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真夜中、幽霊、シーツ、七階コミュの聖書、贖罪

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ナイトテーブルのランプの灯りで目を覚ます。テーブルを挟んだ隣のベッドは空だった。

「またか、」

ドアは半開きになっている。
そろそろと廊下に出た。素足には厳しい季節だ。直に冬季休暇が来る。
廊下の突き当たりに在るキッチンルームから咳き込むような、呻くような、微かな声が聞こえた。

「何してる、」

びくっと肩を震わせ振り向いたミシャは僕だと解った途端、へらりと笑った。

「キャスティンか、ちょっとゲロしてた。」
「気分悪いのか。」
「まあね。昼間、アメリアとキスした。思い出したら最悪な気分。」
「最悪なのはどっちだか。」

はは、と笑いミシャは袖で口元を拭った。

ミシャはこの寮で、ずば抜けて問題児だ。と言っても盗みや喧嘩をしょっちゅうしているだとかでなく、自傷癖やそれとは対照的なふざけた言動で。
今年に入って、少なくとも三回は自殺未遂をしている。その内一回は、僕が見つけた。浴槽で手首を切り、意識を失っていたのだ。
それは夏期休暇の直前だったが、仕方なしに帰宅せず、ミシャに付き添った。
僕はいわゆるお目付役で、なるだけ一緒に行動するよう教授にも言われている。幼なじみで尚且つ、相部屋だからだ。

「お腹空いたなあ。何か食べに行かない、」
「ふざけるなよ。戻る。」

えー、というミシャの手首を掴んで歩く。ミシャは、また痩せた。
ミシャは昔からこうな訳では無かった。寮に入ってからだ。少しずつ、しかし確実にブレが生まれていった。



ミシャが外出許可を取ろうと言ってきた。
テスト期間最終日はいつもだ。他の生徒達も大方浮かれている。

「奢るからさ、食べたいもん考えといてよ。」
「ミシャは解放されるか解らないだろ、いつも落第点ギリギリの癖に。」
「キャスが頭良すぎるんだよ。マザーグースでも唄えれば充分。ママに読んでもらったろう。」

おとこのこって何で出来てるー、とミシャは口ずさむ。

「へえ、よく覚えてるな。でもその分勉強に頭使え。」


その週末、少し遠くの街まで出た。
ミシャはすれ違いざまの女の子に手を振っては無視されている。本を買おうとすると、ミシャが横からレジに金を放った。

「おい、」
「未来のキャスの為さ。利息に震えあがるなよ。」

へらへらと笑うが、僕は全く笑えなかった。
前に手首を切ったのは、テストが終わった次の週だった。あの時も似たようなやり取りをした。此れは警鐘だ。

「ミシャ、何を考えている。」
「考えた事なんか一度も無いけどね。」

ミシャは笑ったが、それきり寮に戻るまで一言も口をきかなかった。ミシャはまた絶対に何かする。確信があった。


その夜、何かが床に落ちる音で目が覚めた。

「・・、?」

ナイトテーブルのランプに手をやろうと横に目をやる。暗闇でもはっきりと解った。
ベッドから垂れ下がったミシャの手。カーペットに染みている大量の液体。
飛び起きランプを点け自分のシーツを裂く。

「ミシャ!」

返事はない。急いで腕を縛った。傷口の血は既に渇きつつある。まずい。深い。切ったのはいつだ。
迂闊だった。見張られている事を知っていて、敢えて隣で、夜中に。
教授を呼びに行こうとした時、足に固いものが当たった。

「悪いね、拾ってくれる。」

気が付いたらしいミシャが、弱々しい声で呟いた。床に転がっていたのは、古いマザーグースの本だった。
そんな場合じゃない。けれど僕はそれを拾い、切った反対側の手に握らせてやった。

「横たわって本を抱いているなんて、まるで聖人だ。」
「聖人はこんな事しない。此処に居ろ。今、教授を」
「キャス、何を考えているかと訊いたね。」

早く、行かないと。なのに、動けない。

「教えるよ。いつも死のうとする前、決め事をするのさ。今回もダメだったら、またキャスに奢るとか、誰とキスしようとか。」

くだらないだろう、だけど此れが、それこそ死ぬほど怖い。

ミシャは目を瞑ったまま呟く。口元は微かに笑っていた。

僕は跪いてミシャの手を握った。細く血に塗れたそれは温度を失いつつあり、震えている。

「何故。キャスティン、僕は君と同じに育った筈なのに。同じ年に同じ病院で産まれ同じ町で暮らし同じ学び舎に入った。僕の何がいけない、僕には何が足りない、僕はどうしたら善い、」
「ミシャ、」
「寮に入ってすぐ、手紙が届いたんだ、ママから。《お前のパパは女と出てった、そっくりなお前を見たくもない、休暇も、もう、、》」


ミシャは長期休暇に入っても、いつも寮に残っていた。そして自殺未遂はその殆どが休暇直前だ。
何故、気付かなかった。ミシャが誰かに手紙を書いているのを見た事だって無かったじゃないか。

「キャス、僕は赦されない。二度と。」
「ミシャ、僕が赦そう。何度でもだ。何度でも。」
「なら、此の感情を赦してほしい。」
ママに会いたい、パパにも。帰りたい。寂しいんだ、本当に寂しいよ。もう、ずっと。此れが僕の罪だ。

ミシャは懺悔するように言う。僕の頬を、生暖かいものが、つたった。

コメント(24)

> チョコさん

有難う、
多分、私自身にもこの二人にはモデルがいるからそう思ってもらえたのね。
> こねるさん

有難う御座います
寄宿舎ものは私も大好物です
つまり出現率が高いです ふふ
> クジラさん

そう思って貰えて善かった、
有難うです
> ひーさん

有り難い限りです
裏設定でしたまさに。
> 塩酸で溺死さん

勿体無い御言葉です
本当に
> samiiiiiさん

有り難う
ミシャは多分、一生これを繰り返しながらも生きていく人間に成るんだろうなあと思います

   わたしには
キャスが現れなかったの
  だから、きっと、
  わたし死んだの
    いま、

     デ
    生 死
   き   ん
  て     で
   る   る
    の の
     モ

     _
> utaco.*さん

初めまして、
ミシャのような子供は今、飽和状態でしょうね。そんな中、「キャスティン」に出会えるのは本当の本当に、一握りで。
皆、虫の息。
> ミヅキさん

有り難う、嬉しいです
ミヅキちゃんが、このお話が一番好き、って云ってくれるようなものをまた、いつか書きたいな

 このお話 すごくすき、

 あったかく というよりも
 あついものが じわじわと、
 ミ シ ャ 、 抱きしめたい

> ぴよひこさん

ミシャは結局あと一歩で崩れ落ちてしまうのを何とか踏み止めていたんですね。彼なりに。其れがふざけた言動なりだった訳で。
だからいつか全て暴かれてしまうのをとても畏れていた、彼にとっての贖罪だったから
つまり最後自ら懺悔したと云うのは彼にとって解放であり終焉でした。
> ソラさん

此方では、はじめまして

成る程成る程、人に因って本当に見方は変化しますね。参考に成ります。
> ひ---さん

ええ、
あの子は自分を大事に出来ないですから

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