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ふれんどハウスinニューヨーク コミュの■ニューヨーク徒然草(8)■

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『カルチャーショック?』 

 風呂に入ろうかどうか迷っていた。
 明日は学校で受付のアルバイトがある。せっかく学校から貰った大切な仕事だ。休むわけにはいかない。大事をとって、一日だけ風呂に入らないで寝よう。明日はアルバイトだけをこなして直ぐに帰って来よう。
 そう考え、私は風呂に入りたいのを我慢して早めにベッドに入った。
 風邪気味だった。風邪を拗らせたくなかった。
 
 私は元来風邪をひきにくい体質らしく、子供の頃に風邪で寝込んだという記憶が無い。そんな私が風邪を恐れていたのは、来米の半年ほど前に、生まれて初めて風邪で苦しい思いを経験していたからだった。
 風邪をひいたことの無かった私は、初期症状を馬鹿にしていたのだろう。朝、シャワーを浴び、無防備のまま仕事に出た。高熱と悪寒で、これはおかしいと病院に駆け込んだときには、「肺炎になる寸前でしたね」との診断だった。注射と飲み薬に座薬まで処方されたが、熱はなかなか下がらず、ウンウンと唸って過ごすこと三日。このとき、私は26歳にして、ようやく風邪の恐さを知ったのである。
 これがトラウマになったのか、それからの数年間、私は異常なほどに風邪の初期症状を恐れ、シャワーだけの入浴も避けるようになっていた。

 翌日、勤務時間の5分前に受付カウンターに入った。デスクには私の前を担当するスアーン・タウンセンドが座っている。私はカウンター後部の椅子に掛け、スアーンの勤務が終えるのを待つ。
「ハーイ、スアーン」
「ハーイ、クニオ」
 無類の話し好きで知識も豊富なスアーンは、どんな話題にでも直ぐに飛びついてきて、話を面白可笑しく発展させる。悪く言えばお喋りなのだが、中西部出身であるせいか、正確で綺麗な英語を話す彼女との時間は、私にとって、生きた英語を学べる貴重な時間だった。
 SueとAnnを繋げた、スアーンなどという名前があることも彼女との出会いで知った。

 下を向き、ノートに何かを書き込みながら返事をしたスアーンに、私はいつものように話しかける。
「スアーン、きょうの僕、ちょっと臭くないか?」 
「全然。どうしてそんなこと言うの?」
「昨日、風呂に入らなかったから、におうんじゃないかと思って」
「はは〜ん!また遅くまで飲んでいたんでしょう?どこで飲んでたの?」
 ちらりとこちらを窺ったスアーンの頬が緩んでいる。飲み仲間でもある彼女は、酔ったときの私をよく知っている。
「違うよ。昨日は飲んでないよ。風邪をひいているから入らなかったんだよ」
 ペンを走らせていたスアーンの手が、はたと止まった。
「えっ?、いま、何て言ったの?」 
「昨日は全然飲んでないって言ったんだよ。ところで、本当に臭くない?」
 脇の下あたりを犬のように、くんくんと嗅ぐ真似をしている私に呆れたのか、スアーンは溜息をつきながらペンを置き、回転椅子を廻して私のほうを向いた。
「全然におわないって言ってるでしょ!そうじゃなくて、昨日、どうして風呂に入らなかったって言った?」
「風邪をひいているからだよ」
「‥‥それって、どういう意味?風邪をひくと忙しくなるの?風呂に入る時間くらいあったんでしょう?」
「時間はあったけど、風邪を拗らせたくなかったんだよ」
 スアーンは、ほんの少し眉間に皺を寄せ、何かを考えるように視線を上に向け、おもむろに私に戻した。
「‥‥でも‥‥どうして?‥‥‥どうして風呂が風邪を拗らせるの?」
 どこかで話が食い違っているような気がした。
「どうしてって‥‥風邪をひいてるときは風呂は良くないって‥‥常識じゃないか」
「常識?風邪のときに風呂が良くないなんて、そんな常識、聞いたことがないわ。風邪をひいてると、どうして風呂に入っちゃいけないの?」
 こんなことに反論されるとは思ってもいなかった私は、話の接ぎ穂を失っていた。
「‥‥でも‥‥日本では昔から‥‥」
「何を言ってるのよ。風邪をひいてるときこそ風呂はいいんじゃない。身体は温まるし、湯気が鼻腔や口腔に入ってスッキリさせてくれるわ。そうでしょ?私、普段はシャワーだけど、風邪をひいたときは、ゆっくりバスタブに入るわ」
 スアーンは椅子から立ち上がり、帰り支度を始めながら喋り続ける。話し出したら止まらない。
「日本では、風邪をひいたら風呂に入っちゃいけないって言われてるの?私、日本は世界一の先進国だと思っていたわ。それなのに変なこと言うのね、日本人って。さあ、私はもう行かなくっちゃ。あっ、それから、風邪をひいているときはねっ、‥‥電話よ、出なさいよ」
 電話のベルがスアーンの立て板に水を塞き止めた。もう私の勤務時間になっている。私は急いでデスクに座り受話器を取り上げた。
 
 いつもなら際限なく話し続けるスアーンだが、きょうは何か用があるらしい。電話が長引きそうなのを見て取ると、カウンターの正面に回り、「明日またね」、と声のない言葉とウインクを残し、手を振りながら足早に去っていった。
 スアーンがいとも簡単にこなす電話の応対も、私にとっては真剣勝負である。全神経を総動員し、200%の集中力を必要とする。
 ほんの数時間のアルバイトだが、度重なる真剣勝負の中で、スアーンとの会話が遠のいていった。

 その晩、風邪の症状は消えていた。私はバスタブにたっぷりの湯を張り、ゆっくりと浸かりながらスアーンの言ったことを思い出していた。
「風邪をひいているときこそ風呂はいいんじゃない」 「そんな常識、聞いたことがないわ」
 風邪をひいているときこそ風呂がいいなどと、こちらこそ聞いたことがない。日本では全く逆のことを言われていた。両親も風邪のときは風呂に入るのを控えていた。湯冷めが風邪を悪化させるからだろう‥‥
 そんなことを考えていたら、子供の頃、父や母に、「ちゃんと肩まで入って百まで数えなさい」などと言われたことや、兄と大はしゃぎしながら入った風呂の情景が頭に浮かんできた。そして、あの寒い日本の冬が思い出された。
 
 あの頃の日本の家屋は隙間だらけだった。
 新潟で麩の製造、卸し、販売を営んでいた私の生家などは、その最たるものだった。店、住まい、工場、土蔵、その全てが一つの屋根で繋がっている鰻の寝床で、風呂場は工場と土蔵の間にあり、母屋から下駄をつっかけて”通う”ところにあった。工場は夜になると火を落とすので冬は底冷えがする。入浴後は母屋に走って帰り、コタツにかじりついたのを覚えている。
 
 だがアメリカは違う。建物自体が隙間風を通さない材質であるうえに、セントラルヒーティングを完備し、真冬でも部屋の中は夏のように暑い。暖房の配管はバスルームにも張り巡らされ、冬の脱衣も苦にならない。
 気温が下がれば下がるほど、暖房は強く、長く入るので、室内はどんどん暑くなり、短パンとTシャツでも充分なくらいだ。日本のように、朝、布団の温もりから出られない、などということも皆無である。
 給湯設備も然り。ボイラーで大量のお湯を沸かすアメリカでは、湯量の豊富な熱いシャワーがいつでも浴びられる。瞬間湯沸し器を通過するだけの、貧弱なシャワーとは違う。
 そうなのだ。気候や風土、住環境の違いが習慣を生み、常識を育てるのだ。アメリカ人には”湯冷め”などという概念はないのだ。
 入浴を終えた私は、そんな結論に辿り着いていた。
 
 そして、私はふと思った。「そうだ!ひょっとして、こういうことをカルチャーショックというんじゃないか?」と。
 私にはカルチャーショックという言葉の意味がよく解っていなかった。ショックという言葉が、日本語では「衝撃」などと訳されているので、もっと衝撃的な経験を指すものだとばかり思い込んでいたが、このような小さな出来事も、カルチャーショックの一種なのではないか、と思ったのである。
 風邪で風呂に入らなかったお陰で、カルチャーショックというものを経験することができた、と勝手に解釈し、私は一人悦に入ったのだった。

 あれから、私は全く風邪をひかず、至って健康である。だが、アメリカは健康を損ねてしまっているようだ。
 冬になると常に暑かったニューヨークのアパートも、最近は法定温度以下にならないと暖房を入れないところが多く、終日だったものが夜だけになったり、深夜から早朝の間は消してしまうところも増えてきた。
 何よりも、こういった末端の部分で、アメリカの喘ぎを、凋落を感じているのは私だけだろうか。
 
 窓を半開きにしなければ眠れないほどだった、あの”真冬の暑さ”が、今は懐かしく、恋しい。

 







*写真は若かりし頃の私と”スアーン・タウンセンド”(中央)。左はケイティー・スマイス。フローズンマルガリータが大好きなケイティーのために、いつも飲みに行っていたメキシカンバーにて。

*過去の「ニューヨーク徒然草」は、こちらのブログへどうそ→ http://ameblo.jp/niigatasanjo/


コメント(20)

Tomoyaさんに続きまして、同時期のhoriです。
カルチャーショック・・・衝撃・・・・w
何気なく使ってましたが確かにそうですよね。衝撃ですw
来月お会いできるのを楽しみにしております。お世話になります。
お土産は・・・・期待しないでください。
小林さん若いな〜〜〜〜(しみじみ
私も風邪の時ほどお風呂やサウナに入りますよ。
えーーーー。
私も最後に風邪を引いたのは数年前なので
風邪引くとどうなるかなんて覚えてませんが、間違いなくシャワーやお風呂は
避けると思います。

”真冬の暑さ”だったら、シャワーやお風呂入っても平気なのでしょうか。。。

東京に帰って来て、”真冬の暑さ”恋しいです・・・

不経済と分かっていてもたまに、エアコンの温度をめちゃくちゃ上げて
部屋でTシャツ短パンで過ごしたくなります。
面白かったですハート達(複数ハート) 言われると思い出せないけど、ほんとにカルチャーショックというか、常識の違いとというものに日々驚かされます・・。私も今、アメリカ人と働いているので、お互い「えっ?」って思う瞬間が結構あるんじゃないかなーとあせあせ(飛び散る汗)
お風呂の話、「全くその通りexclamation ×2」と思って読みました。

私もカナダで熱を出した時、ルームメイトのカナダ人に「シャワーだけじゃなくバスに浸かるといいわ」と言われたのを思い出しました。「は?」と思って「日本では熱がある時にはお風呂に入らないんだけど…」と言ったら、スアーンと同じ反論が返ってきました あせあせ

細かく見ていくと結構ありますよね、小さなカルチャーショックって。以前の日記にもありましたが、お店の人の対応とか、絶対的に相手に非があっても決して謝らないとか。日本ではあり得ないことですよねあせあせ(飛び散る汗)

私がいたカナダの都市もニューヨークほど顕著な差がなかったとはいえ似たようなものだったので、それが当たり前の感覚になって日本に帰国した直後、リバースカルチャーショックを受けたのを今でもよく覚えています考えてる顔
tomoyaさん
もうすぐ一年が経つんですね。日本では全て順調でしょうか。
沖縄は暖かいから本土と習慣も常識も違うのでしょうね。アメリカのように、風邪をひいたときの風呂はOKなのかな?なんて考えてしまいました。
できたら沖縄のこと、教えてください。




horiさん
そうですね、tomoyaさんと同時滞在でしたね。あのときは楽しかったですね。
来月も、horiさんをはじめ、たくさんのリピーターが戻って来てくれます。嬉しい限りです。楽しい一ヶ月になりそうで、今から楽しみにしています。
お土産は四方山話ということで、期待しています。
千曲川くねりさん
そりゃあ、僕だってジイサンで生まれてきたわけではないですよ。
ついこの間?までは若かったんです。でも、ホント、ついこの間って感じです。
熱のあるときは汗を出すといいって言いますから、サウナなんかいいのかもしれませんね。試す勇気はないけれど。
タイのような暑い国ではカルチャーショックも多いかもしれませんね。
タイに行く前に、また必ずニューヨークに来てください。待っています。
manaさん
manaさんはいつも運動で鍛えているから、風邪にも縁がないのでしょうね。
日本の冬はニューヨークよりずっと暖かいのに、ニューヨークよりずっと寒いですよね。何故か、いつも一時帰国をするのが冬だったんですが、朝なんか、ストーブをつけて暖かくなるまで時間がかかって、布団から出られない毎日でした。
今度は絶対に暖かい季節に帰って来ようと、その度に思うんですが。
でも、夏は東京のほうがニューヨークより冷房がしっかりしていていいですね。
地下鉄の駅とか。
それにしてもmanaさん、ニューヨークで色んな経験しましたよね!



kumikoさん
久しぶりです。ニューヨークで頑張って働いているんですね。嬉しいです。
そう、日々の些細なことを含めたらカルチャーショックだらけなのかもしれませんね。衝撃とまではいかないけど、「えっ?」って思う瞬間の全てがそうなのかもしれません。
何も感じなくなったら相当アメリカナイズされたってことかもしれませんが、そうはなりたくないですね。お互いに。
また、ここにも時々顔を出してくださいね。待ってます。
ひろさん
全く同じ経験をした人がいたなんて、変な言い方ですが、安心しました。
今だったらどうしますか?僕はやっぱり風邪をひいたら風呂に入らないと思います。何となく理屈では分かっても、やはり抵抗があると思います。
でも、所変わればの喩え通り、南米あたりでは、高熱のときは全身を氷で冷やすのだとか、いつか日本のテレビ番組でやってました。色々あるんですね。
日々、小さなカルチャーショックの連続。でも、色んな体験は将来、きっと色んな意味で役に立つと思いますよ。
ひろさんも、今、試練のときで、色んな苦労があると思いますが、それもまた、将来絶対に役に立つと思います。頑張って!



tomoyaさん
以前の、半年も留守にした会社に戻れるのは、tomoyaさんの能力と人柄のせいだと思います。不況なのにちゃんと再就職できていること、嬉しく思います。

風呂と風邪の関係に関しては沖縄も本土と同じなんですね。あんなに暖かいところだから、アメリカと同じだと思っていました。
シャワーだけは辛いですね。たまには湯船にどっぷりと浸かりたいんじゃないですか。でも日本では色んな施設があるから、それはいつでも可能ですね。
”沖縄ショック”、楽しみにしています。また、ニューヨークで暮らしたときのカルチャーショックとかも、あったらここで紹介してください。待ってます。
こばやしさんお久しぶりです。
私も、風邪をひいたらお風呂には入らない派です。そういえばアメリカってお風呂で使うVICKSが合った気が。やっぱりそちらの人は風呂で治すんでしょうかね。
民間療法って一体何が効くのか、いまいち謎。

私も札幌出身ですが、北海道人はニューヨーカーのように?部屋の中で暖房最大級にしてTシャツでアイスクリームを食べるのが好きなため、冬のアイスの消費量が日本一だかって話を聞いたことがあります。
でも昨年の灯油高騰でそんな贅沢?は出来なくなったでしょうね。

国自体が風邪ひいちゃっているんですもの、大変ですよね。
こばやしさん

約1週間お世話になりました〜 ほんと楽しかったですわーい(嬉しい顔)
ちゃぁんとmixi訪れましたよ。マメではないので1週間経ってしまいましたが・・・。

NY滞在中はお天気・体調共に最良でしたが、帰りの飛行機機内の温度が暑かったり寒かったりもあったのか帰国して風邪ひいてしまいました。我ながら日本人って思うのが休み明けにまた休むのもと思って高熱のまま出勤したらさらにひどくなりようやく回復いたしました。

今回の風邪でもお風呂入ったから長引いたのかなぁと思ってたけどもしやそれは違うのか?という気になってきましたよ
チェブさん
コメント、ありがとうございます。東京にいた頃、北海道出身の人たちとの出会いが結構ありましたが、皆口を揃えて「北海道にはコタツがない」「北海道にはゴキブリはいない」って言ってました。
それだけ寒いってことで、コタツなんかじゃ間に合わないのでしょうね。でも、家中が暖かいって、いいですね。北海道はニューヨークのように、寒くて暑い冬なんですね。
チェブさんの北海道からTomoyaさんの沖縄まで、日本全国の人の話が聞けて、僕は幸せ者だと思っています。
メイさん
そうだったんですか。風邪だったんですね。
日本人は無理をしますよね。ニューヨークでは風邪でゴホゴホやっている人をあまり見かけませんが、あれは、アメリカ人って調子が悪かったら直ぐに休むからだと思います。良し悪しはさておいて、無理はしないでください。
mixiは‥‥って言ってたのに、こうして読んでくれたうえに、コメントまで書き込んでくれて本当に嬉しいです。また、ニューヨークも楽しんでくれたようですね。関西や大阪の常識について話したことを思い出しています。また来てください。

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