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岡村孝子 出会いや古里への思いつづるツアー

 根強い人気を保つsinger・songwriterの岡村孝子が、
5月25日の千葉・習志野文化ホールから「岡村孝子コンサートツアー2013」を始める。

 新作[NO RAIN,NO RAINBOW」(ヤマハ)は、「同世代に向けて、『よく頑張っているね』という言葉をかけたかった」という優しさにあふれた作品だ。

 東日本大震災直後に制作した前作「勇気」では、変わらない日常の大切さを訴えた。今作もそれを踏襲し、出会いに対する感謝や古里への思いをつづった。

 表題曲は、人生の重みが伝わる劇的な曲で「あなたが選んだ答えは たぶん ひとつも 間違いではなく 迷った日々たちが 今日へ導いてる」と歌う。

 「色々な問題を抱えて生きている人へのmessage。自分がかけてもらいたい言葉でもある」

 「待つわ」で大ヒットを飛ばした女性デュオ、あみんでデビューしたのは1982年のこと。「あの頃は30年後も歌えているとは思えなかった。今はマイペースで活動出来ている」と話す。あみんも2007年に活動再開し、年3本の公演を行っている。

 (2013年5月17日 読売新聞)

読売新聞より
6月22日 18:03


[私の先生]シンガー・ソングライター岡村孝子さん…背中押す「できるよ」の魔法

人見知りで、いつも父の背中に隠れているような子どもでした。そんな私に、人前に出るきっかけを与えてくれたのが、愛知県岡崎市立矢作西小学校6年の時の担任だった筒井博善先生(故人)。当時50歳代後半で、一人ひとりの児童によく目配りしてくださる先生でした。

 新学年が始まって間もない音楽の授業。ピアノが苦手な先生は、「代わりに弾いてくれないか」と私を指名しました。「できません」と何度も断ったのに、先生は「絶対にできるから、やってみなさい」と励ましてくれました。両親から音楽の先生を目指していることを聞き、引っ込み思案な私に活躍の場を与えてくれたのでしょう。

 学芸会でも、準主役のお姫様の役をくださいました。その時も「できるよ」と背中を押してくれました。とても恥ずかしかったけれども、大勢の前で演じる喜びも味わいました。

 先生が体調を崩して2〜3週間入院したことがありました。退院して登校した日の朝の光景が、今も忘れられません。職員室に駆けつけ、窓の前にひしめき合いながらクラス全員で先生の姿を探しました。振り向いた先生が笑いかけてくれた時、涙が出るほどうれしかったのを覚えています。

 それまでは「どうせダメだから」とあきらめがちだったのに、先生に「できるよ」と言われると、「ひょっとしてできるかも」と自信が湧いてくる。私にとって「魔法の言葉」でした。先生に出会わなければ、人前で自分の音楽を聴いてもらうsinger・songwriterを目指すこともなかったかもしれません。

コメント(1)

はじめまして、この読売新聞6月22日の記事…いゃ〜懐かしいですね。
1990年の月刊カドカワ 12月号だから約23年前ですか…

当時「岡村孝子/虹を追いかけて」と題して月刊カドカワが特集した記事の一節「日常の中の真実」の中で、簡潔ですが小学6年生の担任の話が載っていました。
担任の先生ですが…その後、孝子さんが中学2年の夏にお亡くなりになったみたいです。

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