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ピーチスマッシュ!コミュの7話:狂人世界 ?

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 ちっと犬山は舌打ちをした。
 嫌なことを思い出してしまった。
 あの後、自分の身体をどうやってあそこまで運ばれたのか、想像するだけで情けない気持ちになってきた。
(何なんだよチクショォ) 
 木造建築のアパート。築一〇年以上経っているらしく、壁は薄く、鉄骨はすっかり錆付いている。
 家賃が安いという理由で選んだ部屋だが、今となっては生活しづらい場所だと後悔している。
 家具が少ない。衣服ダンスにベッド。後は台所に洗いかけの食器がいくつか水に漬かっているだけで、他に何もない。冷蔵庫や洗濯機は買っていない。食料はコンビニで済ませるし、洗濯物はコインランドリーで十分だと犬山は考えた結果、あえて買わなかっただけである。
 ボクサーのファイトマネーは、雀の涙ほど少ない。
 世界チャンピオンクラスにならなければ、ボクシング一本で生活するのは、とても難しい。
 犬山も、夜トレーニングジムに通い、昼は外でアルバイトをしている。
 運送屋のアルバイトである。日給でもらえるので、貯金はできないが贅沢をしない限り、金に困ることはない。
 高校を卒業した頃から、こんな生活を繰り返している。
 元々、喧嘩っ早い性格からボクシングや格闘技を始める人間は珍しくないが、犬山の気性はそもそもそれほど荒れていなく、むしろ温厚な性格からどうして犬山がボクサーをしているのか、周囲の人間には謎に見えて仕方がなかったほどである。
 犬山は、ケンカが好きだから、ボクシングを始めたワケではない。
 ボクシングが好きだから、ボクサーになったのだ。
 犬山がボクシングに出会ったのは、高校生の頃である。
 当時、犬山は学校でひどいイジメを受けていた。
 下駄箱の靴を隠されることから始まり、上級生の使いパシリ、机の落書き、体育館裏でのリンチ、など。イジメというイジメの数々を受けてきた。
 どうして自分が? 当然そんな疑問が犬山にはあった。
 何をしたというか、何が原因だったかは未だもってわからない。ただ、犬山が理由のないイジメをうけていたという事実で、そのイジメで大きな心的ストレスを抱えるようになった。
 学校を何日も休んだり、風呂場で手首を切ろうとしたこともあった。大事には至らなかったが、犬山自身、自分が追い詰められているという自覚があった。
 どうすれば、イジメられなくなるのか。そればかりを考えたある日、犬山は出会うことができた。
 ボクシングジムでの練習生の募集。
 コンビニでたまたま購読していた雑誌に掲載されていたのを、犬山の目に止まった。
 一度行ってみるのも悪くはない。そう思い、足を運ばせた。
 運動が特別得意というわけではない犬山だったが、犬山はボクシングのトレーニング風景を見学し、思った。
 これなら、できるのではないか? と。
 ここでいうシゴキも、犬山が受けてきたイジメに比べると大したことこはない。逆に、ここでのシゴキは、自分自身を強くさせてくれる為のトレーニングだと考えれば、むしろ遣り甲斐があると思えた。
 犬山はさっそく親を説得させ、入門した。
 走りこみやストッピング(縄跳び)、サンドバックに多種多様のパンチを何度も当て、シャドーボクシングで対戦相手とのイメージを固め、ヘッドギアをつけたスパーリングをこなしていく。気が遠くなるような練習量と汗で、何度も挫けそうになった。自分にはボクシングは向いていないのではないか? そう思い込んでいた時期も、あった。
 だが、プロとなり、試合に勝った時の喜びが、犬山の心を満足させた。
 ボクシングに身を染める犬山を、誰もイジメなくなった。
 ボクシングがあったから、今の自分はある。
 ボクシングは犬山にとって人生であり、恩人だった。
 その恩人であるボクシングに、自分は恩返しをしなければならない。ボクシングにというより、ボクシングに身を投じる自分自身という意味に近かった。
 世界チャンピオンになる。
 ボクサーなら、誰もが一度は憧れる世界最強の称号である。
 蹴り技や投げ技の存在しないボクシングを、世界最強と豪語するのは、あまりにも世間知らず過ぎではないのかと批判する声があるが、犬山の考えは違っていた。
 これだけ、顔面を殴り合うことに関して追求したジャンルだからこそ、ボクシングは世界最強格闘技なのである。
 下手な横好きという諺があるように、ただ強くなる為に色々な技を学ぼうとしても、結局のところキチンとマスターできなければ意味がない。中途半端な技しか使えないのら、使わないほうがマシだ。
 拳のみで戦う。
 拳での攻撃を徹底的に鍛えるボクシングでは、半端な攻撃は通用しない。
 無駄がない分、純粋な戦いができる。それこそが、ボクシングだ。
 世界最強の男の称号として、いつだってヘヴィー級のボクサーを挙げられる。つまり、事実に裏打ちされた確かな強さがボクシングにはあるのだ。
 そのボクシングの頂点に、自分は立ちたい。犬山はそう願うようになった。
 犬山の階級は、ミドル級である。ヘヴィー級は、日本ではベルトが存在しない。
 日本人だと、ヘヴィー級は難しい。体格の問題もあるし、何よりも経験が国内ではためられない。何よりも、黒人や白人の筋肉の質の違いは、歴然としすぎて、まるで勝負にならないのだ。
 ミドル級が、日本国内で一番重い階級となっている。
 そのミドル級で、世界チャンピオンになる。犬山は決心した。
 世界チャンピオンになる為、死に物狂いで試合に勝った。寝ることも、飯を食うことも、用を足す時でさえ、ボクシングのことのみ考えていた。
 いつでもどこでも、試合に勝つ為にどうすれないいか、研究してきた。
 そんな犬山を、マスコミは大々的に宣伝するようになった。
 努力のボクシングバカ犬山剣次。世界ミドル級チャンピオンのベルトは目前!
 そういったタイトルで、日本中を沸かしていた。
 犬山にプレッシャーはなかった。
 自分の信じてきたボクシングを、相手にぶつければいい。自分が殉じてきた最高のボクシングの技術や精神を、思いっきり使えばいい。そう考えていた。
 だが、負けてしまった。
 一二ラウンド、フルに使っての判定負けである。
 脱力した。
 今まで培ってきた犬山の全てが、否定された気分だった。
 もう一度、挑めばいい。
 犬山が所属するボクシングジムの会長が、そう言って犬山を慰め、励ましてくれた。
 できるのか? 
 もう一度、自分はボクシングはできるのか?
 犬山の脳裏に過ぎったのは、再びチャンピオンベルトを目標に努力する姿より、二度とリングに立てずに引退を告白する姿が過ぎった。
 努力に努力を重ね、人並み以上に肉体を鍛えた犬山の年齢は、すでに三〇に近くなっている。
 現役なら、すでに引退しなければならない年齢である。
 ボクシングは顔面を殴りあう競技ゆえ、引退する年齢が他の競技に比べ、異様に早い。
 三〇を過ぎてもボクシングを続けた選手は過去にはいた。いたが、それは稀なケースで、普通三〇以上となると、肉体にガタがきて、試合に勝てなくなるどころか、下手をすれば、命の危険にまで繋がってくる。
 崇高していたボクシングに、自分の肉体を蝕ばまれていく。
 このまま続ければ、自分はボクシングが嫌いになるのではないか。そう考えるだけで、怖くなった。
 ボクシングを捨てるぐらいなら、いっそのこと死を選んだ方がマシだった。
 何でもよかった。ボクシングに関われるなら、何でもいい。犬山は会長にその旨を告げると、ならうちのトレーナーになったらいいと言ってくれた。現役を引退できても、リングの近く立つことができるはずだ。
 それでいい。それでもいい。犬山は、そう自分の心を納得させ、引退試合が終わった後、トレーナーになることを決めた。
 そんな時、犬山は吉備子と出会ったのだ。
「っち!」
 犬山は、再び舌打ちした。
 シャワーを浴びた犬山は、乾いたTシャツを着て、ジーンズを穿いて格好で、床に胡坐をかいて座っていた。
 ぱっと見た時は、可愛い女の子がジムに現れて、少し胸が高揚した感覚があった。
 だが、その高揚は一瞬で冷めた。
 ボクシングを嘗めた暴言に、犬山の精神に怒りの色を侵食させた。
 引き裂いてやりたくなるほど、吉備子に憎悪を抱いた。
 ボクシングが世界の全てだと認識する男の目の前で、ボクシングを完全に否定する。 
 それも、ボクシングのことをまるでわかっていないような、女の子にだ。
 許せない。絶対に許すことができない。
 理性よりも、犬山の五体に流れるボクシングに対する情熱が、肉体を動かした。
 だが、結果はあの様だ。
 ヤクザの事務所を単身殴りこみ、勝利している。
 異常な強さだ。
 あってはならない、“暴力の権化”。犬山の目には、そう映った。
 雉谷は、そんな暴力の権化を倒そうと必死に抗っていた。自分の強さを誇張する為、ビックマウスになる。ボクシングの世界にも、そういった類の選手は沢山いた。
 格闘技をやっているのだから、謙虚な態度でなくてもいい。むしろ、嘗められないように強さをアピールする。間違った考え方ではない。犬山にはできないが、そういった反逆のキャラクターを通すのも、一つのスタイルであると思う。
 しかし、勝てる相手とそうでない見分け方ができなければならない。
 それができなければ、格闘技の世界で生き残っていけない。できない人間はただのバカで、いずれ自滅する運命を辿る。犬山は、そうやって自滅していった選手を過去何度も見てきた。
 そういう意味では、猿島がもっとも可能性を持った選手だと思えた。
 猿島は強い。肉体的にも精神的にも。
 プロレスという全く別のジャンルに生きる人間だが、尊敬ができると思った。
 試合を生で観て、猿島という男がなんなのか、一目で分かった。
 この男も、自分と同じなのだ。
 プロレスが、大好きでしょうがない。プロレスが自分の人生だと、悟っている。そんな人種だとわかった。
 畑は違えど共通するものがある。いつか、直接話す機会があれば、酒でも飲みたい。そうぼんやりと願っていた。
 願いが、思いもよらぬ形で叶った。
 叶ったが、残念な結果となった。
 猿島も、雉谷と同じタイプだった。
 自分の力を過信し、いずれ自滅していく。絶滅種のような、未来のない生き物だった。
 せっかく、尊敬しあえる友人ができと思ったのに、逆に裏切られた気持ちとなった。
 もう、あの二人に会う事はない。
 吉備子にも、二度と会う事はないだろう。
 大江山事務所の人間が、吉備子の殴りこみに関して報復すると宣言したが、こちらには全く関係のない話だ。
 これから、どうすればいいのか。
 わからない。
 犬山は今まで、このような窮地に立たされた経験がないし、想像すらしたこともない。
 ボクシング以外、何も知らないしわからない男だ。
 どうすればいいのか、さっぱり見当がつかない。どうすれば正しいのか、いい案が浮かんで来なかった。
 そんな時だった。
 犬山の部屋のテーブルにあるケータイ電話の着信音が、鳴った。
「俺だ」
 電話に出ると、聞き慣れた声が聞えた。
「会長?」
 声の主は、犬山が所属する伊理間ジムの会長だった。
「今、出られるか?」
 犬山は「はい」と返事し、言われた場所に向かった。

 〜続く〜

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