「雨のあとに虹」　コミュニティコミュの雨のあとに虹・俊之の出張　その６

「遠山さん。」
総務部長の平林道行は普通の口調で言った。
「はい。」
遠山よしみは言った。よしみは名前を呼ばれると平林の方に顔を向けた。
「あとで私の部屋に来てくれないか？」
平林は言った。
「解かりました。」
よしみは平林に力なく言った。この瞬間によしみはある意味での予感が大きな不安となって心の大半をしめていた。
「すまないね。」
平林は言った。
「いいえ。」
よしみは短く言った。平林はよしみを同情するように見ていた。

「こんにちは。」
翔太は言った。管理本部の入口に翔太が立っている姿はとても珍しいことである。
「笹川さん。」
立花は翔太を見て言った。
「あまり深刻に考えないでください。」
翔太が言うと
「今回は大物政治家が総武に打撃を与えるために裏の人間を使っています。」
立花は言った。
「正樹オーナーも高村社長もいないこの時期に大変な事態になりましたね。」
翔太が言うと
「ここは慎重に対応をしないとあとで総武のイメージダウンに繋がります。」
立花は言った。
「立花はさんは竜崎エンタープライズ側への返事を５日程度延ばしてください。」
翔太が言うと
「それは簡単ですが日数を延ばしただけでは話がこじれるだけですよ。」
立花は言った。
「立花さんが日数を延ばしてくれればあとは我々がうまくやりますよ。」
翔太は微笑みながら言った。

「すまないね。」
平林は言った。
「いいえ。」
よしみは平林に言った。総務部長の部屋は総務部の広いフロアーの一角を区切っただけのスペースである。
「三友自動車もこの不況で経営が悪化しています。」
平林が言うと
「解っています。」
よしみは言った。
「リストハラはやむを得ない状況で私の力ではどうにも出来ないよ。」
平林が言うと
「仕方がないですね。」
よしみは言った。よしみは頭の回転が止まったような虚無的な気持ちであった。
「年末も近いことだから年が明けて一区切りしたら解雇させてもらうよ。」
平林が言うと
「はい。」
よしみは短く言った。よしみは自分が制御できないほど困惑していた。
「派遣会社のギガヒットさんに僕から連絡しておくから時間を見つけて転職活動をしてください。」
平林はよしみに言った。

「先日首相官邸に紹介した女性の評価は聞いたかい？」
岸田学は探るような目で言った。
「塚原さんのことですか？」
桜田は言った。
「そうだよ。」
岸田が言うと
「総理からも評判が良いと伺っています。」
桜田は言った。
「それはよかったね。」
岸田が言うと
「官房長のお力に感謝しています。」
桜田は言った。
「せっかく官房長室まで来たのだからどこかでおいしいものでも食べようよ。」
岸田が言うと
「今日は捜査があるので後日では如何でしょうか？」
桜田は言った。
「あとで僕から捜査一課長に連絡しておくから付き合いなさいよ。」
岸田が言うと
「それではお言葉に甘えてお供します。」
桜田は言った。

　夕方というよりは黄昏という表現が今日のよしみが感じた心情である。よしみは夕日を見て考えていた。よしみは何とか年は越せそうであるが新年早々に職探しをしなくてはいけないのだ。３６歳のよしみにとって辛い年明けになりそうである。夕日が沈んで夜に変わるまで空が形容できない色彩を描いていた。よしみが歩いていると
「よかったら聴いて行ってください。」
中野まゆみはチラシを差し出して言った。
「ありがとう。」
よしみは言った。
「この先にある野外ステージでやりますのでよろしくお願い致します。」
まゆみが言うと
「料金はいくらですか？」
よしみは言った。
「今回は無料ですから気軽にお出でください。」
まゆみが言うと
「たまには聞いてみようかしら。」
よしみは小さい声で言った。夜が少しだけよしみに優しくした瞬間であった。

「解かりました。」
竜崎は電話の向こうにいる立花に短く言った。
「必ずその日には返事を致しますのでよろしくお願い致します。」
立花が言うと
「ではお約束の日をお待ちしていますよ。」
竜崎は言った。
「はい。」
立花は短く言った。電話を切った竜崎は煙草に火をつけて大きな煙を口から出した。
「総武は何と言って来ましたか。」
片桐が言うと
「数日間の猶予が欲しいそうだよ。」
竜崎は言った。
「時間稼ぎですか？」
片桐が言うと
「３日だけ待つことにしたよ。」
竜崎は言った。
「悪あがきのようですね。」
片桐が言うと
「少しは俺の寛大な部分も見せていた方が効果的だよ。」
竜崎は微笑みながら言った。