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ピーチスマッシュ!コミュの1話:電波少女 ?

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 猿島は無言で、少女を見た。
「あのぉ、どうして同じ遊びをずっとやっていて、飽きないんでスか? あんな楽チンで簡単なことやってて、何か特別な意味でもあるのかなぁ? みんなちっとも面白そうな顔してないし、あんな大汗かいちゃってるしさぁー。やるんだったらブランコとかシーソーでやればいいのに、どうしてだろう? ここって本当にプロレス道場なんですよね?」
「……嬢ちゃん。今テメェで何を言ったのか、わかってるんだろうな?」
 低い声だった。今の少女のセリフが、失言ではなく本気かどうかを確認する為、猿島は少女に訊ねた。冗談の余地が入る隙は一切ない、目に見えない迫力が猿島にあった。
「え? わからなかったんスか? キビが今言ったことが……」
「そうじゃねぇよ。あんたが――」
「じゃぁあー どうしよっかなー? どうやったらわかってくれるかなぁ?」
 思案顔になる少女が、ハッと何かを閃いたように顔を輝かせ、猿島の顔を見上げてニッと笑った。
「あ、そうだ! こうすればいいんだ!」
 その刹那、猿島の顔が、パン! と肉が弾ける音と共に、横に吹っ飛んだ。
「おぉー さすがプロのレスラーさんだ。キビのビンタをよけなかった。やっぱイモキの弟子さんは根性が違うねー」
 パチパチと自分で拍手して喜ぶ少女に対し、道場内は騒然となっていた。
 ビンタ――。
 だが、ただのビンタではない。
 まるで、見えなかった。
 仮にも相手は成人を迎えていない、ましてや一〇代の少女である。たとえスポーツの経験者であっても、こちらはプロレスラー。避けるまでもない。
 だが、少女の繰り出したビンタは素人のそれではなく、いつどのタイミングで繰り出されたか、誰の目にもその動きが捉えられなかった。無論、受けた猿島もサッパリわからない様子で、ただ殴られた頬を手で覆って、少女に向き直るしかなかった。
「ねぇ猿島さん。そろそろキビとしようよ」
 少女はそう言うと、右手で拳を握り、猿島の胸にとんと当てた。
「“セメント”をさ――」
 ボソっと、少女は誰にも聞こえないような小さな声で、猿島の耳に囁いた。
 セメントとは、プロレスの試合方法の一つにあるセメントマッチのことであり、シュートともガチンコとも呼ばれている。
 つまり、手加減抜きの『真剣勝負』ということだ。
 一瞬、呆気に取られていた猿島だったが、セメントという言葉を聞いてからすぐに正気に戻っていた。
 猿島の顔色が、変わっていた。
 凄い眼つきになった。
 猿島の肉体が、一瞬ふくらんだように見えた。
 眼が細くなっていた。やや顔を傾けた姿勢から、少女を見つめていた。
「俺と……やりたいんだな?」
 ぼそりと猿島は、言った。
「はい?」
 少女は眉を上げ、眼を開いた。
「あんた……後悔はしねぇんだな?」
「さぁ? 何のことかわかんないなぁー?」
「――そこの突き当たりに更衣室がある。男子用しかないが、誰も使ってないはずだ」
 親指を立て、猿島は自分の背後にある道場の奥の廊下を指差した。
「さ、猿島!」
「大丈夫っすよ。手加減はします。ただ、どんなに素人さんだってわかっていても、俺たちには『誇り』がありますから。許される問題じゃないっすから」
「このバカ野郎! そんなこと許可できると思ってるのか! 勝手に決めてるんじゃねぇ」
 猿島の肩をグッと掴み、止めようとする重田に、猿島は鋭い眼差しで返した。その凄みに圧され、重田の肌に鳥肌が立った。
「なぁーに、ちょっと遊んで気絶してもらうだけっすから。これでも俺、プロっすから。手加減ぐらいできますよ」
「猿島……」
 ポンと重田の肩を叩き、猿島はリングの上に戻った。
「おらぁ、ちょっと使うからどきな」
「猿島先輩。あんまりそういうことは……」
 関節技の練習をしていた二人の後輩レスラーが、心配そうに猿島に言った。
「あのなぁー、俺が本気になるワケないじゃん。気分転換だよ。いいじゃねーか女子高生とたわむれてもよ。何なら、お前ら代わるか?」
「いえ、いいっす」
 かぶりを振る二人に、猿島はふっとほくそ笑み、軽く柔軟運動をした。もちろん、本気ではない。軽く身体が動くように、屈伸や肩の筋肉をほぐすストレッチをした。
「ん?」
 顔を上げた猿島が、リングのすぐ近くに少女が立っていることに気付いた。上着のブレザーを地面に脱ぎ捨て、リボンを取り外し、ブラウスのボタンに指をかけて上から順に一個外している。
「ちょ、ちょっと! 何やってるんだい!」
「え? どうしたの?」
 無造作にその場で脱ぎ始める少女を止めようと慌てる重田に、ブラウスのボタンを全て外し、白のブラジャーが見え隠れする状態で、少女はキョトンとしていた。男ばかりのプロレス道場では相当の刺激物なのは言うまでもなく、皆一様に少女に注目している。 
「……プロレスって『裸』でやるんじゃないの?」
「バカ! そうじゃねぇーだろー! とにかくここで脱ぐなって! 勘違いされたらどうするんだ!」
「勘違い? もー重田のおっちゃん」
 ニコッと笑う少女が、言った。
「キビはこれでやるって」
 バッとブラウスを脱ぎ捨て、紺のソックスとスカートもその場で脱ぎ捨てた少女は、ブラジャーとパンツの下着姿となった。全員、各々のトレーニングを中断させ、ストリップを行った少女に驚きながらも顔を赤くし、少女の身体に釘付けとなった。性的欲求で少女の下着姿に注目する輩が大半の中、猿島と重田だけは、違う意味で驚いていた。
(な、なんちゅう身体だ)
 平均的な女子高生の肉体がどれだけのものか、腰回りのカタチや乳房の大きさなど知っているようで知らない曖昧な知識しか持っていない猿島であったが、少なくともこの少女の身体的特徴はバストでもヒップでもウエストでもないと、理解した。
 腹筋がキレイに八つに割れている。普通、女の身体は男と比べて筋肉がつきにくい体質であるはずが、少女の腹部は硬質な肉で構成されている。広背筋も見事なカタチで、まるで小型のボンベを二本皮膚の中に埋め込んだように、異様に盛り上がっている。角度を変えれば、それは何か凶暴な動物の貌のようにも見える。
 全体的に細身の身体ではあるが、ボクサーのようによく絞られた筋肉体質だった。
 あれほど端正な顔立ちの少女に似つかわしくない鍛えられた身体に、猿島はただ驚嘆せざるを得なかった。
「じゃーやろーかー、『プロレス』を」
 リングに上がった少女が、スッと両手を顎の位置まで上げて、構えた。五指は軽く握っており、膝でリズムを作っている。道場破りと自らを称するだけあって、一応は格闘技を学んでいるようだった。
 そして、随分と楽しそうな表情をしている。
 これから何が起こるのか、楽しみで仕方ない。やりたくてやりたくてしょうがない。そうウキウキした表情だった。
 とても道場破りをする人間とは思えない余裕の様子だった。
 猿島は構えず、腰に手を当てて少女を見た。
「今、プロレスって言ったよな?」
「うん? そうだよ。お猿さんとキビがプロレスするの」
「……誓約書は、後であんたが書くんだ。いいな?」
 ゾワッと、道場で二人のやりとりを見守る者たち全員に、寒気が走った。
「猿島! キサマ!」
「だから言ったじゃないっすか。重田さん。俺はプロだって」
「クビになりてぇのか!」
「プロレスなめられておいそれと引き下がるより、プロレスが最強だってのをこいつに見せてからクビになるんだったら、俺は本望っすよ」
 猿島はロープに背中を当て、体重を一度預けると、ロープの反動を利用して一歩前に出た。そこから上半身を前のめりにし、左足を後ろに、右足を前に、両手を軽く胸元の位置に構えた。まさしくそれは、プロレスの構えだった。
「嬢ちゃん……プロレスのサブミッション(関節技)食らったことあるかい?」
「ん? ないよ」
「俺は前から思ってたんだ。ガキどもが『プロレスごっこ』とかで使うプロレス技。前々から、どーも気に食わないって思ってたんだ」
 ジリッと前に出る猿島が、ニッと口元を吊り上げた。余裕の笑みである。
「プロレスの技ってのはよ、素人さんがおいそれと使えるもんじゃねぇ。みんなニセモノを覚えて、ニセモノで遊んでるんだ。それが気にいらねぇ。だから、俺は遊びってのが嫌いだ」
「へぇ」
「リングから降りるかい? 今なら、許してやるよ」
「べぇー! やなこったい」
 舌を出す少女に、猿島は口を閉じて一度構えを解き、顔を伏せた。
「……だったら、しょうがねぇな」
 猿島が顔を上げた。そこには、紳士的に接していた先ほどの穏やかな顔は、どこにもなかった。
「猿島ッッッ」
 道場内全体が震える怒声を吐き出し、重田がリングの中に入ろうとするより先に、猿島は少女の身体に向かって突進した。
 スピード、タイミング、角度、全てバッチリだった。
 前のめりの低い姿勢、少女の身体、腰部を掴もうと、猿島が猛突進のタックルを繰り出し、少女の身体に触れるや否やの至近距離で、猿島の身体に変化が起きた。
(あれ?)
 少女の足元を見てたはずが、いつの間にか鉄骨が剥き出しの天井を見ている。高くセットされた照明が、やけに眩しかった。
(どうして……俺、上を?)
 ガクンと膝が落ち、猿島はキャンバスにうつ伏せに倒れた。ドサっと身体がキャンバスに沈む感覚が、一秒ほどずれて頭にやってきた。まるで他人の身体に入ったような気分である。世界が波を描くように、揺れている。
「猿島ァアア!」
 重田の怒声が、猿島に届くまで数秒の時が流れていた。ハッと我に戻た猿島が、キャンバスから立ち上がろうと両手をついたが、力が上手いこと入らず、何度もこけそうになった。それでもめげずに立ち上がり、目の前にいるはずの少女に対し、両手を顎の位置まで持ち上げ、構えた。
(どういうことだ? 一体、何が?)
 構えたまではいいものの、猿島はある重大なことに気付いた。まだ、視界が定まっていない。見えることは見えるのだが、ピントが合わず、周りの状況が把握しきれていない。視力だけではない。必死になって叫ぶ重田や、声をかける他の同門レスラーたちの声も、近くで聞こえたり遠くで聞こえたりと、はっきりと聞き取れない。まるで夢の中をあるいているような感覚である。
 この感覚は、猿島はすでに知っていた。脳を激しく揺らされた時に起る現象――。
 脳震盪である。
「前だ! 猿島! 前を見ろ!」
 またもやハッと我に戻った猿島が、前を見ると、満面の笑みを浮かべる少女がそこにいた。
「そいじゃ〜、いくよ?」
 そう言うと、少女は野球の投球フォームのように上半身を大きく後ろに捻った。
「きぃ〜びぃ〜ぱぁあ〜んち!」
 意識が戻りきっていない猿島は、咄嗟に顔面を両腕でガードをした。
 何かが来る。
 それだけはわかった。
 両腕で顔面だけは守ろうと、意識が働いた。
 瞬間。
 ガード越しから、パンチが飛び込んできた。
 右ストレート。
 めきっ と聞こえた。
 とんでもない衝撃だった。
 まるで豪速球の鉄球を受けたかのようだった。
 骨にひびが入ったのではないかと、疑惑が脳裏に過ぎった。
 いや、ひょっとしたら疑惑などではなく、現実に腕は折れたのかもしれない。その可能性が十分考えられるほど、少女の攻撃は壮絶なモノだった。
「きぃいいびい〜キぃイイッッッックゥ!」
 空気を裂く音が聞こえた瞬間、猿島の右足の脛に、強烈な衝撃と痛みが同時に襲った。
 左のローキック。
 とんでもなく、重い蹴りであった。
 足を上げてガードすることが間に合わず、そのまま受けてしまった。
 鉄パイプか金属バッド、あるいは二〇キログラムのダンベルのような棒の塊で、そのまま脛を殴られたような感覚だった。
 骨の芯にまで響く強烈な痺れが、腰から爪先にかけて張り付いている。
(こいつ……本当に、女なのか?)
 少女の攻撃を二度受けた猿島は、よたよたと後方に下がり、気が付けばロープに体重を預けていた。両腕と右足の感覚が、ほぼなくなっていた。他人のパーツを強引に繋げたかのように、違和感があった。
 目線が完全にキャンバスを見ており、胸が上下に大きく動いている。完全にグロッキーとなっていた。
(くそったれが! 何なんだよチクショッッッ!)
 ギリっと猿島は奥歯を強く噛み、拳を固めた。
「ぬがぁあああ!」
 ケモノが咆哮するように猿島が雄叫びを上げ、ロープから離れて前に出た。
 少し本気を出して、少女を手玉に取るつもりだった。
 ほんの軽く腕の関節を捻ってやり、痛がる少女に「こんなもんじゃねぇんだぜ。プロレスってのは」と、キザっぽいセリフを吐いた後、この無謀な挑戦をした少女に対し、一時間くらい説教してやろうと頭の中で勝手に妄想を抱いていた。
 関節技は何がいいだろうかとも考えていた。アームロックか逆十字固め、アキレス腱固めやヘッドロックでも十分効果はある。おそらく一〇秒も経たないうちにギブアップと叫ぶだろうと、ぼんやりと予想していた。
 だが、現実は違った。
 油断――。
 相手は、プロレスの何たるかも知らないような、プロレスを嘗めている素人であり、女、子供。
 そんな相手に、大人が、いや『プロレスラー』である猿島自身が、完全に遅れを取っている。
(くそったれがッッッ)
 自らの気持ちに喝を入れ、猿島は少女の身体に突進した。
 猿島は少女の胴体を両腕で挟み、左腕の手首を右手でガッチリ掴んだ。
 クラッチ――。
 絶対に離すまいと、猿島は少女の胴体にしっかりと抱きついた。
 よし! まずはよし! 猿島は自らに言った。 
 プロレスラーの猿島にとって、非常に有利な態勢である。
 この態勢からだと、少女の両腕は猿島の両腕によって動きを封じられ、身動きが取れなくなる。 
 ちょっとやそっとでは外れることのないクラッチであった。
 たとえ同じプロレスラーが相手だったとしても、よほど腕力に差がない限り、早々簡単に脱け出すことはできない上、脱け出そうと思った瞬間には、すでに技をかけられている。
 猿島が選んだ技は、パワーボムであった。
 プロレス用のキャンバスは、ボクシングや総合格闘技のそれと比べると、弾力ある造りになっている。硬い地面の上なら重傷となるだろう強烈な投げ技であったとしても、受身がとりやすいしダメージも幾分か軽減できる。が、それは投げられても平気な耐性を持った肉体のプロレスラーだからという話であり、決して素人と比較してはならない基準である。
 単純に上から下にまともに叩き落せば、深刻なダメージとなる。
 すでに態勢は整っていた。後は、腰に力を溜め、少女の身体を持ち上げ、キャンバスに向けて叩き落とすだけだ。
 何千何万回も練習した技だ。考えなくても身体が憶えている。数秒後には、全ては終わっているはずだった。
 しかし――。
「もーベタベタ触らないでよぉー!」
 握っていたはずの左手首が、勢いよく外れた。
 少女は両腕を横に大きく広げ、脇を開けて腕を高く持ち上げていた。
 プロレスラーである猿島のクラッチを、少女の細腕がぶっち切ったのだ。
「……うそだろ?」
 信じられない光景を目の当たりにし、その場にいた全員が目をむいた。
“技”ではなく“力”だった。 
 単純に少女の腕力は、猿島の腕力を上回っていた。
(ど、どうなってるんだ?)
 完璧だったはずのクラッチをいとも簡単に外され、驚きを隠せないでいた猿島が顔を上げた。
 小さく丸い『石』のような物体が、「あ」っと言う間もなく猿島の目前に急接近した。
 めしゃっと、猿島の鼻柱が折れた。
 左横方向へ薙ぎ払うように、猿島の顔面が吹っ飛んだ。
 『石』の正体は、少女の肘だった。
「えっと、こうだっけかなぁ?」
 肘打ちをまともに食らい、よろける猿島の背後に、少女が立っていた。
 体中の皮膚が、泡立つような感覚が猿島を襲った。
 下を見ると、少女が猿島の胴体を抱くように、猿島の腰をしっかり掴んでいた。
(い、いつの間に!)
「ええっとーテレビじゃこうだっけ? ん〜っとぉー、必殺技は……あ、そうだ」
 ギュッと猿島の胴を締め付けながら、少女が言った。
「き〜びぃ〜 ウルトラァスーパぁあー卍固めぇええー!」
 ガコっ! と、穴が開いた音がした。
 リングのエプロンが、猿島の頭部が落下した地点に引き寄せられていた。
 白目を剥いて気絶する猿島の身体は、自然に前転して仰向けで倒れた。
 鼻から落下したおかげで、猿島の顔面は鼻血まみれになり、泡を吹く口の端から、砕けた前歯が零れ落ちた。
 爪先立ちであった。首が両足の間に入るほど少女の身体は弓なりとなっている。キレイな人間ブリッヂであった。 
(ま、卍固めじゃねぇ……)
 観ている者全員が、唖然となっていた。
 少女が行ったのはプロレスのサブミッションの一つ卍固めではなく、投げ技のスープレックスだった。

 〜続く〜

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