくりながらひとしきり音楽を聴いていた。
夜は概ねそうして過ごすのだ。
テレビもたまに点けるけれど、特に熱心には見ていない。
ドラマも見ないし、ニュースも見ない。
いつの頃からか、自分でも不思議な程興味を持てなくなってしまった。
音楽以外は何も聞こえない、静かな夜だった。
暑くもなく寒くもなく、空気は少し乾いていて、
外にはコウモリの様な形をした異界の生物がざんざん降っていそうな気配がした。
しばらくそうしていると、彼女はふと何かに気付いた様に顔を上げた。
別に本当に何かに気付いた訳ではない。ただ本当に何気なく顔を上げたのだ。

すると、ベッドの下に人間がいた。

薄く埃の積もった床とベッドの間に、窮屈そうに挟まってこちらを見ていた。
その人間は目が合うと、少し笑った様に見えた。
もっと言うと、軽く会釈をした様にさえ見えた。

彼女は混乱した。とにかく混乱した。
それは、相当に怖いだろう。想像に難くない。

彼女はその人間と目を合わせた姿勢でそのまま固まった。声も出ない。
体温が一気に下がっていくのを感じた。
呼吸が徐々に浅くなり、体の至るところに冷たい汗をかいた。
頭の芯がびりびりと痺れて、目が霞んだ。
奇妙な事に、ベッドの下の人間もそのままじっと彼女を見ていた。
襲いかかるでもなく、ただじっとがらんどうな目で彼女を見ていた。

どれくらいそうしていただろうか。
恐怖と緊張と混乱で意識さえ混濁しかけていた彼女は、
自分の中に芽生えた違和感の様なものにしばらく気付けないでいた。

つまり、ベッドの下にいたのは、彼女自身だったのだ。

自分の顔というのは、自分で見る場合には鏡を見るか、
写真に映るかするしかない訳だけれど、
それらはどうしても「実体の自分」と完全に同じではないものだ。
だからベッドの下にいるのが自分自身だと理解するのに時間がかかった。

そうとわかると、彼女は一気に弛緩した。

手のひらは汗でぐしゃぐしゃになっていた。
安心して涙が出そうになった。
胃の中に詰まっていた重い空気の固まりを、彼女は一思いに全て吐き出した。
だって、自分を怖がる人間がどこにいるだろう?
そんな事じゃ鏡も見られないし、お店のウィンドウの前も歩けないじゃないか。
ぐったりと壁にもたれかかる彼女を見て、
ベッドの下にいた彼女は何かを把握したようだった。
彼女は速やかにベッドの下から這い出て来て、
右手に持った斧で彼女の頭を叩き割った。

ここから、わかりやすい様に、
壁にもたれていた方をA、ベッドの下にいた方をBとしよう。
つまり、Bは速やかにベッドの下から這い出て来て、
右手に持った斧でAの頭を叩き割った、のだ。

Aは不思議な程落ち着いていた。
深く何かを考察するには時間が短すぎたというのもあるだろうが、
その一連の流れには全く疑問を感じなかった。
その時Aは咄嗟に、
「もし私が死んでも私はそこにいるから、問題はないだろう」と思った。
頭に食い込む斧はちょうど、バターの固まりに温めたナイフを差し込む様な感じだった。
痛みはなかった。
それから次々と、BはAの体に斧を振り下ろした。
ものすごく切れ味の良い刃で、Aの体は手際良く解体されていった。
大量の血液が流れたり辺りに飛び散ったりしていたが、
AもBも特に気にはしない様だった。

Aをバラバラにしてしまうと、Bは急激に眠気を感じた。鋭い集中が切れた所為だ。
残りは明日にしよう。
Bは斧をAの傍らに置き、何とか洗面所まで行って手を洗うと、
血まみれの服を全て脱いでベッドに潜り込んだ。
勿論、下の隙間にではなく柔らかい布団の中に。そしてすぐに深い眠りが訪れた。


昼過ぎに目が覚めた。なんだか体中が痛い。
部屋には昨日の残骸がそっくりそのまま残っていた。
彼女はうんざりした気分でのろのろとベッドから出た。

しばらく考えた後、彼女は死骸を風呂場に運んだ。
そして昨日の斧でより細かくそれを刻んだ。
風呂桶の中で死骸がミンチになると彼女は風呂場を出て、
バスタオルを抱えて戻って来た。


何処に埋めよう、それとも、焼いてしまうべきだろうか。
きっと焼いてしまった方が気分がいい。
でも、あんなに水分があっては上手く燃えないだろう。
ミキサーで砕いて川に流そうか。
あ、いいや、明日燃えるゴミの日だ。どちらにしても、片付くまで湯船に浸かれない。


風呂桶に湯がかからない様に注意しながらシャワーを浴びる。
その間に彼女が考えたのは、大体そんな事だ。



今目の前にいる彼女が話したのは、暗喩でも象徴でもない只の事実だった。
それは、カタルシスとも別の事。
「たまにはそういう事もある」と僕は心の中で彼女に言った。

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