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物語を始めようコミュの【文】カクテル

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 ジャンル・【短編小説】

パチンコ屋の光線が反射して、寒空は極端に低く、電子を内包しているかのようだった。

退屈なゼミの飲み会が終わり、僕は家路を辿るべく、バス停までの300メートルを疾走した。

そこに「彼女」は居た。

ベンチに腰掛けるそのいでたちを見て、僕は胸騒ぎがした。

黒髪。
黒いコート。
黒いロングスカート。
黒いブーツ。

彼女は黒いハンドバックから黒い携帯電話を取り出した。
そしてなにやらメールを打っているようだった。

「ぱたん」

携帯電話を閉じた彼女は、虚空を見つめて、二酸化炭素は闇夜に溶けていった。

僕も携帯電話を胸ポケットから取り出した。

メール受信も着信も入っていない、簡素なアナログ時計を表示した画面を見た。

10分くらいが経った。

その間もメールする彼女の気配を感じていた。

午後11時30分。
最終バスには間に合ったつもりであったが、どうやら勝手が違ったようだ。

仕方がないのであまり親しくはないゼミ生の1人であるE(僕が唯一電話番号を知っている)を捕まえて、とりあえずの宿を確保すべきだと考えた。

電話を鳴らす・・・が出ない。

僕は舌打ちをした。

そしてふと心配になり彼女の方を振り返った。


「あのー、さすがに最終バス行っちゃいましたよね?」

彼女は顔を上げた。

「ええ、そうですよ」

初めて聞いた彼女の声が意外と素っ頓狂で参ってしまったが、全くどういうことだろう?

僕はつい、ちょっと大きな声で、
「え?バスを待っていたんじゃないんですかあ?!」と聞いてしまった。

「そうよ。」

「じゃあ、そこで何をしてらっしゃるんですか?」

彼女はおよそ学生には見えなかったが、20代だろう。
いずれにしても僕はまだ2回生だし、初対面だから敬語の方が無難だと考えた。

「ちょっと飲みにでも行かない?」
彼女は携帯電話を閉じた。



こんな大学の近くに・・・というような路地に、彼女がいざなうショットバーはあった。

少々呆気にはとられたが、正直にいうと軽く飲んだ後は彼女の部屋に行き、性欲の解放と安眠の確保が出来るのだと思った。


7,8人がギリギリ入るカウンターの席に座り、僕は「XYZ」を、彼女は「マティーニ」を注文した。改めて彼女の顔を見ると、かなりの美人である。
顔のパーツの一つひとつが大きくはっきりしていて、それでいて体型もスリムであった。
「魔女」のような服装がより一層彼女に対する距離感を作っている。

程なくして「XYZ」と「マティーニ」が来た。

僕は我に返る。

僅かながらだが店までの道中、そして注文を待っている間に僕らは一体どんな話をしたんだろうか?
さすがに無言な訳がない。
名前くらいは聞いたはずだが・・・。

覚えていない・・・というより、全てが朧気なのだ。

僕は直感的に「これは恋だ」と感じた。
しかし人並みに恋愛経験はあるつもりだが、こんな感覚は初めてだった。

僕は「XYZ」を口にした。ラムベースのカクテルが胸を通っていく熱い存在感を感じた。


「あなた、肝心な事は聞かないのね。」

「え?何をですか?」

「私の事よ・・・」

「名前・・・とか?」

「名前は幸枝よ。さっきも教えなかった?」
彼女は初めて笑った。
いや、初めてではないかも知れない。
僕が忘れてしまったか、見落としてしまっただけかも知れないのだ。

「じゃあ、幸枝さんのことって?」

「そうねえ・・・。
私が何故、あそこに座っていたか?
私が何を考えているのか?
私が何者か?・・・よ・・・」

確かにそのあたりは僕も知りたい。
しかし聞いたところで教えてくれるものなのか?
遠慮しただけなのかも知れないし、そもそもが朧気だったのだ。

お言葉に甘えて核心に迫ろうと考えた僕は、カクテルグラスに口をつけようとして、そして戻した。

「だめよ。私もうまく答えられないわ・・・。
だって、そうでしょう?
あなたが何故、この店でそのXYZを飲み、何を思って、どこに向かい、そして何者であるかをあなたは答えられる?」

僕は無言になった。
答えられるはずもないし、彼女の真意すらわからない。
何より、完全に彼女のペースにはまってしまっていた。

「ものすごく簡単に教えてあげるね。
私、このお店のこれが飲みたくなったのよ」

そう言って彼女は二口つけただけのグラスを指した。

彼女が飲んでいるのは、確かマティーニだった。
いわずと知れたカクテルの王様・・・。
うろ覚えだがジンがベースだったように思う。

バーテンが聞き耳を立てているような軽い強迫観念にとらわれ、僕はあまり余計なことは言うまい、と決心した。

「一口飲んでみる?」

そう言って彼女は、グラスの飲み口を指で拭いて僕の前に差し出した。

恐る恐る口をつけた。

辛い・・・。
ジンをロックで飲んでいる感覚に近い。

「どう?」
彼女が覗き込む。

「うん・・まあ、おいしいです。かなり効きますね・・・」

「このお酒はねえ・・・・」
彼女は続ける。
「ジンにベルモットで香り付けしているだけなの。
けどすごいのよ。それだけのレシピなのに300種類も作り方があるっていわれてるの。」

「お詳しいですね」

「昔の彼氏がバーテンダーやってたからねえ。」

何だか聞いてはいけないことを聞いた気がした。
そして、
「その比率もいろいろあってねえ、私の場合はここのマスターに頼んで15:1の割合で作ってもらっているのよ。ヘミングウェイが好んだ比率ね」

「老人と海・・・ですか?」

「さすが、大学生。博学ね。」

「いやあ、そんな訳じゃ・・」

「一滴のベルモットがジンをカクテルに変えちゃうのよ。恋愛もそうだと思わない?わたしはベルモットで充分。」

彼女は立ち上がった。

「私、帰るね。」

僕は何も言えなかった。引き止めるような言葉も浮かばない。

「良いこと教えるわ。
イギリスのチャーチルなんか面白いのよ。彼はね、ベルモットのボトルを眺めながらドライ・ジンを飲んだのよ。それが彼にとってのマティーニ。」

彼女は3,000円をテーブルに置いた。

「じゃあね、またね・・・いつかね」
そう言って踵を返す彼女の背中に、僕は一矢報いたいと思った。

「僕が何でこのカクテルを頼んだと思いますか?」

彼女は振り返り、さあ何でかしら?と答えた。


「これで終わりって意味ですよ。」

彼女は笑って店を出て行った。


どうやら僕は彼女の眼鏡には適わなかったらしい。
徐に携帯電話を開くと、数分前に同じゼミ生のEから着信が入っていたようだ。



最後の「XYZ」に口をつけた瞬間、僕はつい笑ってしまった。

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